その他

2011年3月27日 (日)

フリースクールへの募金のお願い

 昇平がこの春から利用するはずだったフリースクールが、被災して階段が破損。再開の見通しが立たなくなっています。

 昇平は毎日、「みんなのひろば(フリースクールの名前)に早く行きたいなぁ」 「ちゃんとみんなのひろばに行けるよね」と言い続けています。

 中学時代、彼の心を支え続けてくれたスクールです。 高校になってからは、いっそう重要な場所になっていきます。
 スクールへの募金のお願いのページを作りましたので、ご協力いただけると嬉しいです。(m_m)
   ↓
 http://homepage3.nifty.com/asakuratown/bokin-onegai.html

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2009年10月 1日 (木)

ADHDに関する原稿を執筆中

 ここのところ、ADHDに関する原稿の執筆に取り組んでいます。
 お医者様の研究誌に載せる原稿で、ADHDを持つ子を抱える家族が医療へ求める支援についてを、短報の形でお伝えするものです。

 これのために、親の会やサイトの療育掲示板で、お母さんたちの話をいろいろ聞かせてもらいました。私も含めて、医療に求めるものはあふれんばかり。それを整理して、わかりやすく効果的に伝えるには、どう書けばよいだろうか、と考えているところです。
 読んだ医療関係者に少しでも役立つ原稿を書きたいと思っています。それが、巡り巡って昇平への支援にもなっていきますからね。
 がんばらなくちゃ。


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2009年2月18日 (水)

広汎性発達障害の診断が付きました

 自立支援の更新の時期が近づいてきたので、継続のために病院で診断書を書いてもらったら、新しい診断名が加わっていました。

 今までの昇平の診断は、「主たる精神障害:注意欠陥多動性障害(ADHD)」と「身体合併症:てんかん」。そこに今回初めて、「従たる精神障害:広汎性発達障害(PDD)」と記載されていました。

 広汎性発達障害を一般的な言い方に置き換えると、「自閉傾向」になるでしょうか。
 はい、やっと、昇平の「自閉スペクトラムの特徴」が正式に診断されました。やった~~!!


 なに喜んでるの。強がり? やけくそ? 無理やり?
 と心配する方がいらっしゃるかもしれませんね。でも、これは本心です。

 昇平の言動の記録を見ていれば、あるいは当人と関わっていれば、彼に自閉症の特徴もあることは、はっきりわかります。なのに、昇平の診断名はいつまでたっても「ADHD」と「てんかん」だけ。最近は社会性の困難さのほうも際だってきて、いかにもという感じなのに、いつまでも私が「診断名としてはADHDだけです」と言っているものだから、「このお母さんは我が子が自閉症なのを認めたくないんだろう」とか「自閉症の診断をしない医者だから、それで主治医にしているんだろう」とか。まぁ、有言無言の非難と言うんでしょうか。そういうのがずっとありました。

 実際には、私のほうから主治医に「まだ自閉の診断はつきませんか?」と聞き続けてきたし、診断はなくても自閉の特徴に合わせた対応もしてきたつもりです。主治医はなかなか自閉と診断してくださらなかったけれど、主治医の指導は自閉スペクトラムに準じたものだったし、薬もその他の対応も昇平にはとても良く合っていました。病院だって、我が家から近いし待ち時間も短いから、昇平に楽に通院できて非常に好都合です。ただ「自閉」の診断名をつけてもらうためだけに、せっかくここまで継続して診てもらった主治医を変え、本人に合っている治療を捨てて、病院を変えるメリットを感じなかったのです。
 セカンドオピニオンにかかって診断をもらっては、と勧められたこともありますが、これも、主治医との信頼関係を崩しそうで、あまりやりたくありませんでした。私たちは、今診てもらっているこの主治医から、自閉の診断をもらいたかったのですね。


 今回、広汎性発達障害という自閉スペクトラムの診断名が正式に下りた背景には、昇平のADHDの特徴がおちついてきたことがあるようです。
 これまで、診察室での昇平は、多動と衝動性がひどすぎて、主治医とまともに会話することができませんでした。診察室をあっちへ飛び回り、こっちへ行き、質問されても全然聞く耳持たず。5分もたてば「さようなら」と勝手に部屋を出て行こうとする始末。
 それがこのところ落ちついてきて、さらに質問に答えたり自分から説明や話をしたりする社会性が伸びてきたために、主治医との会話も成立するようになりました。その結果、主治医にも、昇平が持つ「社会性の困難」「会話の成立のしにくさ」という、自閉スペクトラムとしての特徴がはっきりわかった、ということのようです。
 それに、「診断のごみ箱」などと言われて、診断基準にあてはまらないものにつけられることが多かった「広汎性発達障害」が、最近は研究も進んできて、自閉症スペクトラムの一種という位置づけが確立してきたという印象があります。今回の背景には、そんな事情もあったのかもしれません。

 先の診断書には、昇平の状態像の説明として、こんなことも書かれていました。

「状況の理解がよくなってきたがマイペースが見られ、目の前にあるものなどにこだわってしまいがちです。ことばからのインプットが著しくしにくいPDDのパターンも見られています。」

 まったくそのとおりだと思います。


  ☆彡☆彡☆彡☆彡


 昇平には、ADHDに加えてPDDの診断も下りましたが、実際には本人はこれまでとまったく変わりません。
 家族や学校の先生、友人、その他昇平に関わる人たちの態度も全然変わりありません。支援の仕方も同じです。

 自分に障害があるとわかってから、昇平は前よりも自分を見つめるようになってきました。
 かっとなりやすいとか、すぐパニックを起こして騒いでしまうという自分の特徴を理解して、それをなんとかコントロールしようと、学校で毎日努力しています。その甲斐はあるようで、「最近、かっとなってもすぐ落ち着くなど、感情の振幅の幅が小さくなってきたようです」と担任から連絡帳に書かれてきました。
 自分が考えや気持ちを思うようにことばにできないことも自覚していて、最近では、相手に伝わるような言い方をしようと努力しているようです。考えながらことばを選んで話した後、「今の話し方、わかりやすかったでしょう?」と聞いてくることもあります。

 自主学習や家庭教師との勉強もがんばっています。明日から学年末テストですが、多すぎる範囲に怒りながらも、ノルマの学習時間と、「これだけはやろうね」と決めた内容はちゃんとこなしていました。彼は確かにADHDを持っていますが、同時にPDDもあるので、自閉的な几帳面さがADHDの集中力の弱さをカバーしているのかもしれない、などとも思います。

 先日は虫歯の治療に歯医者に行きましたが、途中で診察台から起き上がることも、「次は何をするの!?」「何回削るの!?」と治療の予定をしつこく尋ねることもなく、落ち着いて座って、黙って治療を受けていました。先生や歯科技工士さんのほうで、今までの昇平を想定して「もう少しだからね~」「もうちょっと我慢してね~」と何度も声をかけてくれていて、昇平の落ちつきぶりと対照的でした。終わればお礼を言うし、待合室のトイレに先客がいれば「すみません、失礼します」とちゃんと断って入っていくし……あれまぁ、なんとまぁ、と私はただただ驚くばかり。
 子どもは本当に成長していくものですね。子ども自身に合わせた対応と指導を続けていけば、こんなふうに変わっていくんだ、とつくづく感じてしまいました。

 大切なのは、診断名ではなく、その子の状態像を正しくつかんで、それに合わせたやり方を見つけていくこと。
 ただ、診断名はそのための大きな手がかりになるから、やっぱり、状態像をきちんと伝えられるものがもらえれば、それにこしたことはないですね。
 そういう意味で、とてもほっとすることができた、今回の診断でした。
 

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2009年1月31日 (土)

お楽しみ会

 今日は親の会のお楽しみ会でした。
 母と子どもとボランティアの学生さんたちも集まって……。
 インフルエンザが大流行中。楽しみにしていたのに出られなくなってしまった子もいたけれど、6組の親子プラスアルファのメンバーで、ホットドッグやパフェを作って、ビンゴやゲームをして、楽しいひとときを過ごしました。

 私は去年と同じように、司会進行役。
 お母さんたちと一緒に準備を整えてきたし、子どもたちもずいぶん大人になってきたので、まったくトラブルもなく、和気あいあい。母も子もみんなリラックスした顔でした。

 私は進行があったので、昇平には別のお母さんと一緒にいてもらい、私の分のホットドッグとパフェも作ってもらいました。
 家に帰ってから、「すごくおいしかったよ、ありがとう。何か特別な作り方でもしたの?」と言ったら、昇平は、にやっと笑って、「そう? ちょっと愛情を入れておいたんだよ」と一言。

 言うようになったじゃないー! と思いながらも、ものすごく嬉しい母なのでした。(笑)


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2009年1月27日 (火)

「しあわせ」

 気がつけば、1月も間もなく終わり。
 ご無沙汰しておりましたが、私たちは元気です。

 三学期が始まってから、昇平は前にも増して「自分をコントロールすること」にがんばっている感じです。
 時々は、どうしようもなく動揺したり、焦ってしまったりするし、友だちからからかわれて怒る、という場面もあるようですが、それも以前ほどの激しさではないようです。
 連絡帳には、「今日も落ち着いて過ごしていました。」と書かれる日が増えました。こちらも特に報告する内容がなくて、「家でも落ち着いていました。」と書く日が続いています。連絡帳のコメント文が短いのが、嬉しいような、ちょっと物足りないような。(笑)


  ☆彡☆彡☆彡☆彡


 今、平原綾香のアルバム「そら」の中の、「しあわせ」という曲を聴いています。
 平原さんはドラマ「風のガーデン」の主題歌を紅白で歌って、ヒットチャートベスト10にも入ったと聞いていますが、これは今から2年ほど前に出たアルバムです。
 穏やかな曲が多いアルバムですが、「しあわせ」はその中でも特に静かな歌です。少しだけ、始まりの歌詞を書いてみます。


   「しあわせ」 (作詞:松井五郎、作曲:A.Gagnon)


  ほんとはあるのに

  見えないしあわせ

  伸ばしたてのひら

  誰にふれる


  青空さえぎる

  冷たい雨にも

  わたしは優しく

  なれますか


   ・ ・ ・


(試聴はこちらで、DLもできます)
  ↓
http://www.hmv.co.jp/digital/product/detail/sku=2112290432


 静かな歌声を聴いていると、ああ、本当にそうだなぁ、と思います。
 幸せって、本当はすぐそばにあるもの。
 「幸せとは、なるものでも、するものでもなく、ただただ感じるもの」とは知人が言ったことばだけれど、本当に、その通りなんだろう、と思います。
 幸せって、すぐそこにあると「気がつくもの」なんだと。


 日々、いろいろなことがあります。
 嬉しいこともあるけれど、悲しくなるようなことだって起きる。
 子どもだって、力強く進んでいく日もあれば、上手くいかなくて落ち込んで「ぼくはダメだ」と言い続ける日もある。
 でも、そんな中にだって幸せはあるんですよね。いつも、いつでも、手を伸ばせばすぐ届くところに。


  どこかではなく

  いつかでもない

  いまここにいることが

  答えと信じて

    (歌詞出典:同上)


 そうやって日々を過ごしていくうちに、いつか、私たちはどこかの新天地に到着しているのかもしれません。


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2008年9月 1日 (月)

気がつくことから起きる鬱

 昨日、用事があって親の会の役員仲間と電話で話をした。
 用件が済んでから少し雑談のようになったのだけれど、そこで、なんのはずみでか、親自身の話になった。子どもも個性的だけど、親である私たちもかなり個性的だよね。みんなそれぞれ、いろんな特徴があって、ばらばらだよね……。それをまとめていくのはけっこう大変だわ、という向こうの気持ちも伝わってきて、うんうん、そうでしょうねぇ、と苦労をねぎらったり。


 かく言う私も、親の会の中ではそうとう個性的な人間だ。こうしてネットの世界の中でも変わって見えているとは思うけれど、直接会って接していると、いっそう多くの人が「あれ、この人変わってる」と私のことを思うらしい。 これは昔からそう。「一見真面目な人。でも、実は変わっていておもしろい人」とは小学6年生の時に担任が学級文集に書いてくれた私の姿。それは今でも変わっていないみたいだな、と自分でも思う。

 どうして自分はそんなふうなんだろう、と悩んだ時期もあった。
 変わっていておもしろい、といつも思ってもらえればいいけれど、実際にはもっと悪い捉え方をされることも多いから。
 ネットの掲示板やメールで文字を通じてやりとりしていれば、それほど問題も起きないけれど、面と向かって場の空気を読みながら、相手の気持ちを考えながら、声でやりとりしようとすると、私は思いっきり外すようなことをしょっちゅうやらかして、相手の気持ちを損ねてしまう。その場では気がつけない。ただ、相手の表情が急にこわばったり、怒ったような口調になったりするので、その違和感に「?」ととまどう。
 そのまま気づかずにすめば、私としては幸せなんだろうなぁ、と思う。ところが、記憶力がよすぎるのか、後からそのやりとりをそのままそっくり思い出すことが多いから、その場面を客観的に眺めることになって、「あ、あの時あの人が怒ったように見えたのは、私があの時言ったあのことばのせいだったのか!」なんて気がつく羽目になる。
 これは正直、ものすごく落ち込む。後から気がついたって、手遅れの場合がほとんどだから。次に会ったときに謝れる人ならばいいけれど、そうではない相手であることも多いし。
 はぁ~……ってなもんです。人は私を見て、自信満々だとか立派に見えるとか言ってくれるけど、とんでもない。毎日が自己嫌悪と罪悪感の嵐。どうしてこんな自分が立派だなんて思えましょう。


 発達障害を持つ子の場合、小さい頃は自分が周囲と違っていることに全然気がつかずに好き放題やっているのだけれど、成長して大人になってきたときや、薬物治療を始めるたときに、それまで自分がやってきたことが客観的にわかるようになって、セルフエスティームがドンと下がることがあるという。つまり、抑鬱状態に陥ってしまう。
 これは発達障害専門の精神科医が言っていたことだけれど、特に思春期以降に薬物治療を開始した患者の場合は、単純に症状の変化だけでなく、セルフエスティームの状態にも気を配ってあげないと、危険な状態になることさえあるという話だった。鬱への対抗がとても重要になるのだと。

 わかるなぁ……と思う。
 知らないでやってしまった失敗がわかってしまった時って、本当につらいもの。
 そんなつもりはなかったの! ごめんなさい! 謝っても謝っても、もう取り返しはつかないし、それじゃあ次はそういうことがないように気をつけよう、と思っても、やっぱりまた同じ失敗を繰り返しているし。
 これを突き詰めていくと、本当に死にたい気持ちにさえなってくる。

 ――って。おお、危ない。
 私までまたネガティブ思考の輪に落ち込みそうになっているぞ。ストップ、ストップ。(苦笑)


 まあ、今はそういう人の気持ちを感じてもらいたくて、わざと私のパターンを書いたけれど、気がついてしまった彼らは、きっとそういうことを感じているんだろうと思う。
 わかってしまうつらさ。わかっているのに、また同じことをしてしまう苦しさ。それを叱られる哀しさ。
 昇平も最近、失敗するたびに「俺はどうして全然変わらないんだ! こんな俺なんか死んだ方がいいんだ!」なんて言うようになってきている。中学生になって、少しずついろんなことがわかってきているんだろうと思う。
 それでも、次にはやらないようにしようと思えば、思わないよりは少し良くなるんだよ。少しずつ変わっていけばいいんだよ。変われなくても、その時には別の形で失敗を補えばいいんだよ。
 昇平にそんなふうに繰り返し話して聞かせながら――

 同じことばを、私は自分自身にも言っている。
 失敗したっていいんだよ。次は気をつけよう。気をつけても失敗したら謝ろう。謝れないときには、別の形で補おう。
 それに、人を傷つけたことがない人なんて、この世に一人もいないんだからね。それを「しょうがないなぁ」って許し合って一緒に生きているのが人間だから、私だって、こんな自分を「しょうがないなぁ」って許してあげていいんだよ。
 昇平が昇平であることを許せるなら、私が私であることだって許していいんだよ。

 昇平という子どもを育てながら、助けられているのは、実は私自身なのかもしれないなぁ……なんても思っている。 

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2008年4月 4日 (金)

今回もまずご挨拶から

 ※これまでの日記はこちら。→ 「てくてく日記2」

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 本日から、「昇平てくてく日記」はパート3に突入します。中学校編です。
 これを機にブログのレイアウトや配色を変えようかとも思ったのですが、やっぱり今まで通りにしてしまいました。芸がないですが、なじみの安心感の方を優先した、と受けとっていただければ嬉しいです。
 ただ、ちょっとだけ行間を広くして、読みやすいようにしてみました。

 さて、昇平はこの4月から中学生です。早いものですね。日記を書き始めた頃には、やっと3才になったばかりの幼児だったのに。
 3才過ぎても満足に話せず、ちょろちょろと落ち尽きなくて怪我が絶えなかった彼も、今では身長157センチあまりの少年になりました。間もなく母である私の背を抜いてしまいそうです。
 まあ、相変わらずその年代にしては幼いし、賑やかなときにはとても賑やかなのですが、静かにするべき場面では落ち着いていられます。小学校の卒業式では1時間半あまりの式の間中、きちんと座り、りっぱな卒業生でした。口数もすっかり増えて、家ではひっきりなしにしゃべり続けるので、私は毎日、「うるさいっ! もう少し静かにしなさい!」と言い通しです。親なんて、勝手なものですね。(笑)

 さて、今後の「てくてく日記3」ですが、形式をまた少し変えようと思います。
 「2」の後半では、1週間書きつづった日記を週明けにまとめて公開するスタイルを取ってきたのですが、これだとカテゴリー分類が事実上役に立ちませんでした。
 そこで、「3」では原則として、ひとつの記事はひとつだけのカテゴリーに分類するようにして、内容も、今までのような毎日の日記ではなく、何か特記したいことが出たときだけに書くことにします。……以前の形に戻っただけとも言えますが。(笑)
 更新はまた不規則になりますが、1週間に最低1回はアップする予定です。

 さて、中学生になった昇平は、どんな姿を見せてくれるでしょう。楽しみなような、不安なような、でもやっぱり楽しみなような。
 これからも、そんな昇平の成長をつづる「てくてく日記」を、よろしくお願いいたします。


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