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2011年4月

2011年4月23日 (土)

昇平3行日記・28+震災日記・5

※3行(以上)の記録で振り返る、震災後の4月の昇平の様子。詳細はブログ「そっと、ひとりごと」の大震災日記にて。



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http://homepage3.nifty.com/asakuratown/bokin-onegai.html

4月11日(月)
 今日で大震災から1カ月が過ぎたが、今日も夕方5時16分頃、いわき市でまた震度6弱の余震が起きた。本震や4月7日の余震よりは短かったものの、我が家でも地鳴りが響いて、家がかなり激しく揺れた。昇平はまたパニックになりかけたが、そうすると先日のように母がまたおかしくなると考え、「ぼくは冷静になる」と言って、本当に冷静になることができた。その後もかなり強い余震が頻発したが、そのたびに落ち着いて避難しては、「ぼく、落ち着いているでしょう?」と言っていた。昇平が言うには、「巨大地震よりも何よりも、お母さんが怒ることのほうが怖い」のだそうだ。まあ、それで冷静になってもらえるようになったのなら、結果オーライだろうか。(苦笑)

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4月12日(火)
 震災の影響で昇平が高校に登校するのに利用するはずだった電車が不通になり、まだ復旧の見通しが立たないというので、バスで福島市まで通う練習をすることにした。我々が住んでいる場所は交通過疎地。電車もバスも都会の人には信じられないほど本数が少ないし、料金も高額なので、大人も子どももほとんど自家用車で移動している。そんな状況だから、昇平はもちろん、私もバスに乗るのは数年ぶり。その間に料金のICカードが導入されていたり、車両そのものが昔と変わっていたりで、昇平よりまず私がバスに慣れるための練習になってしまった。45分あまりかかって、無事に福島駅前に到着。当面バス通になることを考えて、窓口で昇平のICカードを購入した。昇平は精神障害手帳を持っているので、バスの運賃は半額、付き添いも1名まで半額になるので、ありがたい。

 その後、公休で福島市内の病院に定期検診に来ていた旦那と合流し、一緒に昼食を食べたが、精算をしているところへまた強い余震。あわてて店の外に飛び出したが、店の従業員たちも、いつまでも続く余震に真っ青な顔をしていた。ただ、そんな状況の中でも、昇平は今日も落ち着いて行動をしていた。本気で冷静になることにしたらしい。偉い、と思った。
 帰りは旦那の車で帰宅。夜は旦那も含めて3人で「マリオ・パーティ」。久しぶりに親子3人で遊べたので、昇平は大喜びだった。

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4月13日(水)
 福島市で桜が開花。その一方で放射能測定結果が基準値以上になったというので、ここ伊達市を含む福島県東部~北部の露地栽培シイタケが出荷禁止になった。農業、漁業、工業、商業、自治体、教育……今回の原発事故で福島県が被っている被害は、あまりにも甚大だ。震災だけでもすさまじい被害額なのに、そこへ、原発事故という人災。現地にいれば、その被害額が気の遠くなるほど巨額だということは肌でわかる。原子力は「神の火」。人間の手ではとても制御しきれないものだったのだな、と改めて思う。

 今日の午前中は、家庭教師のH先生の最後の指導日だった。つらく大変だった昇平の中学生活を、学習と心の両面で支えてくださった先生だった。いわゆる「先生づら」をしない先生で、子どもの気持ちまで降りてきて、親よりも身近な「年の離れたお姉さん」みたいな感じで接してくださるので、昇平もH先生が大好きだった。これからの指導に発達障害の視点が不可欠と考えていて、勉強後には私の経験談にも熱心に耳を傾けてくださったり、共に発達障害や子どもの育ちについて熱く語り合ったりしたので、私にとっても、とても楽しい時間だった。
 発達障害を持つ子どもたちは、これからますますたくさん「認識」されるようになっていく。その中で、公立の教育組織だけではフォローしきれなくて、塾や家庭教師に指導を頼む家庭も増えていくだろう。H先生のような存在は、これからますます必要とされていくと思う。「何かあったら、またいつでも会いましょう」と約束して、昇平の家庭教師は終了となった。

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4月14日(木)
 震災後初めて、親の会の支部例会があった。いつもの会場が使えないので公民館に場所を変え、とにかく集まれる人だけで良いから集まろう、と言って呼びかけたのだが、12人も集まって大盛況だった。今回から、支部代表職はTさんに譲って、私はアドバイザー役になったが、Tさんは全員に震災や近況を語ってもらって想いを吐き出してもらい、見事に支部をとりまとめていた。副支部長のSさんも、出席できないメンバーの所在と近況をがっちり把握。私は特に何も出番がなくて、とても嬉しい再スタートになった。
 その間、昇平は落ち着いて留守番していた。強めの余震もあったのだが、その時にもちゃんと2階から避難してこられたらしい。

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4月15日(金)
 暖かい一日。桜はどんどん咲いているらしい。
 午前中、またパン焼き器でパンを焼き、昇平と一緒に焼きたてパンで昼食にした。おいしかった。

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4月16日(土)
 午前中は晴れていたが、寒冷前線が通過したときに強風が吹いた。突風のような風だったので、あわてて洗濯物を取り込んだが、いわき市では竜巻も起きたらしい。こういう時期には天災も続くんだろうか?
 昇平は、家の中ばかりで過ごしているので、かなり退屈している。夕方、一緒にスーパーへ買い物に行き、夜は旦那の帰宅が早かったので、一緒にマリオパーティをして遊んだが、運動不足も心配だ。

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4月17日(日)
 昨日の天気が嘘のような快晴の一日。旦那が公休だったので、一緒に花見山まで花見に出かけた
 昇平は家の中でネットやゲームばかりで、すっかり不安定になっていたが、一面に咲き乱れる花を眺め、山道を上り下りして運動をして、帰りには回転寿司に回って外食もしたら、少し元気になったようだった。
 何があっても春はめぐってきて、花は忘れずに咲く。私たちの人生もきっとそう。つらいことの後には、きっと良い時がめぐってくるから、それを信じていこう。――君にも、きっといいことがあるからね、昇平。

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 以上をもって、「昇平てくてく日記3~中学校編~」は終了です。長い間、ご愛読ありがとうございました。

 幸い、昇平が「みんな僕がやっていることを知って応援してくれるから、このまま日記を続けていいよ」と承諾してくれたので、引き続き彼の高校生活の様子も公開できることになりました。
 この続きは、「てくてく日記4~高校編~」に載せていきますので、これからもよろしくお願いいたします。

   2011年4月23日  朝倉玲




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2011年4月11日 (月)

昇平3行日記・27+震災日記・4

※3行(以上)の記録で振り返る、震災後の4月の昇平の様子。詳細はブログ「そっと、ひとりごと」の大震災日記にて。



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4月1日(金)
 震災から3週間が経過。近所の人が取り壊した倉の瓦をくれるというので、義母と昇平と3人で、貴重なガソリンを使ってもらいに行った。早起きさせられたこともあって、昇平は非常に機嫌が悪かったが、そこへフリースクールのS先生から電話がかかってきて、明日、私と一緒にスクールへ行けることになって、いっぺんで元気になってしまった。その後、外を掃除していた私のところへ、「早く来て! ぼくのパソコンから煙が出てきた!」と飛んできたので、大あわてで駆けつけたら、モニターに昇平の文字で「うそだよ~ん」と書かれていた。今日はエイプリルフールだった。

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4月2日(土)
 再開の話し合いのために、隣町のフリースクールへ。同様にここを利用しているSさんもお嬢さんを連れてきたので、昇平と二人、久しぶりの再開を喜んで、仲よくポケモンで遊んでいた。S先生の話によると、やはり今の建物はもうフリースクールとしては使っていけない、とのこと。移転先の物件探しは、同じ町内に住むSさんやKさんが、募金のお願いはネットに知り合いの多い私が、それぞれに協力していくことになった。その後、子どもたちが遊び足りなかったので、Sさんのお宅にお邪魔して、4時まで遊んだりおしゃべりしたりしてきた。本当に、一日も早くフリースクールが始まって、またこんなふうにみんなで会えるようになるといいね。

Hiroba2
 フリースクールの入口へ至る階段の支柱。激しく揺すぶられて根元で半分折れている

Hiroba3
 フリースクールの内部。戸棚などは戻してあったけれど、まだめちゃくちゃだった。

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4月3日(日)
 日曜日なので8時に起こし、9時からアニメ「ポケモン」を見て、10時からは家庭教師のH先生と勉強をした。久しぶりにH先生の元気なお顔が見られて、私もなんだかとても安心した。震災前の日常が少しずつ戻ってきているけれど、この日も夕方に震度4の余震が来て、揺れ方が3月11日の地震にそっくりだったので、私も昇平も怖くなってしまった。なかなか落ち着けないなぁ。

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4月4日(月)
  フリースクールへの支援をお願いした、アメリカの障害児・者支援団体PHPのK.W.さんから、国際電話をいただいた。発達障害を持つ子どもたちが、学校の中で適切に対応されないために不登校になっていく話をすると、「学校に言語療法士や行動療法士が入って、早くから子どもたちを支援していけば、後が全然違うのに!」と、日本の現状に驚いていらした。フリースクール「みんなのひろば」のために募金活動を始めてくださるとのこと。遠い遠い海の向こうで……。ありがたくて、嬉しくて、涙が出そうだった。みんなの応援で、早く子どもたちを笑顔にしてあげたいと思う。

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4月5日(火)
 今日もSさんのお宅へ遊びに行った。お嬢さんのHちゃんがなかなか遊んでくれなくて、昇平が怒る場面もあったが、ゲームの遊び方を丁寧に教えてあげることで、仲よく遊ぶことができるようになった。こういうことは、同じ子ども同士でなければ学べない。同じフリースクールの保護者のKさんも来て、大人の私たちはスクールのこと、自分たちや知人の被災の様子、原発と放射能のことなど、いろいろ情報交換をした。

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4月6日(水)
 今月2回目の家庭教師との勉強日。20日からは高校が始まってしまうので、H先生との勉強もあと2回で終わる。我が家でも新しい生活が始まるのだけれど、登校に利用するつもりだった電車がまだ復旧していない。昇平とバスに乗る練習をしなくては、と思っている。日常は少しずつ戻ってきているが、昇平は時折むしょうに不安になったり、怖くなったりしているし、こちらで被災して埼玉の大学へ戻っていった長男も、最近夜眠れないとメールをよこした。震災から4週間。そろそろ心の傷が表面に出始めているらしい。

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4月7日(木)
 震災後初めての診察日。震災の前日に4週間分薬をもらっていたので、我が家では薬を切らさずにすんだが、親の会の仲間の話を聞くと、やはり子どもの薬にとても困ったという。今週に入って流通状況もよくなってきたので、薬もまた4週間分もらうことができた。ただ、診察途中でも昇平は「急に怖くなってきた」と言って、リスペリドンを頓服。主治医も看護婦も、ああ、やっぱり、という表情でそれを見ていた。この震災には障害のない人たちでもPTSDになっているけれど、発達障害を抱えているために精神的に脆弱なこの子たちは、いっそう強くその影響を被っている。この子たちの心のケアはこれからが本番なのだろう。

 そんな中、私の友人が昇平へポケモングッズをいろいろ送ってくれた。お菓子や、高校でも使えそうなデザインの文具やハンカチなどで、昇平は大喜び。あんなに嬉しそうな昇平の笑顔を見たのは、震災前以来だった。友人に心から感謝した。

 ところが、そろそろ眠りかけていた深夜11時32分に、また宮城県沖を震源とした巨大な余震。宮城県で震度6強、私たちが住んでいるこの場所でも震度5強の揺れに襲われた。すぐに丈夫な物陰に隠れたので怪我は全くなかったが、昇平がパニックを起こしてしまって、落ち着かせるのが大変だった。

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4月8日(金)
 昨夜の巨大余震のために、壁が落ちたりひびが広がったりと、家がいっそう傷んでしまった。人の心も激しいショックを受けて、今日は誰もが疲れ切った顔をしていた。昇平も「また大きな余震が来るかな?」と何度も繰り返して、私のそばからまったく離れられなくなってしまった。やっとガソリンが行き渡るようになり、物流も復旧してきて、それなりに商品も手にはいるようになって、元の生活に戻り始めたと感じられていた矢先だったのに。福島県は大半の地域で電気も水道も大丈夫だったが、一度回復したライフラインがまた停まってしまった宮城県の友人は、やはりものすごい精神的なダメージを受けていた。地震はもういい! もういらない!!

 それでも、私たちは毎日を生きていかなくてはならない。予約が入っていたので、午後には昇平と歯医者へ。
 親の会のメンバーには、震災後の子どもへの対応マニュアルというものを、メールで送信した。

「地震後の子どもの対応へのガイドライン」 (東京プレイセラピーセンター作)
 http://www.tokyoplaytherapy.org/resources/forparents0311.pdf

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4月9日(土)
 雨のち曇り。低気圧のせいか、巨大余震の精神的なショックのせいか、朝からずっと頭痛がしていた。片づけや掃除をする気になれなかったので、先日譲ってもらったパン焼き器で食パンなど焼いてみた。一度目は失敗だったが、再挑戦して、二度目には成功。
 ところが、夕方、昇平がまた動画で嫌なコメントを見てしまった、と言ってパニックになっていたので、こちらもとうとう爆発。泣いたり怒ったり怒鳴ったり……少し冷静になってからは、こんなにたくさんの人たちが応援してくれているんだよ、世界には優しい人のほうが多いんだよ、と話して聞かせたり。1時間くらいかかって、なんとか私も昇平も落ち着いた。ストレスフルな中、水でいっぱいになったコップに最後の水を入れられたように何かが起きると、とたんに切れて爆発してしまうのが私の癖。良くない、改めなくては、と思うのに、どうしても改まらない。そのたびに子どもたちをとても怖がらせてしまう。はぁ、落ち込むなぁ……。

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4月10日(日)
 昨日の出来事はショックだったけれど、昇平は自分なりに整理をして、前へ進む力に変えようとしていた。「お母さんもぼくも疲れていたんだよね」「あれは親子喧嘩だったんだよね。よくあることなんだよね」と、一日に何度も言う。嫌なコメントを思い出しそうになると、「この世界にはいい人も大勢いるんだよね」と言う。それでも夜になると嫌な考えに取り憑かれそうになるけれど、面白いイラストを描いて母子で大笑いしているうちに、嫌なことは忘れて元気になることができた。
 午前中はまた家庭教師のH先生がいらしたが、実際に勉強するより、話を聞いてもらう方に一生懸命だったらしい。H先生にもいろいろ助けていただいたけれど、次回でそれも終了。「あと1回で終わりか~」と昇平が残念そうに言っていた。



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昇平3行日記・26+震災日記・3

※詳細はブログ「そっと、ひとりごと」の大震災日記に載せているので、今回は本当の3行日記で3月の分を振り返ってみる。(ときどき4~5行くらいになるかも)



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3月21日(月)
 彼岸の中日。家の中の片づけもだいぶ進んだので、昇平と自転車でお墓参りに行ったが、墓石は我が家のも含めてひっくり返って、すさまじい光景だった。ガソリンの不足もあって車の姿はほとんどなく、町の中は異様なほど静かだった。

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3月22日(火)
 ガソリン不足が深刻だが、旦那と交代でガソリンスタンド前に一晩並んで、旦那の車に2千円分入れることができた。昇平の薬は、震災前日にたまたま4週間分もらっていたので、まだ当分間に合う。親の会の仲間たちは病院に行くことができなくて、子どもの薬が切れるのを心配しているが、我が家はラッキーだった。震災後から不安定がひどくなっているので、安定剤と抗てんかん薬は欠かすことができない。

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3月23日(水)
 食料品が手に入りにくくなってきたので、家に買い置きしておいたもので食事を準備している。とにかく食べることが一番大事と考えているので、できるだけバランスのよい食事をしっかり取れるように、毎回頭をひねっている。今日は近所の農家の人から新鮮なニラをたくさんいただいたので、さっそくニラ玉汁とおひたしにした。大好物のニラのおひたしに、昇平は大喜びだった。

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3月24日(木)
 日中、昇平は自転車でスーパーまで買い物に行って、自分のおやつやおじいちゃんの菓子パンを買ってきてくれた。『とーます!』の顧問の中田先生からは、発達障害を持つ子に震災の映像を繰り返し見せることは、後々フラッシュバックやPTSDを起こしやすくなるので配慮してあげるように、という連絡が来たので、会のメンバーへ情報を流した。原発事故の影響も気になるし、福島への風評被害も本当に嫌になる!

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3月25日(金)
 午前中、昇平と自転車でスーパーまで買い物に行き、豆腐と挽肉が手に入ったので豆腐ハンバーグを作った。担任から集金の残金を取りに来てほしいという電話があって、昇平がまた自転車で中学校まで受けとりに行ったが、一日二度も遠出したせいか、つらかった中学校時代を思い出してしまったのか、その後、精神的に非常に不安定になってしまい、リスペリドンを限界量まで頓服することになった。楽しいことを考えさせてあげたいのに、頼みの綱だったフリースクールはまだ休業中。昇平の高校生活は、通信制の高校とフリースクールを組み合わせて利用するつもりだったので、一日も早く始まってほしい、と心から思う。

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3月26日(土)
 今回の震災で、私たちが使っていた2階がかなりの被害を受けたので、夜は1階の長男の部屋で寝ている。今日は部屋を片づけて寝る場所を広くしたが、昇平も重い箱を運んだりするのを手伝ってくれた。その後はWiiで一緒にマリオパーティ。午後になって、震災で壊れたエアステーションのACアダプターが届き、無事にインターネットができるようになった。落下して故障したと思っていた昇平のパソコンも、どうやら大丈夫だったようで、昇平はとても喜んでいた。

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3月27日(日)
 昨夜、昇平がフリースクールの先生へ出したメールの返事で、スクールの再開はまだ見通しが立っていないことが判明した。修理や移転のための費用が足りないのだ。私に何ができるだろうと考え、スクールへの募金を呼びかけるページを作って、知人友人に協力をお願いすることにした。昇平は一日に何度も「スクールに行きたい」と言い続けているし、利用している他のお子さんもみんなそうだと聞いている。被災後2週間が過ぎて、ショックや不安が外に出始める時期だけに、一番心がくつろぐ場所へ戻りたい、とみんな切に願っているのだろう。

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3月28日(月)
 昇平は、毎日「明日は何をする?」と聞いてきて、小さなことでも明日の予定が入ると、「わかった」と安心した顔をする。明日の見通しを立てることで、安心を得ようとしているんだろう。今日はゼリーの素を使って、デザートのグレープゼリーを作ったが、デザート類も手に入りにくくなっているので、なんだか幸せな気分になった。夜、国土地理院が公開した被災地の空中写真で、二年前に旅行した女川が壊滅しているのを確認。旦那も私もことばがなかった。

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3月29日(火)
  ネットでフリースクール再開のための支援を呼びかけたら、とても多くの方が募金をしてくださった。震災でアニメ「ポケモン」を見逃したことを昇平が残念がっていたら、わざわざ調べて、アニメの動画のURLを教えてくれた友人がいた。ラジオでも新聞でも、とてもたくさんの人たちが被災地に向かって「がんばれ!」「負けるな!」と言ってくれている。震災は非常に不幸な出来事だけれど、そんなふうに大勢が私たちを助けようとしてくれていることを、昇平に「目に見える形で」教えてあげられることは、とても嬉しい。

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3月30日(水)
 旦那が公休。朝早くからガソリンスタンドに並んで給油できたので、福島市内まで買い物に出かけ、昇平の高校のための文具や服を買うことができた。これで一安心。ファミレスがやっていたので、昼食に入ったら、震災限定メニューで、ドリンクバーもサラダバーもなかった。それでも久しぶりの外食はとても美味しかった。

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3月31日(木)
 昇平の高校は被害も少なくて、4月20日に予定通り入学式があるけれど、フリースクールの方は再開の見通しが立っていない。募金も集まっているし、スクールの先生もバイトをして再開の資金を稼いでいるけれど、まだまだ。別の保護者のお願いで議員さんがスクールを視察に来てくださったが、県内公立高校が軒並み被害を受けているので、そちらが優先になる(直接スクール再開に支援はできない)という話だったようだ。そんな中、花風社を通じて知ったアメリカ西海岸の障害児・者支援団体PHPに援助をお願いしたら、さっそくメールで返事をいただき、支援をしてもらえることになった。「大きな団体のような多額の援助はできませんが、公の支援をなかなか受けられない小さな団体や組織を応援したいのです」ということばが、身に染みて嬉しかった。




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