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2009年4月 1日 (水)

学校生活の保証を求める理由

 四月。新しい年度が始まる。

 この時期、発達障害のある子どもを持つ親たちは、とてもナーバスになる。
 教職員の異動があり、クラス替えがあり、担任が替わるから。

 一年間を通じて、なんとか整えてきた我が子の学習環境が、ここでまた大きく変わってしまう。
 どんな先生が来るだろうか。今度のクラスで、子どもはうまくやっていけるだろうか。担任は子どものことをちゃんと理解してくれるだろうか……?

 それは障害があってもなくても、どの子も同じですよ、と言われることもある。新しい出会いがきっとありますからね、と。
 それはその通りなんだろうとは思う。
 だけど、教師によって理解や対応の力に大きな差があるのは現実。
 普通の子たちより、はるかに教師に頼る割合が大きな子たちだけに、学校生活が良くなるのも悪くなるのも教師次第だから、親はどうしたって戦々恐々となる。

 どの先生に当たっても、どんなふうにクラス替えになっても、一定の水準の教育と学校生活が保証されればなぁ、とすごく思う。
 長男のときはそうだった。良い先生、あまりそうでもない先生、それはいろいろだったけれど、それでも「これだけは学べる」「こういう学校生活は送れる」という、一定水準の安心感があった。
 でも、昇平たちには、それがない。

 学校に特別なことを望んでいるわけではない。
 ただ、本人の学びの力に応じた教育をしてほしいだけ。
 他の子たちよりわからないこと、できないことがあるから、その場面で手助けをして、皆と一緒に学校生活を経験させてほしいだけ。
 それは、どの子にも許されている「学びの権利」だよね?
 でも、昇平たちには、それすら保証されていないことがある。

 教師の自覚と工夫で改善されることはたくさんある。
 学校だけの力では補いきれないから、社会的な支援が必要なこともたくさんある。
 時間も手間もお金も、確かに必要になるだろう。
 予算がない。それも確かだろう。

 だけど、日本はこれからますます若い人間が少なくなっていく。社会を支えていく力は、これから育っていく子どもたちなのに、少子化で子どもの数がどんどん減っているから。
 ここに、「対応を考えればきちんと学んでいける子どもたち」がいるんだよ?
 彼らは学校のお荷物や厄介者じゃないよ。未来の日本社会を支えていく大切な人材だよ?

 アメリカは特別支援教育が充実している。早期発見早期療育。子どもに発達障害があると診断がつくと、すぐにスペシャルな教育カリキュラムが始まる。
 お金がかかることなのに、どうしてそんなことができるか?
 それは考え方に違いがあるから。
 今、子どもにお金をかけておけば、将来その子たちがそれ以上のものを社会に還してくれると考えているから。
 そのまま何も教育しなければ、その子は大人になって自分では働けなくなる。そうなると、国から「生活保護」を受けることになる。
 対応が悪ければ、子どもは二次障害、三次障害を起こして、やがて反社会的行動をとるようになることもある。日本中の誰もが震撼するような事件を、発達障害を持つ子が起こすことがあるけれど、あれは例外なく障害を見逃されて、適切な対応を受けてこなかった子たち。理解されて、ちゃんと対応されていれば、あんな悲しいつらい事件は起きなかった。
 そんなふうに育ちが歪んでしまったとき、それを更正させるには、気が遠くなるほどの時間と人手がかかるようになる。莫大な金がかかるようになる。それもやっぱり国の出費になる。
 将来、そんなふうに巨額の支出をするくらいなら、今のうちにそこそこの金をかけて予防しておいたほうがいい。
 そんな予防医学的な考え方が、アメリカの特別支援の背景にはある。

 日本でも今、老人の医療費抑制のために、この予防的対策が強く言われている。
 病気や寝たきりになってしまってから対応するより、そうならないように、健康でいられるための指導をしよう、と高齢者の健康指導や健康教室が盛んに行われている。 
 特別支援教育というのも、それとまったく同じこと。将来の日本を支えてくれる子どもたちを育てるために、今、この子たちに手をかけていこう、ということ。
 先行投資、人材育成。それはとても大事なことだよね?

 私たちが望むのは、子どもたちの教育と学校生活を保証してもらうこと。健やかな育ちを守るために、必要な手助けをしてもらうこと。
 それは誰のためでもない。将来、日本中の全員に還ってくるものなのだから。


 この親の想いが誰かの元に届くように。そう願いながら、書き記す。

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