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2011年10月

2011年10月31日 (月)

〔28〕納得する

 経過を丁寧に記録したいので、今回の日記はちょっと長めです。

10月24日(月)
 3校時目に保健体育の授業があるので、8時に起床して9時に登校、午後1時過ぎには帰宅した。
 間もなく旦那も半ドンで帰宅したので、「一緒にインベーダーゲームをしよう」などと言ってご機嫌で午後を過ごしていたが、夕食後の入浴中にフラッシュバックを起こしたようで、風呂から上がってきたときにはパニックになっていた。

 最近のパニックはもう暴れたりする形ではないが、全身がこわばり表情は険しくなり、目つきもおかしくなって、見るからに普通ではない状態になってしまう。ネットでの悪口の応酬を思い出しているようで、「いつまでもダーダー言うくらいなら(=ぐだぐだ言うくらいなら、の意味)、ただ言ってないで、いっそ本当にやればいいんだ」と言う。つまり、「死ね」だの「消えろ」だのと連呼するくらいなら、本当に「消してしまえばいい」のだ、と。
 さすがにこれは聞き流すことができなかった。
「その考え方は間違っているよ! それにずっとダーダー言ってるのは昇平くんのほうでしょう! その理屈が正しいのなら、昇平くんこそ、口で文句ばかり言っていないで、その人たちのところへ行って本当に消してくればいいでしょう!」
 子どもへは常に静かに穏やかに話しかけましょう、というペアレント・トレーニングの教えはどこへやら。ガンガンそう叱りとばしたら、昇平は仰天。鼻白んだように「ぼくにはできないよ。そんなことをするのも嫌だよ」と言う。
「だったら何故、あの人たちにはそれをやれと言うの? おかしいでしょう。ダーダー言っているのは君なんだよ。君もあの人たちと同じことをやっているんだよ――!」
 反省したらそれで叱るのをやめる、というのもペアトレの基本だけれど、それも忘れて叱り続けること5分以上。罰として、その夜のカードゲームもやらないことにした。
 私が叱られたのがよほどショックだったのだろう。昇平はしょんぼり。旦那にSOSを求め、その後、「ぼくは疲れたからもう寝るね」と言って、8時前に部屋に引っ込んでしまった。

 昇平が「いっそ消してしまえば」と言ったのは、頭の中で際限なく繰り返されてしまう嫌なやりとりを消したかったから。それはわかっているのに感情的に叱りつけたので、私のほうもどうにも気分が悪くて、夜はいささか落ち込んでしまった。

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10月25日(火)
 フリースクールの日。
 昇平は前日の影響を引きずって、元気のない様子で出かけていった。スクールでは先生やSくんに自分の考えを聞いてもらい、「それを本当にやったら犯罪になっちゃうよ」とか「世界にはいろんな人がいて、ひとりずつ違っているんだよ」ということを教えられてきたようだった。

 帰宅してからその話をするので、こちらも今度は落ち着いて、「人はひとりずつ違っているから、人と人とが出会えば必ず違うところがぶつかり合うものなの。そのぶつかり合いが喧嘩。でも、それを通じて他人を理解できるようになるのだから、喧嘩は決して悪くはない。喧嘩は仲よくなっていくための通り道なんだよ」ということを話し、実力行使の喧嘩よりは話し合いで解決したほうがいいことを話し、さらに「でも、昇平くんは人が口論している様子を見たり聞いたりするのは生理的にとても辛いから、そういう場面に出会ったら離れるのが大事なんだよ。それを『スルーする』というんだよ」と教えた。

 以上のことは、これまでも折に触れて教えてきたつもりだったけれど、どうやら本人の中にストンと落ちるタイミングがあるらしい。自分もあの子たちと同じようなことをしていたこと、自分自身を棚に上げて勝手な要求をしていたことが理解できた、というようなことを言ってきた。
 それ以外にも、かなり長い時間話し合いをしたけれど、その後で、「昇平くんは今日、生きていく上で一番大事なことの一つを学んだね。また一つ大人になったね」と言ったら、とても嬉しそうな顔でうなずいていた。

 補修工事は、昨日今日で2階の東の部屋の壁塗りが終わって、2階の分はすべて完了した。3日ほど壁が乾くのを待ってから、週末に荷物を部屋に戻す予定。

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10月26日(水)
 今日は校長講話を聞くために登校。
 前日のやりとりはかなり納得がいったようで、朝から落ち着いていたし、家を出るときには、「話し合いで解決するのが大事だってわかったよ。ぼくは、自分の頭の中でも、話し合いで解決したいと思ってるんだ」と言って出かけていった。
 自分の頭の中でも話し合いで解決する、というのは、どうやら「内言語」を使った自分自身とのやりとりのことを言っているらしい。自分をコントロールしてくれる、もう一人の自分。また一つ大人の階段を昇ったみたいだな、と思った。

 校長講話には以前のように居眠りすることもなく参加して、帰宅してからは課題の感想文に取り組んだ。『ヤンキー、弁護士になる』という本の内容を元にした話だったようだが、感想文には「ぼくも中学の時には暴力を働いてしまうことがあったけれど、もうあの頃のようには戻りたくない。」と書いていた。

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10月27日(木)
 今日はフリースクールの日。
 終日安定していて、ネットで騒いでいた人たちが「何故」そんなことをしたのかを理解しようと、頭の中で対話しているようだった。「きっと、誰かの発言が原因ではなく、それ以前になにか嫌なことがあったんだよね」などと、頭の中で結論が出てくると、思い出したように私にも聞かせてくれた。

 ネットや子ども同士の間における「死ね」ということばが、今では「馬鹿」や「あっちいけ」くらいの意味でしかなくなっていることも、改めて確認した。「馬鹿、と言われたら、その人は本当に馬? 本当に鹿? 違うよね。死ね、もそれと同じで、もう元の意味からは離れてしまっているんだよ」と話して聞かせたら、昇平は笑っていた。

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10月28日(金)
 今日は電車とバスを乗り継いで、体育館に体育に行く日。
 最終的には昇平ひとりで行けるようになってもらいたいので、私が付き添いながら、少しずつ本人の自立を促しているのだが、朝、さあ出発、という段になって、上履きがズック袋ごと行方不明になっていることが判明した。2階の補修工事のために荷物を片づけたせい。探し回って電車に乗り遅れ、結局自家用車で体育館に向かった。

 その車の中で、昇平が「あの日、お母さんに教えられたおかげで、気持ちが明るくなってきた気がするよ。嫌なことをほとんど思い出さなくなったんだ」と言っていた。悪口を言っていた人は、それ以前に何か理由があったのかもしれない、というようなことも言う。
 実際、水曜日以降、昇平はとても安定していて、表情も明るくなっている。「ずっと疑問だったことに答えが見つかって納得できてきたんだね。よかったね」という話をした。

 体育は今回も卓球。「バレーとバスケと卓球から好きなのを選べるし、嫌なことはやらされないからいいんだ」と体育の時間も嫌ではない様子。私は体育館から5分くらい離れたファーストフード店の前で昇平と別れ、昇平が授業を終えて戻ってくるまで、そこで本を読みながら待っていた。今年度の体育はずっとこんなふうに付き添うけれど、来年度はぜひ自分ひとりで行ってもらおうと思っている。

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10月29日(土)
 2階の東の部屋の壁が乾いたので、家具を搬入・設置して、まず押し入れに荷物を戻していった。
 家具の数が少ないので楽勝だと思っていたら、家具を動かしたり、カーペットをめくったりするたびに、砂がざらざらと出てくる。地震で崩落した壁から落ちたもの。目につくところは大工さんが工事の際に強力な掃除機で掃除してくれたけれど、物陰や敷物の下には残っていた、というわけ。壁を直した押し入れも、まだ埃だらけ。掃いたり拭いたりの掃除に手間取って、思ったようにはかどらなかった。

 それでも、昇平は家具を動かすときや布団を運ぶときに、ずいぶん手助けしてくれた。やっぱり男の子。力があるので、いざというときには頼りになる。

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10月30日(日)
 昨日に引き続き、2階の東の部屋の片づけ。
 家具は設置が終わったので、段ボール箱などに入れて階下に下ろしていた荷物を運び上げて、収めていった。
 今回の震災と補修工事を機に、この部屋はほぼ完全に昇平の子ども部屋になることになった。机周りのレイアウトも変えて、本人に荷物を片づけさせたら、かなり頭を使ったようで、「疲れたー!」と言って、昼食後に2時間も昼寝してしまった。その間に、優しい妖精さんのように、母が片付けをちょいとお手伝い……。
 昇平は夜にまた片付けを再開して、10時頃、完璧なまでに綺麗に整理整頓を終えた。モノを出し過ぎることもなく、必要なモノを取りやすい場所にきちんと収めている昇平に、これがあの「散らかし魔」の昇平と同一人物か、と思ったり。頭の中ではまだ多動や混乱が続いているけれど、少なくとも身の回りに関しては、AD/HDらしい部分がほとんど目立たなくなった、と最近感じている。
 
 ただ、さすがに疲れたのだろう。寝る間際になって、「また(嫌な考えや不安が)戻ってきた」と暗い顔になってきたので、急ぎリスパダールを飲ませて、「疲れたんだよ」と休ませた。昼寝のせいで、結局は12時過ぎまで寝られなかったようだが、不安定な感じはおさまって、また元気になっていた。

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2011年10月24日 (月)

〔27〕ちょっと疲れが出る

 先週の日記はちょっと長くなりすぎたので、今週は簡潔を心がけます。

10月17日(月)
 3校時目から6校時目まで、2コマ続きの授業の日。「長いな~」と言いながら、9時頃家を出発していった。科目は理科と美術。疲れてしまったのだろう。得意なはずの美術なのに、時間内に課題が仕上がらなくて持ち帰ってきた。学校でも一時パニックを起こしかけたが、我慢することができたらしい。
 夜には、明後日に予定されていた遠足が11月1日に延期になった、と学校の担任から連絡があった。ずいぶん急な予定変更。今年は震災の影響で行事の予定変更がとても多い。

 母屋の補修工事は、いよいよ2階に移ってきた。昇平の机やベッドがある東の部屋の壁や、階段の壁などを直してもらっている。

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10月18日(火)
 昨日に引き続き、2階の補修工事中。

 昇平は今日はフリースクールの日。また新しいお友だちが入ってきて、Sくんと昇平と3人でゲームをしたりして、元気に過ごしてきたらしい。
 ところが夕方になって疲れが出てきたのか、落ち込み始め、パニックも起こしかけたが、私と話してなんとか落ち着くことができた。

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10月19日(水)
 遠足が延期になったのでフリースクールへ行くことにしていたが、朝からまた落ち込んでいて、大好きなはずのフリースクールにも行きしぶったので、今日は家で一日休むことにした。
 昇平は二度寝をして、11時過頃に起床。その後も好きなゲームやパソコン、お絵かきなどをのんびり楽しみ、夜にはだいぶ元気になった。
 2階の工事は、材料の入荷が遅れているので、今日は休み。久しぶりに家の中が静かだったので、昇平も家で静かに過ごしたかったのかもしれない。

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10月20日(木)
 今日もフリースクールの日。朝、ほんの一時、落ち込みかけたが、すぐに落ち着いて出かけていった。フリースクールの先生も心配してくださっていたが、落ち着いて過ごしていて、特に変わりはなかったらしい。
 先週から工事が続いているし、学校も始まったし、先週末には隣の部屋を片づけるのに力仕事もしてくれたし。いろいろ疲れが溜まっていたんだろうね。

 私自身は、隣町の市民センターで会合。親の会の支部役員の人たちや、他の団体の代表の方たちと、有意義な時間を過ごすことができた。

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10月21日(金)
 今日は授業はないが、フリースクールも休みなので、学校の職員室へレポートをやりに行った。美術の課題も仕上げて提出してきたらしい。
 その後、駅ビルへ行って、いつものようにマックで昼食。チーズバーガーとコーラとポテトという定番メニューを食べ、「お昼代の残りでおやつを買ってもいい?」と私にメールをしてきたので、「まあいいよ」と返事をしたら、実際にはカードゲームのカードを入れるケースを買って帰ってきた。カードが貯まりすぎて、最初に買ったケースに入り切らなくなっていたから、賢い買い物だった。

 2階の大工工事は今日で終了。階段の踊り場の床板も貼り替えてもらったので、とても明るく綺麗になった。壁のひびや崩落が目に入らなくなると、それだけで精神的にホッとできる。

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10月22日(土)
 午後、親の会のSさんのお宅へ昇平と遊びに行った。昇平とHちゃんは、一緒に絵を描いたりテレビゲームをしたり。意外にもインベーダーゲームに熱中。Sさんも「懐かしい~」と言っていて、あの頃はあんなふうだったよね、こんなだったよね、と盛り上がった。
 HちゃんがDSで描いた絵を、昇平は自分のブログに載せていた。
http://ley.cocolog-nifty.com/da_silver_zone_/2011/10/post-1c9c.html

 補修工事。今日は1階の奥の部屋の壁紙を貼りに、内装屋さんが来た。徐々に、でも着実に、震災の爪痕が綺麗になっていく。

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10月23日(日)
 午前中、一緒にポケモンのアニメを観る。昇平におつきあいしているだけのつもりだったけれど、毎週観ているうちに、いつの間にか私もすっかりはまっちゃったなぁ。サブウェイマスターのノボリとクダリ、かっこいいわ。(笑) 12月には仙台市にポケモングッズ専門店のポケモンセンターがオープンするという。ぜひ行ってみるつもり。

 午後からは昇平とお出かけ。ゲーセン→文具屋さん→書店 というコースで遊んできた。ゲーセンも書店も、親子連れでいっぱいだった。福島市では、放射線の影響を気にして屋外で子どもを遊ばせない人も多いから、屋内遊技場が繁盛しているのだろう。早くみんな安心して外で遊べるようになるといいな、と思った。

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2011年10月17日 (月)

〔26〕長男と見学に行く

10月10日(月)
 久しぶりで10月10日の体育の日。私たちの感覚からすると、この日以外の日が体育の日になることのほうが、なんだかしっくり来ないけれど。

 連休明けから母屋の補修工事が始まるので、今日も昨日に引き続き、荷物を片づけて邪魔にならない場所にまとめたり、その上に埃よけの布を掛けたり。
 そんな中、昼直前に震度4の地震が来た。ガタガタガタッという縦揺れで、家にいた家族全員が驚いて飛び上がったし、昇平は2階から駆け下りてきた。物が落ちるような被害はなかったけれど、今回の揺れで2階へいたる壁と手すりの間に完全に隙間ができてしまって、壁が崩落する危険が高まってきた。補修が先か、余震で壁が崩れるのが先か。時間との勝負だわ。

 ところで、震災以降、我が家で感じる揺れはいつも発表されるものより震度0.5~1くらい大きく思えるので、「え~、今の揺れで震度○?」としょっちゅう家族で話し合っている。このあたりは阿武隈川の川筋痕だったようで、地盤が軟弱で周囲より揺れが大きくなる。くわえて、度重なる地震で家の構造体自体が緩んでしまっているんだろうから、しかたないんだろうけれどね。
 今回の補修工事も、本当の意味での補強工事にはなっていない。築46年の家だから、今回はとりあえず住めるように直すけれど、あと数年後には本格的な建て直しになるだろう。

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10月11日(火)
 学校では今日から後期のスクーリングが開始。でも、昇平は今日は授業がないので、フリースクールへ行った。
 今日から母屋の工事が開始――と思ったら、今日はガレージと倉の間にひさしを渡す工事だった。義父が、そこを歩くときに雨の時に濡れないようにしたい、と追加注文した作業。こんな急な要求にもきちんと応えて作業するんだから、プロの大工さんというのは本当にすごいと思う。

 私は明日から一泊で埼玉にいる長男のところへ行くので、その準備に大忙し。今回はいろいろ手続きすることもあるので、準備の漏れがないようにメモを片手に駆け回っていた。
 そんな中、義母が座敷の重いテーブルを動かそうとして大腿部をひねってしまった。骨折ではないようだけれど、歩くのがとても不自由そう。心配だけれど、私は高速バスのチケットを取ってしまったし、アポも入れてあるので、日程変更ができない。旦那と相談して、明日は旦那に仕事の途中で抜けてもらい、夕食のおかずを買って届けてもらうことにした。

 私が不在になるせいか、昇平は昨日はやや精神不安定だったけれど、今日はもう落ち着いていて、「兄さんによろしくね」などと言っていた。

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10月12日(水)
 朝5時半に起き、急ぎ朝食の準備や支度をして、7時前に家を出発。埼玉の長男のところへ出かけた。
 義母の足の調子は昨日よりは良くなって、なんとか歩くことも出来るようになっていた。大変そうではあるけれど、留守をお願いすることができて、ほっとした。
 昇平は午後から授業。午前中のうちから福島駅に行って、駅でお昼を食べてから学校へ行ったらしい。自分のやることを自分でちゃんとやっていて、まったく何も心配なかった、と後で家族から聞かされた。

 私は高速バスで埼玉へ。新幹線より時間はかかるけれど、乗り換えの回数が少なくてすむし、なんといっても安いから、お財布にとてもありがたかった。

 長男は昇平より6つ年上で、現在大学4年生。私立大学文学部在学中。
 最初は学校の先生をめざしていたけれど、教育課程をとるうちに、自分はこの方面には向いていないと気がつき、3年次に一般就職に進路転向。ところが就職氷河期と呼ばれるこのご時世。文学部を出ただけで特に何の資格も技能もない男子学生は、就活をしても取ってもらえない。さらに失恋も重なって、就活の意欲も湧かない状態が続き、そこに3月の震災体験が追い打ちをかけて、4月中頃からは眠れない、食べられない、何の意欲も湧かない、アパートから出たくない、いっそ死んでしまいたい……の状態になってしまった。
 これはすでにニートではなく鬱の始まりと考え、昇平の高校が始まった忙しい時期だったけれど、なんとか時間を作って兄ちゃんのところへ行ったのがGW明け。病院に行きたがらない兄ちゃんを説得して、心療内科のクリニックへ連れていき、薬を処方してもらい、その後も食料を送ったり様子を聞いたり、あれこれと。

 その甲斐あって、ようやく眠れるようになり、少しずつ元気になってきたので、今度は彼の進路について旦那と相談。今の状況で採用される可能性は非常に少ないし、面接を受けるたびに落とされてばかりでは、そのうち本当に自信喪失して、社会に出られなくなるかもしれない。旦那は「何度落とされてもがんばって挑戦しなくては駄目なんだ」と言うけれど、そこまでのガッツのある人間は多くはないし、まして抑鬱状態だった兄ちゃんに、それを要求するのはあまりに酷。きちんと技術や資格を身につけた上で、その方向に就職先を探すようにしなければ、いつまでたっても就職できるようにはならないよ――と説得して、卒業後、あと2年専門学校に通わせることで、ようやく旦那の合意を取りつけた。

 今回の埼玉行きは、その専門学校の見学をするため。
 兄ちゃんは、私立の普通高校、大学と進んできたけれど、実際には、その進路選択に親はほとんどタッチしてこなかった。何故なら、昇平があまりに大変で、昇平を育てるのに手一杯で、兄ちゃんにまで手が回らなかったから。
 兄ちゃんは昇平と違って発達障害の診断などは受けていないけれど、それでも人一倍気持ちにナイーブなところがあるし、いろんな面で親が関わって、一緒に考えたり準備したりしてあげなくちゃいけない子どもだった。それなのに、学校に任せきりで進路を決めたために、高校は本命に落ちてものすごい進学校に行くことになってしまったし、大学も途中で進路変更することになってしまった。どの選択のときにも、一緒に学校見学などをして、兄ちゃんに合っているかどうか、ちゃんと確かめてあげなくちゃいけなかったのに。
 だから、今回の専門学校は、私も一緒に行って、兄ちゃんに本当に合っている学校かどうか、確かめてあげようと思った。その専門学校を見つけて兄ちゃんに勧めたのも、実は私だけれど、兄ちゃんの能力や興味、将来仕事としてそっちの方面でやっていけるかどうか、そこまで考えに入れて探した。もちろん、兄ちゃんには「これ以外にも自分でやりたい仕事や行きたい学校があったら、そっちでもいいんだよ。そっちの学校も見学して、お父さんやお母さんがそこでもいいと思えたら、そっちに進んでいいんだから」と話した。結果として、私が勧めた専門学校でいい、ということになったけれど。

 これまで進路選択で手をかけてあげられなかったツケが、今のこの時期に回ってきたのだろう、と思っている。就活でがんばれないのは、兄ちゃんのせいではなく、そこでがんばれるように育ててこなかった私たち親の責任。だから、今、手をかけてあげなくちゃいけない。長い人生から見れば、たった2年の回り道。それだって、後から振り返れば、きっと有意義な2年間になるはず。
 私たちは今までずっと、昇平にばかり手をかけてきた。でも、兄ちゃんも本当は昇平と同じように、親の手が必要な子どもだった。だから、今度は兄ちゃんの番。兄ちゃんが自立していけるように、兄ちゃんに合った進路を見つける手助けをしなくちゃいけない。
 そんなことを考えながら、高速バスに乗っていた。

 長くなってきたので、その後の詳しい話は端折るけれど、この日は、到着してからまず自動車学校へ行って、兄ちゃんの入校手続きをすませ、さらに、兄ちゃんの携帯が古くなってしまったので、電機屋で機種変更をした。兄ちゃんの携帯は私の名義になっているので、私がいないと変更が難しいため。
 これでこの日はもう夜。お腹もすいたので、和風レストランで食事をして、少しアルコールも飲んだ。考えてみたら、息子とこんなふうに外で飲んだのは初めての経験。二人きりで飲みながらあれこれ話すのは、なかなかいいものだった。
 スーパーに回って食料品も買い込んで、その夜は兄ちゃんのアパートに泊まった。

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10月13日(木)
 朝5時半に起き、シャワーを浴びて、7時過ぎに家を出た。電車を乗り継いで、専門学校へ。

 今回兄ちゃんのために見つけたのは、調理師の専門学校。この話をしたとき、家族も知人も非常に意外がったけれど、実は兄ちゃんは料理が好き。大学に入り、一人暮らしで自炊するようになってから、料理にはまって、自分でネットでレシピを検索しては、あれこれ作ってみたり練習をしたり。ふんわりしたオムレツが作りたくて、卵を大量に買って、一週間以上、毎日オムレツを焼き続けた、なんてこともやっている。アパートの台所にも、棚にいろいろな調味料がずらり。これだけ調味料を揃えている男子大学生は、とても珍しいと思う。
 さらに、兄ちゃんはファーストフード店で2年余りバイトもしてきた。カウンターではなく裏方で、夜中まできつい洗いものをしたり、何種類ものハンバーガーを覚えて作ったり。忙しい店だったから、繁忙期に店を回す経験もしてきた。お客さまには明るく元気に、お客さまを大切にして、要望には可能な限り添えるように努力する、という基本もバイトの中でたたき込まれている。この経験を将来に生かすことができれば、とも思った。

 調理師専門学校にもいろいろあるので、サイトで見比べたり、資料を取り寄せたりしたのだけれど、その中でも特に実力育成重視と思えるところを選んだ。できるだけ実習をたくさんやってくれるところ。具体的に丁寧に教えてくれそうなところ。就職の際に面倒見の良さそうなところ、というのも大事なことだった。
 オープンスクールもあったけれど、あれは一種のお祭りで、楽しい面ばかり見せて本当の大変さはなかなか見せないから、オープンスクールではなく、普段の授業の様子を見せてもらうことにした。

 見学は1時間程度と予想していたのに、1時間半もじっくり見せてもらうことができた。
 実際の実習の風景も、構内の教室や設備も見せてもらったし、授業の内容もいろいろ教えてもらった。想像以上に真面目な学校で、その分かなり厳しそうでもあったけれど、兄ちゃんは悪くない学校だと思ったようだった。
 見学のお土産にすばらしい包丁をいただいたが、兄ちゃんが自分で使いたがったので、兄ちゃんに譲ってきた。いい包丁を欲しがる青年。先方が見込みのある生徒と見てくれたらいいな、と思った。

 その後、兄ちゃんと一緒にお昼を食べ、お茶を飲み、本当はもっとゆっくりしたかったけれど、義母の足の具合が心配だったので、新幹線で帰路についた。夕方5時半過ぎに帰宅。夕飯の支度の時間に間に合った。

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10月14日(金)
 昇平は家庭科の授業があったので、学校へ。

 私は、さすがに疲れが出て、まぶたが腫れてしまって、一日おとなしく過ごしていた。家計簿の整理等、旅行の後片付け。腫れは夕方までには落ち着いた。

 私が留守にしている間に母屋の補修工事が始まっていて、縁側、座敷の押し入れは終わって、、この日には廊下も終わって台所の壁まで進んできた。とにかく、家中の壁という壁がひび割れたり、端の方から崩れたりしていたのだけれど、それがどんどん綺麗になっていく。プロはすごいなぁ、と改めて思った。

 夕方、兄ちゃんから「熱を出した」とメールがあった。風邪気味で少し咳をしていたけれど、それが一気に悪化したらしい。2日の間に忙しく用事を片づけたし、緊張することの連続だったから、疲れたのだろう。薬を飲んで水分と塩分をとって、しっかり寝るように、とメールを返した。

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10月15日(土)
 朝のうち、台所の工事がしやすいように台所の荷物を片づけ、間もなく2階に取りかかりそうだと考えて、2階の東の部屋の荷物を運び出した。大物の家具だけは残したけれど、それ以外は別の部屋やベランダへ。プチ引っ越しのような作業になった。土曜日で昇平がいたので、たくさん手伝ってもらった。台所は午前中で終わって、案の定、午後には2階の作業が開始。片付けが間に合った!

 1階と2階を比べると、被害はやはり2階のほうがひどい。古い家なので、壁の筋交い(すじかい)が足りなくて、崩れそうになっている壁が1つ、すでに崩れ始めている壁が1つ。以前私たちが寝ていた部屋で、昇平のベッドや机もあったけれど、震災後は危険を感じて使っていなかった。工事面積が広いし、材料が入りにくい関係もあって、来週いっぱいかかるかもしれない、と大工さんから説明された。

 夜は、昇平とカードバトル。私の3戦3勝だったので昇平は悔しがって、終わってからデッキの組み直しをしていた。
 兄ちゃんからは、熱が下がった、とメールが入ってきた。

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10月16日(日)
 昨日の荷運びの後遺症で、全身が筋肉痛。特に、足のふくらはぎがぱんぱんになっている。荷物を持って階段の上り下りをずいぶんしたからなぁ。でも、昇平は全然なんでもないという。さすが男子高校生。いくら運動が苦手でも、基礎体力や筋力は全然違うのね。

 今日は日曜日なので工事は休み。午前中はアニメ「ポケモン」を見て、午後は買い物がてら、公園に回って散歩をしてきた。足が痛いので、ゆっくりゆっくり。木々の葉が色づいて散り始めていて、秋の深まりを感じる景色だった。
 夜にはまたカードバトル。昇平の新しいデッキに、こてんぱんにやられてしまった。
 昇平はけっこう頭脳戦を繰り出してくるので、こちらとしても、「おぉーっ、そう来たか!」としょっちゅう驚かされている。

 10月16日は私たちの結婚記念日。いつのまにか23年が過ぎた。いろいろあったけれど、楽しかったし、幸せな23年間だったと思う。
 とはいえ、今年は双方で夜まで記念日を忘れていて、イベントは特になし。「25年目の銀婚式には何かやろうね」と旦那と話し合った。

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2011年10月10日 (月)

〔25〕家庭医療科

10月3日(月)
 昇平はフリースクールの日だが、私がちょうど同じ町内の病院へ診察に行く日だったので、「じゃ、一緒に乗っていく」と私の車に乗ってきた。ただ、時間が早くてスクールがまだ開いていなかったので、待合室で時間まで待っているように、と駅に降ろした。「えー、すごい時間あるじゃない」と昇平は文句を言ったが、待つようになってもいい、という約束だったので、問答無用で下車いただいた。

 私のほうは漢方薬が体にあったのか、目眩はすっかりおさまり、急な動悸も以前よりは少なくなってきた。家庭医療科というところにかかっているので、婦人系に限らず、ちょっとした不調ならばなんでも診てもらえる。先日の健康診断で逆流性食道炎と診断された話をすると、「それじゃそちらの薬も出しておきましょうね」と、すぐに胃酸の逆流を抑える薬を処方してもらえた。

 この科には、以前昇平の口唇まわりの湿疹も診てもらったことがあるが、どの先生も患者の話を非常によく聞いてくださるのが特長。専門の科で診てもらうと、その分野の診療しかしてくれないし、診察時間も短いけれど、ここでは患者の話を詳しく聞いて、広く総合的に診断してもらえると感じている。
 昇平の湿疹は、いくら薬を塗り続けてもずっと治らなくて、おかしいおかしい、と皮膚科の先生が首をひねっていた。病院を変えてみようと思ってこの病院に来たら、たまたま皮膚科の先生が休みで、この家庭医療科に回された。すると、昇平に発達障害と強迫神経症的な症状があると書いた問診票を見て、先生が、「口の周りをなめたりこすったりしてませんか?」と言われた。昇平に確認してみたら、布団に入ってからこする癖(というか、ほとんどこだわり)があるという。つまり、PDDの特長が湿疹を悪化させていたということ。
 本当は専科のお医者様もそういうことを考えに入れて診断するべきなのだろうけれど(ちなみに、皮膚科でも問診票に同じようなことは書いていた)、発達障害は専門外ということもあって、ずっと原因がわからないまま一年くらい通い続けていた。
 家庭医療科の先生は昇平の話も非常によく聞いてくださって、とても話しやすい雰囲気がある。発達障害や難しい病気については専門の科にかかるにしても、昇平の体の健康全般を考えていくには、単科より、いろいろな情報を総合的に判断してくれる家庭医療科のほうが適しているような気がしている。私も当分ここに通い続けるから、その間に昇平が不調になったら、やっぱりここで診てもらうことに決めた。

※家庭医療科に関する説明のサイト
 http://www.jinsenkai.or.jp/sisetu-annai/hobara/04/katei.htm

 半壊して2階部分を取り壊した倉の前に、新しく物置を増築する工事が始まった。

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10月4日(火)
 今日もフリースクールの日。
 前日、「明日は7時に起きる」と宣言していたとおり、携帯のアラームをセットして、自分で起きてきた。今まではどんなにアラームが鳴っても全然目を覚まさなかったのに。出発までに時間があったので、今日の勉強も家ですませてから出発。スクールではのびのびと楽しんできたらしい。
 来週からいよいよ後期の授業が始まるので、「また気を引き締めなくちゃね」と言っていた。

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10月5日(水)
 今日も7時に自分で目を覚まして、フリースクールへ行った。
 昼過ぎから大粒の雨が降り出したので、連絡があったら駅へ迎えに行こうと思っていたら、自力で自転車で帰ってきた。服も髪もバッグもすっかり濡れていたけれど、髪を拭いたり服を着替えたりしている間、なんとなく自信に充ちた表情をしている。雨に降られても親に頼らずに帰ってこられたことが嬉しかったのかもしれない。

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10月6日(木)
 昇平は今日も私の車でフリースクールへ。私は親の会の支部例会に参加した。
 いつものようにペアレント・トレーニングの勉強会をしたり、情報交換をしたり、近況報告や困っていることの話をしたり。うちの会のメンバーは仲間の話を受け止めるのがとても上手だから、話すうちに気持ちがスッキリしてきて、また子育てをがんばろうという気持ちになってくる。お母さんが元気なら子どもも元気になるんだよね。
 例会終了後、午後3時までランチやお茶をしてから、昇平をフリースクールへ迎えに行って、一緒に帰宅した。

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10月7日(金)
 今日はフリースクールが休みだったので、午前中、昇平の定期診察に病院へ行った。
 鬱状態や怖がることがだいぶ減ってきたことを報告して、いつも通りに薬をもらい、天気がよかったので公園に回って散歩をしてから帰宅した。

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10月8日(土)
 三連休の初日。今週、昇平はずっと7時に起きていたが、今日は早起きする必要もないので、9時まで寝せておいた。
 午後、自分でコンビニまでポケモンカードを買いに行き、夜に一緒にカードバトルをした。最近昇平はテクニカルになってきたので、本気で戦っても勝つのが大変になってきた。

 増築していた物置が完成。明日、荷物を運び込むことになった。

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10月9日(日)
 三連休の中日。朝8時に起きて朝食を食べ、私と一緒にアニメ「ポケモン」を観た。
 旦那が午後1時半に帰宅したので、新しく作った物置へタンスや荷物を運んだ。その後、来週からは母屋の壁の修理が始まるので、壁がある廊下の本棚を動かしたり、荷物を片づけて掃除をしたり。なかなかよく働いた一日だった。昇平も荷運びを手伝ってくれた。

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2011年10月 3日 (月)

〔24〕ステキな友だち

9月26日(月)
 昇平は今日も休日。
 土曜日に公園に行ったらとても気持ちよかったので、昇平の誘いでまた散歩に行ったが、残念ながら今日は曇り空で公園全体が暗く、風も冷たくて、今ひとつだった。
 前日に、ずっと嫌な記憶になって昇平を苦しめていたのがアンサイクロペディアの記事だった、ということが判明したわけだけれど、その後はかなり落ち着いて過ごせるようになって、この日も終日ほぼ安定していた。

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9月27日(火)
 高校で「終業のつどい」があった。今日で前期の課程が完全に終了したことになるが、当初の年間計画によると7月中に行われるはずだったので、多分、震災の影響で9月にずれ込んだんだろうと思う。
 昇平は久しぶりの登校。終わってからは、いつものようにマックで昼食を食べて帰宅。元気に帰ってきて、「天気がいいから、また散歩に行こう!」と公園へ出かけた。今日は気持ちのよい晴天だったので、公園も綺麗だった。あちこち写真に収めながら、二人で歩いた。

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9月28日(水)
 今日もフリースクールも学校もなかったので、昇平は10時に起床。
 私は午前中、銀行など、あちこちに外出した。
 昇平は、先週の日曜日を境に、落ち込むことがぐんと少なくなってきた。「あれは嘘だったんだよね」「冗談だったんだよね」と時々口にしては、今まで理解できなくて混乱していた内容を徐々に整理している。

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9月29日(木)
 今日は久しぶりでフリースクールの利用日だった。(火曜日にもあったのだが、終業のつどいのために行けなかった)
 楽しく過ごしてきたらしい。

 私は病院で健康診断。結果はこれからだが、マンモグラフィーと胃カメラの検査を受けたので、乳ガン・胃ガン・胃潰瘍・十二指腸潰瘍がないことは、その場でわかった。特に十二指腸潰瘍が治っていたのには感激! ピロリ菌の除菌をしたおかげだわ。 
 ただ、その一方で胃炎と逆流性食道炎が見つかった。特に、ずっとしつこく続いていた咳や咽の痛み、胸痛が逆流性食道炎のせいだったとわかって、納得。来週の月曜日は行きつけの病院の診察日になっているので、そこで相談することにした。

 夜になって、フリースクールで一緒のS君から昇平の携帯にメール。今までS君はお母さんのメールアドレスから昇平にメールをくれていたのだけれど、ついに自分のメールアドレスを取ったのだという。絵文字入りメールに喜びの気持ちがいっぱい表れていた。昇平の方も大喜びで、さっそくパソコンと携帯にアドレス登録をして返事を書いていた。

 S君とは親の会でもずっと一緒だったけれど、昇平とこんなふうに仲よくなってきたのは、フリースクールに一緒に通うようになってから。親の会が発足した当初、「発達障害を持つ子どものお母さんたちがこんなふうに相談したり支え合ったりするように、子どもたちにも将来、同じような子ども同士の自助グループが必要になりますよ」と、顧問の中田洋二郎先生から言われたのだけれど、ああ、これなんだなぁ、としみじみ思った。
 面倒を見てあげる見てもらう、の関係ではなく、どちらが偉いわけでも劣っているわけでもなく、本当に等しい者同士のステキな関係。二人とも、友だちになれて本当に良かったね。

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9月30日(金)
 今日はまた学校もフリースクールもないので、10時まで寝ていた。
 この時間までたっぷり寝ると、起きてきた後は元気で、機嫌良く勉強したり、ゲームやパソコンをしたりしていたのだが、動画を見るうちにまた気になる表現に出会ったようで、急に不安定になってきた。
 すぐに動画を見るのをやめさせ、リスパダールを服薬した上で自転車で散歩に行ってもらい、帰宅後、落ち着いたところで話し合いをしたら、すぐに「あれは冗談の表現だったんだ」と納得。パニックを起こさずに落ち着くことができた。えらいえらい、やったね。

 学校から前期試験の成績表と後期授業の時間割が届いた。
 成績はずば抜けて良くできている科目はないけれど、どれもそこそこの点数。職員室で先生に聞いたりしながら、コツコツと取り組んできた成果が表れていた。ただ、保健体育だけは、本人も言っていたとおり「33点」という低得点。30点以下が追試だったわけだから、ぎりぎりだったということ。「危なかったね~」と苦笑しながら話した。
 時間割を見ながら、本人が疲れすぎないように、フリースクールにも通えるように、バランス良く登校日を組むのは私の役目。夜遅くまで時間割とにらめっこして、日程を決めた。

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10月1日(土)
 今日も10時起床。
 1日は小遣い日。もらった小遣いでさっそくコンビニにいって、ニンテンドーのプリカを買って、それで前から狙っていたゲームソフトを購入していた。昇平は無計画に散財することがないので、こういうことも心配なく見ていられる。その後は、昨日私が組んだ時間割を手帳とカレンダーに書き写していた。
 最近、昇平が持っていたAD/HDの特長は、ずいぶん落ち着いてきたような気がする。

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10月2日(日)
 前の晩、昇平は「明日は早起きする!」と宣言していたのだが、本当に6時半に起きてきて、びっくり。
 天気が良かったことも影響したのか、機嫌良く勉強をすませ、アニメ「ポケモン」を楽しみ、カードバトルで私に快勝してごきげんになり、自転車で散歩にも行き……と元気に過ごしていた。
 機嫌の良さは夜まで続き、特に不調になることもなく過ごしていたが、さすがに11時近くまでブログを書いていたら疲れてきたようで、「続きは明日にして、もう寝たほうがいいよ」と声をかけたら、「ありがとう、そうするわ」と言って階下に寝に行った。
 月曜日にはフリースクールがあるし、そこでまたS君たちにも会えるので、それが嬉しくてハイテンションだったのかな、と思いながら見ていた。

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