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2017年1月

2017年1月20日 (金)

就労支援事業所の父母会

20170119lunch_2

 昨日また昇平が利用している就労支援事業所の家族会があったので、参加してきました。
 午後2時頃からまず役員会が始まり、その後、父母会主催の懇談会、会社(=事業所)主催のご家族と語る会、昇平の指導員との個別面談、という流れになっているので、全部終わるのは夕方6時くらいになります。
 夜の暗い中を運転したくないし、最近は雪道も不安なので、家族会には電車で福島まで行くようにしています。そうすると、行き帰りの電車の中で好きな本が読めますし。

 少しだけ早めに出かけて福島駅前でランチを食べるのも、密かな楽しみです。最近のお気に入は「イヴのもり」という小さなレストラン。雑居ビルの2階にある、隠れ家みたいな店なのですが、口コミで人気になってきたみたいで、今回は昼時のサラリーマンで店内がいっぱいでした。
 写真は週替わりのランチ。ソーセージとベーコンと冬野菜のポトフ、ライス、スープとサラダ、ドリンクというセット。プラス100円で頼んだデザートは、クリームチーズのムースと洋梨のコンポートで、とろけるような美味しさでした……。

 おっと、これは「昇平てくてく日記」でしたね。肝心の昇平のご報告に移らなくては。
 ただ、家族会に参加するのは昇平のためだけれど、こんなふうに、一人でふらっと美味しいランチの店に入ったり、好きな本をゆっくり読んだりする「楽しみ」も、自分自身が元気でいるためには大事なことじゃないかな、と思うのです。
 我が子が元気にがんばれるように、親はいつも励まし続けるけれど、そんな親だって、自分自身が元気になるための息抜きや楽しみは必要ですからね。

 さて、閑話休題。本題に入ります。

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 昇平は引き続きホームセンターの商品仕分けの作業を続けています。
 個別面談で指導員のAさんから様子を伺いましたが、現在は6人の利用者+2人の指導員でひとつのユニット(=持ち場)を担当しているそうです。近いうちにまた2人新しい利用者が入ってくるとか。

 昇平たちは朝は9時までに事業所に集合して、全員でワゴン車で仕分け工場へ移動。10時に作業を開始して、12時から昼休み。ただ、12時45分には昼礼が始まるので、実際の昼休みは35分程度だそうです。
 その後、午後1時からまた作業が始まって、水曜と木曜は午後3時まで、火曜と金曜は午後4時まで。3時に少し休憩はあるようですが、とにかく時間内はずっと立ち通し、働き通しです。
 昇平はそれだけの時間、集中して作業できるようになったし、同じユニットの中で商品が集中して忙しい人がいると、自分からさっと手伝いに行ったりしているそうです。
 積極的なのは他の利用者も同じようで、昇平が忙しくなると手伝ってくれるし、仕事が終わった後の日報にも、みんな「今日はがんばった」「明日もがんばる」「またがんばります」という報告が並ぶそうです。
 ユニット全体が良い雰囲気なのですね。
 その日の朝、到着が遅かったり休んだりしたメンバーがいると、皆で「どうしたんだろうね」と心配しているそうです。

 そんな我が子の元気な姿は、親にとっても嬉しくて、父母会主催の懇談会でも仕分け作業の話題が出てきます。
 とても順調だし、本人も張り切っているから、そこに就職できたらいいなと思う。だけど、工場が福島市の外れのほうにあって遠い。どうやって通わせたらいいかしら? と具体的な心配もあがってきています。
 実は私も昇平について同じことを心配していました。彼の場合、福島駅まで出るのに電車で30分。そこからさらにバスに乗って仕分け工場まで行くことになるけれど、バスの本数は? 悪天候などで公共交通機関が動かないときはどうしたらいいだろう? 親の心配、特に母親の心配は本当に具体的になります。
 私の心配のしすぎかな、とも思っていたのですが、同じ場所で研修している利用者の親の多くが、同じことを心配していると知って、ちょっと気が楽になりました。
 こういう心配や悩みも共有できるのですから、やっぱり父母会は大事ですよね。
 将来、職場に近いところにアパートに寮のようなグループホームを作って、そこからみんなで通えたら面白いかもしれないなぁ、なんてことも思いました。

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 父母会主催の懇談会は、今回は指導員さんにも参加してもらって、保護者からの質問にもいろいろ答えてもらいました。普段我が子と関わってくださっている指導員さんの温かい思いにたくさん触れることができて、とても良い時間でした。
 こういう就労支援事業所での父母会は、利用者がどんどん就労して卒業していくので、入れ替わりが激しくて活動がなかなか難しいのですが、あればやっぱりいろんなメリットが生まれてきます。
 まだ成立して1年半の、よちよち歩きの父母会だけど、大事にして、先に続けていきたいなぁ、と思います。
 ……というようなことを考えていたら、来年度の父母会の会長のなり手がいなくて、私に回ってきてしまいました。3月の総会で承認されたら、ですが。(汗)
 力不足ではあるのだけれど、父母会をやってくる中で仲良くなったり、毎回積極的に顔を出してくれる保護者も何人も出てきているので、みんなで力を合わせながらやっていけたら、と思っています。
 昇平のために、そして後に続く人たちのために――。


(写真)
昨日のランチと我が家の玄関先の花たち

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2017年1月 7日 (土)

祖母の入院と年末年始

 前回のてくてく日記の更新が昨年の12月18日。
 まだ1か月経っていないので、「おや、早いな?」と思われる方もいらっしゃるでしょうか。

 実は、昨年末に同居の姑(昇平の祖母)が手術をすることになり、それに併せて家族全員が相談したり協力したりして、年末年始を無事に乗り切ったのでした。
 もちろん、昇平もいろいろがんばりました。
 今回のブログはその話です。

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 姑の病気が見つかったのが11月後半、その1か月後に入院・手術だったので、本当に家中大慌てで準備をしたのですが、その中で一番大きな問題だったのは、昇平ではなく同居の舅のことでした。
 すでに86歳。最近は認知症の症状も少しずつ進んでいて、家にひとりきりにしておくことはできません。幸い、非常に思いやりがある高齢者施設が見つかり、姑の入院中ショートステイできることになって、そちらはひとまず問題解決となりました。
 それから、昇平に祖母の入院と手術の話を教えたところ、まず「おばあちゃんは大丈夫だよね!?」と心配してから、次に「その間、おじいちゃんはどうなるの?」と祖父の心配。昇平も、最近の祖父は祖母なしではいられないことがよくわかっています。面倒見の良い施設に泊まっていてもらうのだ、という話をしたら、安心していました。

 ただ、もうひとつの問題は、私たちが留守のときに昇平が家に帰ってきたときにどうするか。
 大家族の生活なので、昇平はこれまで、誰もいない家に帰ってきた経験がありません。でも、手術の日には私も旦那も病院にいることになるので、おそらく昇平は留守宅に帰宅することになります。昇平はこれまで、自分で家の鍵を開けて家に入ったことさえないのです。
 これもいい機会、と考えることにして、新たに合い鍵を1本作り、昇平に渡して開け方などを教えました。
 昇平のほうも、「わかった」と言って、鍵を大事にしまいました。

 その後、いろいろあったのですが、結局昇平は2回、自分で鍵を開けて帰宅しました。
 一度目は暗くなってからの帰宅だったので、本人もけっこう不安だったようなのですが、「家の中の灯りをひとつずつつけていったら、そのうちに平気になってきた」そうです。
 ちょうど生協の注文品が配達されていた日だったのですが、それも玄関の外から台所に取り込んでくれました。
 私より先に帰宅した旦那の話によると、お風呂もちゃんと沸かしてあったそうです。
 それなりの準備と説明があった上でのことですが、これだけのことがちゃんとできるようになっていたんだなぁ、と頼もしく思いました。

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 姑の術後は順調で、暮れも押し迫った30日に無事退院することができました。
 同じ日の午前中には舅もショートステイから帰宅。
 そして、30日の夜には、関東で暮らしている長男も年末年始休を取って帰省してきました。
 今回は正月に私の実家へ年始に行かなかったので、家族6人揃って、年末年始を一緒に過ごしました。
 これも非常に珍しい経験でした。

 舅姑たちが帰宅する前日の12月29日には、その日から年末休みに入った昇平の手を借りて、家庭菜園の白菜の収穫もしました。
 白菜の外葉をむしり、根を切り落とし、新聞紙でくるんで倉に貯蔵します。こうすると一冬ずっとおいしく食べることができます。
 例年は舅姑と私でやる作業なのですが、今年は二人とも畑仕事ができる状況ではありません。だからといって、畑に白菜をそのままにしておけば、舅が気をもんで無理するとわかっていたので、 昇平の休みを待って2人で収穫したのでした。
 作業を始めてみてびっくり。昇平がものすごくよく働きます!
 以前だったら、15分も作業をしたら「疲れた」「もうやりたくない」と言い出していたし、仕事にもムラがあって、たいした手助けにならなかったのですが、今回は黙々と作業を続けて、外葉をむしり、私に渡し、私が根を切ると、新聞紙でくるんでいく……結局20個の白菜を30分あまりで全部始末して、山のように出た外葉も、庭の片隅のゴミ捨て場までどんどん運んで、あっという間に片づけてしまいました。絶対に半日かかると思っていた仕事が1時間で終わってしまって、びっくりするやら嬉しいやら。
 事業所で毎日仕事をしていることが、確実に実力になっているんだなぁ、と改めて感じました。

 その後、神棚の掃除なども手伝ってくれて、年末に大活躍の昇平でした。

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 さらに、大みそかの日の夕方。
 神棚から外した古い神様のお札を、近所の寺の送り火で焼いてもらうのですが(何故お寺で神様のお札を焼けるのかはよくわかりませんが、昔からそういう習わしになってます)、私は年越蕎麦の準備で手が離せないので、昇平と長男にお寺までお札を収めに行ってもらいました。
 往復30分ほどかけて、てくてく2人で歩いていったのですが、帰ってきてから昇平が「歩きながら兄さんといろんな話をしたよ! 楽しかった!」と嬉しそうに報告してくれました。
 長男は長男で、「昇平はずいぶん話せるようになったんだな。普通に会話できたよ。よかったよかった」と、弟の成長を喜んでいました。
 兄弟でお寺まで行ってもらって良かったなぁ、と私も思った出来事でした。

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 年が明けた1月1日、初詣のついでに家族4人で引いたおみくじは、旦那と私と長男は「末吉」、昇平は「吉」。
 実際、昨年もいろいろあって、年末にとどめのように姑の入院もあったわけですが、末吉は吉籤の中では一番下なので、「ここから上向いていくってことだよね」と家族で言い合いました。
 昇平は昇平で、「ぼくはこのくらいの幸運でちょうどいいな」と謙虚なことば。
 めでたさも中ぐらいなり、おらが春――で今年一年も過ごせたらいいな、と思った、この正月でした。

 
 本年も、私たちとこの「てくてく日記」をどうぞよろしくお願いいたします。

 

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