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2017年1月 7日 (土)

祖母の入院と年末年始

 前回のてくてく日記の更新が昨年の12月18日。
 まだ1か月経っていないので、「おや、早いな?」と思われる方もいらっしゃるでしょうか。

 実は、昨年末に同居の姑(昇平の祖母)が手術をすることになり、それに併せて家族全員が相談したり協力したりして、年末年始を無事に乗り切ったのでした。
 もちろん、昇平もいろいろがんばりました。
 今回のブログはその話です。

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 姑の病気が見つかったのが11月後半、その1か月後に入院・手術だったので、本当に家中大慌てで準備をしたのですが、その中で一番大きな問題だったのは、昇平ではなく同居の舅のことでした。
 すでに86歳。最近は認知症の症状も少しずつ進んでいて、家にひとりきりにしておくことはできません。幸い、非常に思いやりがある高齢者施設が見つかり、姑の入院中ショートステイできることになって、そちらはひとまず問題解決となりました。
 それから、昇平に祖母の入院と手術の話を教えたところ、まず「おばあちゃんは大丈夫だよね!?」と心配してから、次に「その間、おじいちゃんはどうなるの?」と祖父の心配。昇平も、最近の祖父は祖母なしではいられないことがよくわかっています。面倒見の良い施設に泊まっていてもらうのだ、という話をしたら、安心していました。

 ただ、もうひとつの問題は、私たちが留守のときに昇平が家に帰ってきたときにどうするか。
 大家族の生活なので、昇平はこれまで、誰もいない家に帰ってきた経験がありません。でも、手術の日には私も旦那も病院にいることになるので、おそらく昇平は留守宅に帰宅することになります。昇平はこれまで、自分で家の鍵を開けて家に入ったことさえないのです。
 これもいい機会、と考えることにして、新たに合い鍵を1本作り、昇平に渡して開け方などを教えました。
 昇平のほうも、「わかった」と言って、鍵を大事にしまいました。

 その後、いろいろあったのですが、結局昇平は2回、自分で鍵を開けて帰宅しました。
 一度目は暗くなってからの帰宅だったので、本人もけっこう不安だったようなのですが、「家の中の灯りをひとつずつつけていったら、そのうちに平気になってきた」そうです。
 ちょうど生協の注文品が配達されていた日だったのですが、それも玄関の外から台所に取り込んでくれました。
 私より先に帰宅した旦那の話によると、お風呂もちゃんと沸かしてあったそうです。
 それなりの準備と説明があった上でのことですが、これだけのことがちゃんとできるようになっていたんだなぁ、と頼もしく思いました。

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 姑の術後は順調で、暮れも押し迫った30日に無事退院することができました。
 同じ日の午前中には舅もショートステイから帰宅。
 そして、30日の夜には、関東で暮らしている長男も年末年始休を取って帰省してきました。
 今回は正月に私の実家へ年始に行かなかったので、家族6人揃って、年末年始を一緒に過ごしました。
 これも非常に珍しい経験でした。

 舅姑たちが帰宅する前日の12月29日には、その日から年末休みに入った昇平の手を借りて、家庭菜園の白菜の収穫もしました。
 白菜の外葉をむしり、根を切り落とし、新聞紙でくるんで倉に貯蔵します。こうすると一冬ずっとおいしく食べることができます。
 例年は舅姑と私でやる作業なのですが、今年は二人とも畑仕事ができる状況ではありません。だからといって、畑に白菜をそのままにしておけば、舅が気をもんで無理するとわかっていたので、 昇平の休みを待って2人で収穫したのでした。
 作業を始めてみてびっくり。昇平がものすごくよく働きます!
 以前だったら、15分も作業をしたら「疲れた」「もうやりたくない」と言い出していたし、仕事にもムラがあって、たいした手助けにならなかったのですが、今回は黙々と作業を続けて、外葉をむしり、私に渡し、私が根を切ると、新聞紙でくるんでいく……結局20個の白菜を30分あまりで全部始末して、山のように出た外葉も、庭の片隅のゴミ捨て場までどんどん運んで、あっという間に片づけてしまいました。絶対に半日かかると思っていた仕事が1時間で終わってしまって、びっくりするやら嬉しいやら。
 事業所で毎日仕事をしていることが、確実に実力になっているんだなぁ、と改めて感じました。

 その後、神棚の掃除なども手伝ってくれて、年末に大活躍の昇平でした。

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 さらに、大みそかの日の夕方。
 神棚から外した古い神様のお札を、近所の寺の送り火で焼いてもらうのですが(何故お寺で神様のお札を焼けるのかはよくわかりませんが、昔からそういう習わしになってます)、私は年越蕎麦の準備で手が離せないので、昇平と長男にお寺までお札を収めに行ってもらいました。
 往復30分ほどかけて、てくてく2人で歩いていったのですが、帰ってきてから昇平が「歩きながら兄さんといろんな話をしたよ! 楽しかった!」と嬉しそうに報告してくれました。
 長男は長男で、「昇平はずいぶん話せるようになったんだな。普通に会話できたよ。よかったよかった」と、弟の成長を喜んでいました。
 兄弟でお寺まで行ってもらって良かったなぁ、と私も思った出来事でした。

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 年が明けた1月1日、初詣のついでに家族4人で引いたおみくじは、旦那と私と長男は「末吉」、昇平は「吉」。
 実際、昨年もいろいろあって、年末にとどめのように姑の入院もあったわけですが、末吉は吉籤の中では一番下なので、「ここから上向いていくってことだよね」と家族で言い合いました。
 昇平は昇平で、「ぼくはこのくらいの幸運でちょうどいいな」と謙虚なことば。
 めでたさも中ぐらいなり、おらが春――で今年一年も過ごせたらいいな、と思った、この正月でした。

 
 本年も、私たちとこの「てくてく日記」をどうぞよろしくお願いいたします。

 

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