2018年3月 7日 (水)

昇平の部屋の現在の様子

 ご無沙汰しておりました。
 約2か月ぶりのてくてく日記です。

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 写真は今朝の昇平の部屋の様子。
 就労支援事業所へ出勤した後に撮影させてもらいました。
 私はまったく手を加えていません。昇平自身がこの状態を維持しています。
 入り口近くのハンガーには、帰ってきたら着替える服がきちんとスタンバイしてありました。


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 反対側から撮影した写真。
 ベッドの布団も自分で直していきました。
 もうちょっとしわを伸ばせば、もっときちんとした印象になるのだけれど、私はあえて手を出しません。
 だって、ここは彼の部屋ですから。

 ベッドの手前の床に置いてあるのはダンベル。
 今も毎朝かかさずダンベル上げ50回と腹筋をやっているそうです。
 ダンベルのおもりは最大にしてあるので、それぞれ5Kgの重さがあります。
 部屋に掃除機をかけるときにどかそうとすると、重くてずしっときます。
 よくこんなのを何十回も持ち上げられるなぁ、と感心します。

 部屋に掃除機をかけたり、毎朝窓の結露を拭き取ったりするのは、まだ私の仕事だけれど、自分でこれだけの状態をキープできているのだから、上出来だろうと思います。


 彼が小さかった頃、部屋は彼が散らかしたもので足の踏み場もない状態でした。
 彼に片づけやすいしくみを考え、片づけ方を教え、誉めたり、シールを貼る頑張りカードを作ったり。
 そのうちに、彼自身が「自分はモノが少ない方が落ち着くし気持ちよく暮らせる」と気がついて、自分でもそんな生活を心がけるようになりました。視覚的にうるさくないほうがいいのですね。
 引っ越しに当たって、思い切って持ち物を少なくしてきたので、彼にとって快適な状態を維持できているみたいです。

 あきらめないって大事なことだなぁ、と最近よく思っています。

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2018年1月13日 (土)

洗い物をしてもらうための工夫

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 前回までは昇平に昼食を作ってもらうための工夫と、実際に彼が作った昼食のレポートでした。
 でも、料理をして食べ終えたら、絶対にやらなくちゃならなくなるのが「洗い物」です。
 料理するのはいい、美味しく食べるのももちろんいい、でも食べたらそのまんま、台所は汚れ物で一杯――ではまずいです。我が家では、将来彼がひとりになっても、最低限の生活だけは自分で回していけるようになることが目標なので、洗い物までちゃんとセットでできるようにならないと困ります。

 これまでも、朝食の後には自分が食べた食器だけは洗って片づけてもらってきたのですが、今度は、昇平が家にいるときには、食事のたびごとに洗い物の手伝いをしてもらうことにしました。最初から家族全員の食器を洗って片づけてもらうのはハードルが高いので、まずは私が洗ったものを、昇平に拭いてしまってもらうことに。

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 ところで、私は普段、こんな食器かごを使っています。
 最近流行りの、洗った後の水が底面から流しの中に流れ出るタイプのもの。

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 これは洗い物の量に合わせて伸縮することができます。

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 広げたところ。幅14センチが25センチくらいまで広くなります。ちなみにカタログ通販のセシールのオリジナル商品です。


 ところが、洗いかごの横には冷蔵庫があって、その先は壁。そちら側に人が立つことができません。
 洗いかごの位置を洗い物のときだけ右に移動させたりもしましたが、それは私が面倒くさい。
 ついでに、スリムな洗いかごなので、洗い物を積み重ねる格好になって、うまく取らないと洗い物が雪崩を起こす可能性もあります。
 う~ん、昇平にはやりづらそう。どうしようかな……。

 と考えて思いついたのが、流しの右の調理台にタオルを敷いて、そこに洗い物を置く、というやり方。
 いえ、私のオリジナルではないです。これも片付けや収納の本を読んでいると、時々出てくるテクニックです。

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 タオルを敷くだけなら、昇平にだって簡単にできます。拭き終えたら、敷いてあったタオルで周囲を拭いて、後は洗濯カゴへポイできるところもいい。
 最初は普通のフェイスタオルを使っていたのですが、引っ越してから休日に洗い物を手伝うようになった旦那から「小さすぎて載りきらない」とクレームが出たので、スポーツタオルを敷くようにしました。

 洗い物に使うタオルはたたんでカゴにまとめて、カウンターテーブルの下に収納してあります。(一緒に、普通のタオルや昼食のときに下に敷くランチョンマットも入れてあります)

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 食器の収納場所は拭いている場所にすぐそばです。
 ご飯茶碗や汁椀や箸は調理台の下の引き出しの中。

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 それ以外の皿や器はガス台の下。

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 3つ上の写真に写っていますが、グラスはカウンターテーブルの上。写真はありませんが、マグカップはカウンターテーブルの下のかご、普通のカップは茶の間のリビングボードの中が定位置です。

 食器類は必要最小限しか持ってこなかったので、これ以外の食器の収納場所はありません。食器の数は以前の家の十分の一以下ですが、私たち3人で暮らしていくにはこれで充分だったりします。
 私は今流行りのミニマリストではありませんが、昇平がやり方や手順を覚えるために、生活はできるだけシンプルにわかりやすくしようと思っています。

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 食事の後の洗い物は私(休日は旦那)で、拭いて片づけるのは昇平。
 これにしっかり慣れたら、そのうちに昇平に洗い物をやってもらおうと思っています。そのときには、私が拭いてしまう人です。
 それもマスターしたら、調理器具の洗い方を覚えてもらいましょう。
 自分で自分の食事を作ったときに、食器も調理器具も全部洗って元の場所に戻せたら、百点満点のゴールですね。
 そこを目ざして、ステップバイステップですclover

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 ところで、先日昇平が作った昼食について、彼も自分のブログに書いていました。
 瀬文やつむというのが彼のハンドルネームです。
 彼は自分で昼食を作ってどう感じたか。
 よかったら読んでやって下さい。

http://no826.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/826-e34f.html

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2018年1月 9日 (火)

自分で作った昼食

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 上の写真が、昨日の昼に昇平が自分で作った昼食です。
 ビーフステーキ、ガーリックバターライス、キノコのバターソテー、トマトポタージュスープ(インスタント)という内容。この献立も自分で考えました。
 最初、キノコはゴマ油で炒めるつもりでいたのですが、いざ作る段階になって「これだとゴマ油は合わないかな……バターがいいかな?」と言いだして、バター炒めになりました。正しい判断です。

 ステーキの焼き方は料理の手順を映した動画で確認してもらい、ガーリックは生をおろすのは大変なのでチューブに入ったものを準備、肉は「表面をこんがり焼いてからアルミ箔で包んでしばらく蒸らすと、肉汁が落ちついて失敗なしだよ」とことばでも教える等、細かいところに事前のサポートはしましたが、実際の調理は昇平が自分だけで行いました。
 キノコは炒めている間に水分がたくさん出てきたので、捨てようとしたのですが、「それはキノコのおいしいエキスだよ。もったいないよ」と教えると、ちょっと考えてから、「そうか、水分がなくなるまで炒めればいいんだ」と強火でじっくり炒めていました。おかげでソテーはこんがりきつね色に。

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キノコのソテーを作っているところ

 私もできあがったステーキやガーリックバターライスやソテーを少しずつ分けてもらいましたが、どれもおいしくできていました。ステーキはちゃんとミディアムに焼けていました。
 昇平自身も大満足。やはりステーキを自分で焼いた、というのはテンションが上がる経験だったようです。
 彼だけにステーキというのも不公平に思えて、旦那の夕食用にステーキ肉をもう1枚買ってあったのですが、「それも私が焼く!」と言いだしました。

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 夜、仕事から帰宅した父親のために昇平が焼いたステーキはこちら。

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 息子が作ってくれた焼きたてステーキは、旦那にとっても、かなり感激の味だったようです。
 「おいしいよ」と言って食べる父親の姿に満足しながら、自分の部屋に引き上げていった昇平でした。

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2018年1月 8日 (月)

昼食を自分で作ってもらうための工夫

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 アパートに引っ越したのを機会に、自立のために自分で昼食を作ってもらうことにしたのは、前回の記事に書いたとおりですが、台所が新しくなって勝手が変わったこともあるので、あちこちに小さな工夫をしました。
 今回は写真にある流し台前の「見せる収納」について。

 すっきり片付いた家にするには、生活感のあるものは見える場所に出しておかない、というやり方もあるのですが、私はあえて、頻繁に使う調理道具を見える場所に吊す「見せる収納」にしました。
 使いたい道具がすぐ手に取れるように。使い終わって洗ってから、どこに戻せばいいかひと目でわかるように。

  突っ張り式のハンガーネットを出窓前に取りつけ、フックにはひとつずつ調理器具の名前を貼りました。マスキングテープを使っているので、貼り直すのも移動も簡単。片付けは主婦の間で大ブームになっているテーマなので、それについての特集やノウハウ本もたくさん出ています。そんな中から仕入れたやり方です。

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 もうひとつ見えるようにしたのは、使っている調味料。
 さすがに砂糖と塩だけは専用の容器に入れ替えて使っていますが、それ以外の調味料はあえて商品名がわかる容器のままにしてあります。引き出しにしまってある調味料や粉類も同様で、ひと目でわかるようにしてあります。

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 綺麗に片づける収納法の定番に「調味料は見た目の良い同じ形のボトルなどに詰め替えて使う」というものがあります。そうすると見た目が揃ってスッキリするからです。そのための容器やボトルはホームセンターや通販の人気商品になっています。
 でも、そんなふうに詰め替えて揃えてしまうと、いつまでたっても昇平が「自分がどこのメーカーのなんという調味料を使っているか」を覚えられない気がします。
 そのうちに「だしの素が切れたから仕事帰りに買ってきて」とか「母は用事で買い物に行けないから、代わりに買い物に行ってきて」などと頼むことも出てくるでしょう。そのときにどれを買えばいいか迷わないように、商品のパッケージはいつも見せておきたい、と思うのです。

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 さて、今日は成人の日で昇平は休み。
 予定通り、自分で自分の昼食を作ってもらうことにしました。
 昨日、彼が自分で決めたメニューは――

「ビーフステーキとガーリックライス、それとキノコのソテー!」

 おぉぅ……そうきたか。(^~^;)
 頭の中を財布の中身がよぎっていきます。

 でも、彼が決めたメニューなので、そこは希望通りにすることにして、昨日のうちにステーキ用の肉を買ってきました。ただし、安いニュージーランド産のを、しかも2割引で。成人の日のお祝いに格安のステーキ用肉が売り出しになっていたのはラッキーでした。
 11時過ぎたら調理を開始する予定です。

 

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2018年1月 6日 (土)

昇平、自分の昼食を作る

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台所に立つ昇平


 前回の更新から1か月以上が過ぎていますが、元気でおります。
 新生活にもだいぶ慣れて、この年末年始はのんびりと過ごすことができました。

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 さて、このアパートに引っ越した大きな理由の一つが、「昇平の自立」でした。
 彼ももう22歳。就労支援事業所で稼ぐ工賃で自分の小遣いをまかなえるようになったので、次は生活していくためのスキルを身につけることが必要です。

 ところが、元の家は「我が家だけでしか通用しないマイホームルール」のようなものが山ほど存在していました。
 例えば、廊下のサッシ戸のカーテンは夏は○時頃、冬は△時頃に閉めなくてはいけない(それより早くても遅くてもいけない)、天気のよい日には蔵の窓を開けて風を通さなくてはいけない、洗濯物は洗濯がすんだら廊下の物干し場まで運んでいって干す、この調理器具はここの棚で、あの食器はあっちの棚で、この道具は2階の私たちの部屋にあるけれど、あの道具は1階の茶の間、そこになかったら蔵の中の棚……あ~、めんどくさい!
 主婦の私でさえそう思うのですから、昇平が覚えて実行するには複雑すぎます。

 我々が引っ越したアパートは3DKで、とてもコンパクトなつくりですが、それだけにひと目で見渡せて便利です。
 モノも、必要なモノだけを厳選して持ってきて、使用する場所に近いところに収納したので、わかりやすいし使いやすい。
 台所も、昇平が使うことを考えて、調理器具は見せる収納に、食器も数を絞って一カ所にまとめました。
 衣類乾燥機も、昇平が洗濯を覚えることを期待してのこと購入でした。もちろん、私自身もとても欲しかったのですが。
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 家の中がだいたい整って、生活リズムができてきた12月下旬のある日、休みで家にいた昇平に自分の昼食を作ってもらいました。
 あらかじめメニューは考えておいてもらって、そのための材料を紙に書き出し、午前中に家にある材料と付き合わせてチェックして、足りないものだけをスーパーに買いに行きました。
 本人が作りたいと言ったのは「一人鍋」。鍋は彼の大好物だし、昨冬にも何度も作ったので慣れています。
「鍋のシメにうどんでも入れたら? そうすると鍋だけで一食分になるよ」とアドバイスしてみましたが、本人は「鍋は汁物として食べて、ご飯はご飯で食べたい」と言うので、スーパーでご飯のおかずも探してもらいました。コロッケなどの出来合いの総菜でも良いと思ったのですが、本人が選んだのは、炒めて食べる「味付けモツ」のパックでした。

 さて、本人が台所に立っている様子が上の写真です。
 黒いエプロンを締め、危なげなく材料を切っていきます。私は台所の椅子に座って、ただ見ているだけ。たまに「○○はどこ?」と聞かれることはありましたが、普段から食事のあとの洗い物や片付けを手伝っているので、それもほとんどありませんでした。
 モツをフライパンで炒めるのもうまくできて、ご飯は保存容器からよそってレンジでチン。
 そうやって出来上がった彼の昼食がこれです。けっこうおいしそうですよね?


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 これ以外にも、乾いた洗濯物は自分でたたんでしまう、とか、休日は風呂掃除をする、とか、彼にやってもらっている手伝いはいろいろあります。
 日曜日には、旦那が食器を洗い、昇平が拭いて片づけてくれるので、私はものすごく楽です。
 いやぁ、天国。

 「子どもに生活力をつけたかったら、子どもにやり方を教えて母親は怠けるといいのよ」と笑いながら教えてくれた人がいましたが、まったくその通りだなぁ、などとも思います。

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 さて、明日から昇平は連休です。
 月曜日は特に予定はないので、また自分で自分の昼食を作ってもらおうと思ってます。
 今度はどんなメニューを作るでしょう。
 お手並み拝見できるのが楽しみです。


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2017年11月26日 (日)

昇平の新しい部屋

Shoheyroom


 我々がアパートに引っ越して、もうすぐ1か月になろうとしています。
 片づけもほとんど終わって、新しい生活が軌道に乗ってきたので、今日は昇平の新しい部屋を紹介しようと思います。
 上に載せたのが部屋の写真です。
 このアパートには6畳と8畳の和室があるのですが、6畳間のほうにカーペットを敷き、ベッドを入れて昇平の部屋にしました。

 昇平が自分だけの部屋を持つのはこれが初めてです。今までは2階の私たちのリビングに昇平の机として古いパソコンデスクを置き、寝るときには階下の元の長男の部屋に行って、布団で寝ていました。同じ部屋では私もずっと寝ていました。
 と書くと、「え、22歳にもなる息子と一緒に寝てたの!?」と驚かれるでしょうか。はい、そうなのです。というのも、今から6年8か月前、昇平も高校生になるから自分の部屋を準備してあげようと考えていたところに、あの東日本大震災が起きたからです。

 昇平の中学時代はトラブル続きで、セルフエスティーム(自尊心)はどん底まで落ちていました。それでも「高校生になったら心機一転して、新しい生活を始めよう!」と夢ふくらませていた矢先に震災に襲われたので、昇平は本当に不安定になってしまって、特に夜はひとりで寝られなくなってしまいました。
 たった今まで普通に過ごしていたのに、いきなり不安に襲われて、泣いてみたりパニックになってみたり。それが少しずつ軽くなってきても、やっぱり時々不安発作に襲われて、そのたびに私と話をすることで落ち着きを取り戻す日々でした。
 昇平にも自分の部屋を持たせたいな……でも、ひとりきりにして本当に大丈夫かしら? 私がそんな自問自答を繰り返すうちに、彼は高校を卒業し、二十歳も過ぎました。最近は、夜私が寝に行くと、先に布団に入ってゲームなどをしていた昇平が、「お母さん、もう来たの?」と迷惑そうな顔をすることも増えていたので、いい加減自分の部屋を……とは思ったのですが、なかなかそのタイミングがつかめませんでした。
 同じ1階の近い場所に祖父母の寝室があったので、昇平が不安定になってパニックを起こしたら祖父母に迷惑をかけるのでは、と心配だったこともあります。

 でも、その祖母が逝き、祖父も施設に入ることになって、私たちも家を離れることになりました。
 今度こそ、ちゃんと昇平の部屋を準備してあげよう。そう思いながら物件を捜し、ほどよく独立していながら、すぐに私たちと話をすることもできる、そんな間取りのアパートを見つけることができました。

 彼の部屋には新しくベッドとカーペットとリビングボードを購入しましたが、色や大きさなどは彼自身に選んでもらいました。リビングボードに載せているのはこれまで使っていたゲーム専用テレビで、アンテナにはつながっていません。
 タンスやクロゼットはないので、下着やシャツはベッド下の収納ケースに入れ、仕事で使うスーツやコート類は鏡付きのハンガーに(あ、これも新しく購入しました)、季節外の衣類は押し入れのハンガーに掛けてあります。
 彼が古い家から持ってきたモノは、驚くくらい少ないです。衣類とバッグ類を除けば、お気に入りのゲームソフトとそのゲーム機、ノートパソコン、数冊の本とノート、椅子替わりのバランスボール、折りたたみのテーブル、スリム戸棚1本、筋トレ用のダンベル一対、そんなものです。「たくさんあるとゴチャゴチャしてわかりにくいから、新しい部屋ではスッキリ暮らしたい」というのが彼の希望でしたが、その通りの部屋になっています。
 その代わり、ゲームテレビのまわりには自分で描いたイラストを貼ってデコレーション(?)しています。

 新しい部屋での生活はいたって快適のようです。
 事業所での研修から帰ってくると、自分の部屋にすぐ入っていって、ご飯などに呼ばれたとき以外はずっと部屋で過ごしています。夜もなんの問題もなく一人で寝ています。不安定になって私のところへ来るようなこともありません。もうすっかり元気になっていたんだな、一人でいられるようになっていたんだな、と私は過保護だった自分を反省中です。

 今、彼には起きたときにベッドの布団を整えることと、乾いた洗濯物を自分でたたんでしまうことをやってもらっています。部屋の片づけは、モノが少ないこともあって、言われなくても自分からやっています。
 将来を考えて、今のうちから生活の基礎を教えていきたいと思っていました。以前の家ではそれがなかなか難しかったのですが、今度のアパートではそれが比較的簡単にできます。
 少しずつできることを増やしていって、料理や洗濯、家の掃除なんかも覚えていってもらえたら、将来私たちがいなくなっても、彼はひとりで暮らしていくことができるでしょう。(サポートしてくれる人の存在は不可欠ですが)
 新しい生活のスタートは、彼の新しい人生のスタートにもなってくれるのでは、とひそかに期待している日々です。

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2017年11月20日 (月)

義母の他界と引っ越し

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 本当にお久しぶりの更新になってしまいました。
 前回の記事が5月23日でしたから、ほぼ半年ぶりのてくてく日記です。(注:5月の記事は内容が気に入らなかったので非公開にしました。余裕がない状態で書いた記事は配慮不足でいけませんね。申しわけありませんでした)

 その間、我々は怒濤の時を過ごしていました。
 アサクラタウンの星空掲示板を読んでくださっていた方はご存知と思いますが、同居の義母が6月に入院し、そのまま8月2日に帰らぬ人となってしまいました。
 その後、葬式や各種手続きに大忙しになったのですが、義母に介護されていた義父の認知症が急激に進み、息子である主人や私の顔もわからなくなったり、体の不自由さも進行していって、私では介護しきれなくなりました。そこで急いで施設を捜し、運良く空きを見つけて入所することができました。それが11月1日のこと。これまで主人の実家にいたのは義父母のためだったので、私たちも家を離れ、自分たちだけでアパート暮らしを始めました。
 とはいっても、転居先は同じ伊達市内です。昇平が通う事業所がある福島市に行こうか、という話も出たのですが、ここ伊達市は福祉がかなり充実していて、市役所や社会協議会、保健センターの方たちも親身になって相談にのってくれるので、離れたくなかったのです。
 義父が入所した施設や元の家からもそう遠くないので、すぐ行くことができて便利です。

 実際に引越センターを頼んで引っ越しをしたのは11月6日だったので、2週間が過ぎました。家の中の片づけもだいたい終わったので、やっとこうしてブログを書く余裕が出てきたところです。昇平の方が先に、自分の部屋の写真を載せたブログを更新していました。(昇平のブログの記事は→こちら

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 義母は後妻さんだったので、主人や孫たちと血のつながりはありませんでしたが、主人はもちろん、私や昇平たちのことも大切にしてかわいがってくれたので、私たちには大事な大事な人でした。
 体調を崩して入院したときにも、じきに元気になって戻ってくれるものと思っていたのですが、こんなにあっという間に逝ってしまうとは……。

 告別式の時には本当にたくさんの知人友人が参列してくださいました。ボランティア活動にも力を入れていたので、早すぎる別れを惜しんでくださる方が大勢いました。
 孫を代表してのお別れの言葉は、関東でひとり暮らししている長男に頼みました。彼自身のことばで書き上げた文章で、心のこもったとても素晴らしい内容でした。
 それが終わって、司会者が「他に弔辞をご準備の方がいらっしゃいましたら」と呼びかけたところ、なんと昇平が手を上げました。まったく打合せなし、その場での急なことだったので私はまごつきましたが、昇平はきりっと口元を結んでマイクの前に立つと、おばあちゃんの遺影に向かって深々と頭を下げ、はっきりした声で
「おばあちゃん、これまで本当にお世話になりました。私はこれからもがんばります」
 と言って、また深く頭を下げて席に戻りました。

 式の後は会食になり、主人と私は飲み物をつぎながら席を回って歩いたのですが、とても多くの方から「息子さんたちの別れの挨拶が素晴らしかった」と言っていただきました。それも、「お兄ちゃんのはもちろん素晴らしかったけれど、下の息子さんのことばが本当に良かった。涙が出た」と言ってくださる方がまたたくさんいて、私たちは恐縮するやら嬉しいやら。
 義母は昇平に障害があることを周囲に隠しませんでした。そのうえで、「こんなことができるようになった」「こんな嬉しいことを言ってくれた」と成長の様子を話してくれていたようです。
 多くの方たちが昇平の障害を知っていたので、その彼がおばあちゃんに自分のことばでお別れを言ったことに、深く感動してくれたのでした。
 参列者の皆さんの心優しさに感激しながら、改めて義母の優しさにも感謝しました。

 孫たちの心に大切なものを残して、義母は逝きました。
 義母が最後まで心配していた義父も、無事に施設に入所して安心して生活できるようになりました。
 これからは天国から私たちを見守っていてください――と小さな仏壇に向かって手を合わせている毎日です。

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 新しい生活が始まって、昇平はまた一段と成長したように思います。
 一連の超多忙がやっと落ち着いたので、ブログのほうも再開したいと思っています。
 またよろしくお願いいたします。


(写真は新居から撮影した朝の空。今度は住宅地の真ん中ですが、以前と同じ山が見えています)


 

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2017年3月31日 (金)

新聞の読み聞かせをする

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「花見山」の白梅 3月26日撮影


 今日で3月も終わります。
 昇平は毎日安定した生活を続けていて、毎朝元気に事業所へ出勤し、夕方「疲れた~」と言いながらも充実した様子で帰宅していますが、それ以外の大きな変化として「新聞」に関心を持つようになりました。

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 そもそもの始まりは、長い間彼を苦しめてきたネットでの悪口雑言の数々。昇平自身は反論の書き込みをしたりはしないのですが、納得のいかないひどい内容が多いのに、反論するどころかそこに賛同するような書き込みが多いことにもまた納得がいかなくて、ひいては社会全体に対する不信・不安にまでつながっていました。

 もちろん、それは情報を入れるチャンネルが偏っているから起きることなので、私たちとしても「それは一部の人たちだから」「冗談で大袈裟に言っているだけだから」と説明してきたわけですが、それを実際に確認する手段もないので、ずっともやもやしたものを引きずっていたようで、ときどきフラッシュバックのように吹き出しては、昇平を不安定にしてきました。

 そんな際のやりとりの中で、私が「現実の社会においては、そんなのは本当の一部分なんだよ。それを知りたかったら新聞でも読めば」と言ったら、昇平は一瞬考えてから、「うん、それじゃ新聞を読んでみる……お母さん、読んでくれる?」と言うではありませんか。
 新聞は情報量が多いので、いきなり彼に渡しても、文字がびっしり並んだ紙面に圧倒されて理解できないだろう、と思ったので、「いいよ、読んであげるよ」と引き受けました。
 かくて、夕食の片付けが終わって2階にあがったところで「新聞タイム」となりました。

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 我が家で購読しているのは、地方紙の「福島民報新聞」です。
 テレビの全国ニュースもそうなのですが、中央紙になると、どうしても日本中で大きな話題になったニュースを取り上げることが多くなります。そうすると、凶悪事件やびっくりするような大きな事故、事件、政治の不正の問題や海外のテロなど、不安をあおるような内容が増えてしまいます。
 でも、地方紙の場合は、もっと身近な、本当に自分の生活に即したニュースがたくさん載ります。ほのぼのした話題や、ちょっとした集まりや活動の報告もいろいろ載るし、福島県の場合、なんと言っても「震災復興」の記事が非常にたくさん載ります。
 実際に自分が暮らす社会を実感するには、地方紙の方が適切、という判断もありました。

 読みました。
 第一面のトップニュースから始まって、国際情勢、経済欄、家庭欄、地方のニュース、社会欄……。
 書かれていることをそのまま読んでも理解が難しいと思ったので、内容をかいつまみ、わかりにくいと思われることには解説をしたり、経緯を説明したり、ときには質問を投げかけてみたり。

 その日の新聞には韓国で沈没した旅客船セウォル号が引き上げられたというニュースも載っていました。
 セウォル号では船長をはじめとする乗組員が乗客を置き去りにして我先に逃げてしまったこと、修学旅行の高校生が大勢乗っていて、その多くが亡くなったことを説明すると、真剣な顔で耳を傾けて「怖いな」と言いました。
 冬の間閉鎖されていた観光道路の除雪が進んでいるというニュースには、道路脇に6メートルもの雪の壁ができていると聞いて、「すごい! 行ってみたいな!」と目を輝かせました。
 全部読み聞かせるのに30分以上かかりましたが、その間、時々ゲーム画面を眺めながらも、耳はこちらに傾けていて、全部聞き終わると言いました。
「この世界では本当にいろいろなことが起きてるんだね。なんだか安心したな」
「ネットでよく聞くようなことばが全然なかった」とも言いました。 

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 以来、毎晩夕食後に新聞の読み聞かせをするのが習慣になっています。
 本人が「今夜も新聞を読んでもらえる?」と言ってくるのです。
 なので、私のほうも、何年ぶりかで新聞を隅から隅まで読むようになりました。
 為替相場や粉飾決算の話などは、ニュースとしては大きく取り上げられているけれど、昇平にはまだわかりにくいのでパスしますが、それ以外のところは、見出しだけでも読んでやるようにしています。

 昇平としては、やはり、若者や子どもを巻き込んだ事件、事故に対する関心が高くて、那須スキー場での雪崩事故にも「怖いね」と言いました。私も「本当に痛ましいよね」と答えました。
 その一方で、美味しそうな記事や楽しそうなニュースにも関心は高く、昨日は、ナポリタン選手権に出場が決まったという、ナポリタンスパゲティとインドカレーの合い盛りに、「食べてみたい~」と言いました。
 その日の新聞の中でどの記事が一番印象に残ったか最後に聞くのですが、トップニュースではない、身近なニュースに関心を持つことも多くて、こちらとしても面白く感じています。

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 そんなこんなを続けているうちに、昇平はラジオやテレビのニュースにも関心を示すようになってきました。
 これまでは流れていても我関せずと言う感じで無関心でいるか、目にしてしまった映像にショックを受けて不安定になるかだったのですが(だから、昇平が来るとテレビのニュースを消していた時期もありました)、今はじっと耳を傾けて、自分なりの感想を言うようになってきました。
 不安になるような内容のニュースのときにも、「でも、世の中はそういう悪いことだけじゃないと思うんだ」と言うようになってきています。
 新聞に載っている膨大なニュースから、世の中では悲喜こもごも、様々なことが起きているのだということを、少しずつ実感してきているのだと思います。

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 昇平のそんな様子を旦那に話して聞かせたら、「ほう」と感心した後で、「でも、最近は新聞を全然読まない若者が増えてるよな。で、スマホでネットばかり見てるわけなんだが、ネットはどうしても情報量が少なくて、しかも偏ってるから、これまでの昇平のように社会をきちんと理解できないでいるヤツもけっこう増えてるんだと思うぞ」と言いました。
 それは……確かにそうなのかも。

 広汎性発達障害のために、生まれたときから社会を理解することに困難を抱えている昇平。
 でも、その障害で苦しい思いをしてきているからこそ、いま彼は自分からがんばって社会を理解しようと努力しています。
 我が子ながら、偉いなぁ、と思う一方で、彼よりもっと楽に社会が理解できるのにそれをやらない若者が増えているという事実に、なんとも複雑な気持ちになったりもしたのでした。 
 難しいですね。


【写真の解説】
 福島の「花見山」が明日4月1日から観光シーズンをスタートします。
 「福島に桃源郷あり」と言われた花の名所に一足早く行ってきたのですが、白梅が満開で、山全体が梅の花のいい香りに包まれていました。桜の見頃は4月中旬頃のようです。

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2017年3月18日 (土)

近況と就労支援事業所の父母会に思う

Setsubun2017


 てくてく日記の更新が2か月ぶりになってしまいました。
 先月も昇平が通う事業所の父母会はあったのですが、私自身がものすごく多忙で(年度末が近づいていたので、やるべきことや仕事が一度に重なりました)、ブログまでとても手が回らなかったのでした。
 今もまだ忙しいのですが、徐々に仕事が片付いてきたので、少しずつ余裕が出てきた気がします。


 さて、本題の昇平の近況ですが――

1.今も仕分け作業の研修をがんばっています。
 事業所の利用者8名と指導員2名でユニットになって、ホームセンターの商品を仕分ける工場へ行き、納品する店ごとに商品を仕分けたり、その商品を入れたコンテナを台車に積み込む作業をしたりしています。
 年が明けて繁忙期が過ぎたので、今は火、木、金の3日間が仕分け作業、水曜日は事業所で半日の研修や内職、土曜日はイベントや研修に参加、というパターンが多くなっています。
 仕分け作業にもずいぶん慣れたようで、ユニットのメンバー同士の仲も良く、みんな前向きに良くがんばっているようです。

 事業所での研修は、イベントの準備をしたり、就職が決まって卒業していく人への色紙作りをしたりすることが多いのですが、昇平は絵が得意なので、イラストを任されたりするようです。上の写真は節分イベントの豆まきの的にするために、昇平が描いた青鬼です。(右の鬼は別の利用者の作品)
 内職は、ボルトとナットを組んで袋に入れる作業などをしたようで、たまたま見学に来た支援学級の中学生たちが、その様子を見て「みんなものすごく集中してやっていて、すごいと思った」と感想を寄せたのだそうです。数も多かったので、その日事業所にいた利用者総動員で、力を合わせてノルマをやりきったのだと聞きました。


2.休日はのんびり。月曜日はフリースクールへ。
 半日のイベントや研修を終えた後、土曜日は外食をして帰宅。ファミレスやハンバーガーショップ、ラーメン屋、回転寿司屋など、その日の気分で行く店を変えています。昼食代としてワンコイン(500円)を渡しているのですが、それでは足りないようで、足が出た分は自分で稼いだお金から支払っています。

 月曜日は仕分け作業のメンバーは休日になっているので、出勤日数が不足しない限りは、昇平も休んでいます。2月はほぼ毎週月曜日が休みだったので、久しぶりで連続してフリースクール「みんなのひろば」に行くことができました。
 「みんなのひろば」は昨年10月に新しい建物に転居。今までの場所から歩いて5分程度しか離れていないのですが、とても綺麗で広々とした建物なので、子どもたちはいっそうのびのびと過ごしているようです。昇平も休日を満喫して、リフレッシュしてまた仕事に行っています。

 3月11日で東日本大震災から丸6年が過ぎましたが、あのとき、「みんなのひろが」が使用していた建物が被害を受けて存続の危機に陥り、ネットで支援を呼びかけたら、本当に大勢の方たちが義援金を寄せてくださいました。今でもあのときの感謝の気持ちは忘れません。私たちが、そして、昇平たちが、「自分たちは多くの人たちから応援されているんだ」と感じた瞬間でした。
 新しい建物に引っ越してから数ヶ月が過ぎてしまいましたが、転居報告のページというのを私のサイト内にまとめたので、よろしかったらご覧下さい。新しい建物の写真が載っています。
   ↓
http://asakuratown.sets.ne.jp/bokin/new-hiroba.html


3.事業所の父母会の総会終了。私は新年度の会長に。
 これに関しては、書いた通りです。
 立ち上がってまだ1年半しかたっていない父母会なので、何もかも手探りの第一期が終わり、いよいよ第二期に突入。私は会計だったし、ネットも得意なので、何かと会長のお仕事を手伝っているうちに、新しい会長を引き受けることになりました。

 私が所属している親の会の『福島とーます!』だったら、メンバーの入れ替わりもあまり激しくないので、同じメンバー同士気心が知れ合っているし、何年も活動していくうちに仕事も覚えて、今では「あ・うん」の呼吸で運営が進んでいきます。(ちなみに、私はこちらでは広報と支部の共同代表を務めています)
 でも、就労支援事業所の場合、利用者は就職が決まればどんどん抜けていきます。ということは、その保護者も抜けていくということ。年度の途中でも抜けるので、学校のPTAより入れ替わりは激しくて不規則です。しかも、学校ならばPTAの歴史は長いので、もうシステムが確立しているし、先生方も強力に保護者役員をサポートしてくれますが、就労支援事業所の、できたばかりの父母会では、そういうわけにはいきません。こちらでアクションを起こさずに受け身のままでいると、あっという間に空中分解してしまうでしょう。

 でも、初代会長さんが本当に一生懸命会の立ち上げに携わってくださったので、利用者の保護者の半数近くが父母会に参加してくれています。学習会や研修、相談会を兼ねたお茶会など、活動もけっこう活発にやってきました。例え就職して卒業したとしても、その後の定着支援というものがあるので、卒業後も事業所とはつながっておいたほうがいいし、保護者同士の情報交換にもとても価値があります。
 せっかくのこの気運をなくしたくない、と本当に思います。
 立ち上げるのはとても大変。人と人とを結び合わせるのも本当に大変。でも、せっかくここまでうまい感じに進んできたのだから、これを次の代の保護者につないでいきたい。
 そのために、今、いろいろと準備をしているところです。
 新しい役員の皆さんと協力しながら、中継ぎ投手のような会長になれたらいいな、と――そんなことを考えているこの頃です。

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2017年1月20日 (金)

就労支援事業所の父母会

20170119lunch_2

 昨日また昇平が利用している就労支援事業所の家族会があったので、参加してきました。
 午後2時頃からまず役員会が始まり、その後、父母会主催の懇談会、会社(=事業所)主催のご家族と語る会、昇平の指導員との個別面談、という流れになっているので、全部終わるのは夕方6時くらいになります。
 夜の暗い中を運転したくないし、最近は雪道も不安なので、家族会には電車で福島まで行くようにしています。そうすると、行き帰りの電車の中で好きな本が読めますし。

 少しだけ早めに出かけて福島駅前でランチを食べるのも、密かな楽しみです。最近のお気に入は「イヴのもり」という小さなレストラン。雑居ビルの2階にある、隠れ家みたいな店なのですが、口コミで人気になってきたみたいで、今回は昼時のサラリーマンで店内がいっぱいでした。
 写真は週替わりのランチ。ソーセージとベーコンと冬野菜のポトフ、ライス、スープとサラダ、ドリンクというセット。プラス100円で頼んだデザートは、クリームチーズのムースと洋梨のコンポートで、とろけるような美味しさでした……。

 おっと、これは「昇平てくてく日記」でしたね。肝心の昇平のご報告に移らなくては。
 ただ、家族会に参加するのは昇平のためだけれど、こんなふうに、一人でふらっと美味しいランチの店に入ったり、好きな本をゆっくり読んだりする「楽しみ」も、自分自身が元気でいるためには大事なことじゃないかな、と思うのです。
 我が子が元気にがんばれるように、親はいつも励まし続けるけれど、そんな親だって、自分自身が元気になるための息抜きや楽しみは必要ですからね。

 さて、閑話休題。本題に入ります。

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 昇平は引き続きホームセンターの商品仕分けの作業を続けています。
 個別面談で指導員のAさんから様子を伺いましたが、現在は6人の利用者+2人の指導員でひとつのユニット(=持ち場)を担当しているそうです。近いうちにまた2人新しい利用者が入ってくるとか。

 昇平たちは朝は9時までに事業所に集合して、全員でワゴン車で仕分け工場へ移動。10時に作業を開始して、12時から昼休み。ただ、12時45分には昼礼が始まるので、実際の昼休みは35分程度だそうです。
 その後、午後1時からまた作業が始まって、水曜と木曜は午後3時まで、火曜と金曜は午後4時まで。3時に少し休憩はあるようですが、とにかく時間内はずっと立ち通し、働き通しです。
 昇平はそれだけの時間、集中して作業できるようになったし、同じユニットの中で商品が集中して忙しい人がいると、自分からさっと手伝いに行ったりしているそうです。
 積極的なのは他の利用者も同じようで、昇平が忙しくなると手伝ってくれるし、仕事が終わった後の日報にも、みんな「今日はがんばった」「明日もがんばる」「またがんばります」という報告が並ぶそうです。
 ユニット全体が良い雰囲気なのですね。
 その日の朝、到着が遅かったり休んだりしたメンバーがいると、皆で「どうしたんだろうね」と心配しているそうです。

 そんな我が子の元気な姿は、親にとっても嬉しくて、父母会主催の懇談会でも仕分け作業の話題が出てきます。
 とても順調だし、本人も張り切っているから、そこに就職できたらいいなと思う。だけど、工場が福島市の外れのほうにあって遠い。どうやって通わせたらいいかしら? と具体的な心配もあがってきています。
 実は私も昇平について同じことを心配していました。彼の場合、福島駅まで出るのに電車で30分。そこからさらにバスに乗って仕分け工場まで行くことになるけれど、バスの本数は? 悪天候などで公共交通機関が動かないときはどうしたらいいだろう? 親の心配、特に母親の心配は本当に具体的になります。
 私の心配のしすぎかな、とも思っていたのですが、同じ場所で研修している利用者の親の多くが、同じことを心配していると知って、ちょっと気が楽になりました。
 こういう心配や悩みも共有できるのですから、やっぱり父母会は大事ですよね。
 将来、職場に近いところにアパートに寮のようなグループホームを作って、そこからみんなで通えたら面白いかもしれないなぁ、なんてことも思いました。

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 父母会主催の懇談会は、今回は指導員さんにも参加してもらって、保護者からの質問にもいろいろ答えてもらいました。普段我が子と関わってくださっている指導員さんの温かい思いにたくさん触れることができて、とても良い時間でした。
 こういう就労支援事業所での父母会は、利用者がどんどん就労して卒業していくので、入れ替わりが激しくて活動がなかなか難しいのですが、あればやっぱりいろんなメリットが生まれてきます。
 まだ成立して1年半の、よちよち歩きの父母会だけど、大事にして、先に続けていきたいなぁ、と思います。
 ……というようなことを考えていたら、来年度の父母会の会長のなり手がいなくて、私に回ってきてしまいました。3月の総会で承認されたら、ですが。(汗)
 力不足ではあるのだけれど、父母会をやってくる中で仲良くなったり、毎回積極的に顔を出してくれる保護者も何人も出てきているので、みんなで力を合わせながらやっていけたら、と思っています。
 昇平のために、そして後に続く人たちのために――。


(写真)
昨日のランチと我が家の玄関先の花たち

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