2009年11月11日 (水)

「人生のフルコース」

 新作を私立図書館にアップしました。


「人生のフルコース」
  http://asakuratosho.sets.ne.jp/tosyo/full_course.htm


 慇懃(いんぎん)なウェイターがいるレストランのお薦めは「人生のフルコース」。そのメニューは……。
 ショートショートです。


 元々は、某バーチャルタウンのブログに書いた作品です。評判が良かったので、図書館にも収録しました。
 今回はアバターのイラストは入っていないので、安心してお読みください。(笑)

 

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2009年11月 1日 (日)

「月夕の刃」

 今日、アサクラ私立図書館に「月夕の刃」(げっせきのやいば)という作品をアップしました。
 私ではなく、大学生の長男が生まれて初めて書いた小説です。

 http://asakuratosho.sets.ne.jp/tosyo/kei/gesseki01.htm

 小学校時代、あれほど作文の苦手だった彼が、こんな作品を書くようになったのか!! と、旦那と共にびっくりしたのでした。
 よければ、読んでやってください。


 今日は、私や旦那が大学時代に書いた作品(=「エルシー」と「アンドロイド殺人事件」 どちらもやはり私立図書館で読めます)をスタイルシートで固定する作業もしていたので、「フルート」が進みませんでした。coldsweats01

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2009年10月20日 (火)

理想の物語

 さてさて。
 今日も昇平は学校でトラブりました。(苦笑)
 このブログは実家の両親が読んでいないし、療育関係の人たちもあまり大勢はのぞかないようなので、一応こういうことを書いても大丈夫かな~、と考えて書いています。
 書いて心配されすぎたり、自分の子どものこととシンクロされすぎたりするのは、私としてもしんどいのです。人生楽ありゃ苦もあるさ。調子のいいとき悪いとき、いろいろあるのが当然だから、「やれやれ」と言いながら先へ進むしかないことだってありますからね。(^-^;


 でも、思います。
 こういう子どもがいたからこそ、自分は「フルート」のような物語を書いているんだな、と。
 フルートたちも、全員が生まれながらに何かしらハンデや困難を抱えています。優しすぎるフルート、二つの種族の間に生まれてしまったゼンとメール、強力すぎる魔力をコントロールできないポポロ、人のことばを話せるために迫害されたポチ、自分の出生の記憶がないルル――。
 みんな、そのために悲しく苦しい過去を過ごしてきますが、互いに出会って仲間になったとき、ハンデが「特技」に変わります。仲間同士で補い合い、支え合うことで。
 これが私の理想なんだな、と自分自身で思います。昇平や昇平のような子どもたちに語り聞かせたいことです。
 君たちは生まれてきて良かったんだよ。君たちはできそこないなんかじゃない。君たちは君たちのままで、きっと幸せに生きられるようになるんだよ――と。


 だから、フルートたちはとっても前向きです。
 何があってもへこたれずに起き上がります。
 強大な敵にも恐れず立ち向かっていきます。
 それが闇そのものの存在であるデビルドラゴンであっても。


 この物語。
 ラストまで、必ず書き上げたいと思っています。

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短期集中連載完了

 ありゃ、昨日も日記を書き忘れた☆


 えーっと……某バーチャルコミュニティのブログで短期集中連載していた小説が完結しました。ホラー風味のミステリーファンタジーだったんですが、読者からはまずまず好評だったようで満足です。今回の作品はアサクラ私立図書館に収録するかどうかわからないですけどね。アバターを使ったイラストのせいか、特殊な形式で書かれているせいか、前作「翼をさがして」は、図書館に入れてもほとんど反応なかったですから。むしろ、Web小説を読みつけている人からは嫌われたのかもしれない。(苦笑)
 ま、どうしても読んでみたいな~、という方があったら、私にメールしてください。某バーチャルコミュニティに入会しなくても、ブログはゲストモードで読めるので、URLをお教えします。(笑)


 でも、ここをのぞく方たちは、そんなものよりやっぱり「フルート」なのですよね。
 はい、今日から書き始めます。いよいよです。ついにです。ドキドキする~。(笑)
 最初の一行を書くときは、いつもそうです。
 また面白くてハラハラドキドキワクワクする物語が書けるように、がんばっていこうと思います。

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2009年9月 6日 (日)

宣伝に見えるのか~。(苦笑)

 先日サイトにアップした「翼をさがして」を、オンライン小説検索サイト(複数)に登録の申請を出したのですが、どうやらどこからも弾かれてしまったみたいです。載らない。
 たぶん、ニコッとタウンや青ガチャ小説の説明の部分が、宣伝のように読めたのでしょうね。作品自体が宣伝に当たるとも思われたかも。


 イラストや説明をすべて省いた、本当に本文のみのファイルを作り直して、イラスト入りのとは別に公開しようかとも思ったけれど……それができるくらい、物語としてはまとまってますからね……でもね。
 あの物語は、あの作り方で生まれてきた作品だからなぁ。


 まあ、ここだけの話だから、笑って読み流してほしいですが、私は自分のもの書きの意地にかけて、あの話を書いたのですよ。
 何が出てくるかわからないアイテム。それを使って物語の1章を書く。それはちょうど、噺家がその場でお題をもらって小咄を作るのに似ている。それを二十数回分やって、完全に一つのストーリーとしてまとめ上げる、ということをやってみたかったのですね。私自身の力試しだったんです。
 1章にアップできる文字数にも制限があって、正味1500~1600字しか書けない。どうやったら、少ないその文字で場面が書けるか? どうやって主人公たちの心情を表すか? 物語を動かすか?
 もの書きである私と、出てくるガチャアイテムという「お題」との真剣勝負でした。書き上げたときには、へとへとになっていたくらい。(笑)
 だからね~……やっぱり、その説明とか、イラスト(アバター)とかは、外せないです。


 ま、いいや。
 私はあの作品をああいう形で書きたかった。そして、その形を保ったイメージでサイト化したかった。
 やりたくてやったんだから、それでいいや。

 検索エンジンには登録してもらえなくても、目に触れて読みたいと思った人は読んでくれるだろうし、読んで面白いと思う人は思ってくれるでしょう。


 うん、それでいいや。(笑)

 

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2009年9月 3日 (木)

ニコッとタウン青ニコガチャ小説「翼をさがして」

 久しぶりに「フルート」以外の作品のご案内です。

 今年の5~6月に、仮想生活コミュニティサービス「ニコッとタウン」で連載した、青ニコガチャ小説「翼をさがして」を、アサクラ私立図書館内に収録しました。


 「ニコッとタウンってなに?」

 「青ニコガチャ小説? そりゃなんじゃい?」


 はい、それにつきましては、「翼をさがして」のもくじページをお読みいただければ、わかるんじゃないかと思います。

 本当に久しぶりの現代物です。アバターを使った挿絵も入っています。
 楽しんでいただければ嬉しいです。


☆ニコッとタウン 青ニコガチャ小説 「翼をさがして」

  http://asakuratosho.sets.ne.jp/tosyo/tsubasa/tsubasa00.htm

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2008年9月22日 (月)

もう少しで3,000アクセス

 「フルート11」がもう少しで3,000アクセスになります。あと30アクセス弱。
 いや~、嬉しいです。最近では更新してから次の更新までに200アクセスくらい行くようになっているので、これも本当に嬉しいです。ご愛読に感謝します。

 新しい章を書き上げるたびに章題をつけていくわけですが、こうして章数が増えてくると、それを眺めているだけで、その話が何をテーマにしているかわかってきます。
 「10」で連発されていたことばは、実は、宗教関係用語ではなく「光」。テーマが、「闇」に相対する存在としての「光」でしたからね。今回の「11」では、当然、戦闘関係のことばが多いです。「10」とは、だいぶ趣が違うことがわかります。
 「フルート」は長い長い物語だけれど、その都度、飽きることなく、色々なものを楽しんでもらえたらいいなぁ、と思います。

 これからも、どうぞよろしくお願いします。

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2008年8月15日 (金)

「憮然」考

 「憮然」(ぶぜん)という単語がある。
 私も作品を書いていて、結構使うことばなのだけれど。


 文化庁ではこのたび、平成19年度「国語に関する世論調査」の結果について というものを発表した。今年3月に全国16歳以上の男女約2千人を対象に行ったもので、「言葉遣いや国語力についての考え,外国人とのコミュニケーションやカタカナ語使用についての意識,また,慣用句等の意味の理解や使用の現状について調査し,国語施策を進める上での参考とする。」というのが目的。――要するに、「最近の日本人は、日本語や外来語をどのくらい理解して使っているのかな?」 という調査だ。

 その中に、ことばの意味が正しく理解されているかどうか、というものがあった。「さわり」「煮詰まる」「憮然」「檄(げき)を飛ばす」「琴線(きんせん)に触れる」の5つだ。
 「さわり」は、「話のさわりを聞かせる」というように使うが、これは話の最初の部分を聞かせることではなく、「話の要点を聞かせること」。
 「議論が煮詰まる」は議論が行き詰まることではなく、「議論や意見が十分に出尽くして、結論の出る状態になること」。
 「憮然」は腹を立てることではなく、「失望してぼんやりする様子」。
 「檄を飛ばす」は、元気のない者に刺激を与えて活気づけることではなく、「自分の主張や考えを、広く人々に伝えて同意を求めること」。
 「琴線に触れる」は相手の怒りを買ってしまうことではなく、「感動や共鳴を与えること」。
 それぞれ、本来の意味とは誤解して使われていることが多いことばだ。


 この中で、私は「煮詰まる」と「琴線に触れる」は本来の意味で理解して使っている。「煮詰まる」は今時の言い方として「行き詰まる」の意味で使うこともあるけれど、「琴線に触れる」は「怒りを買う」なんて意味には全然感じられない。「さわり」「檄を飛ばす」も本来の意味は知っていた。
 ところが、「憮然」は――

 私ももう、完全に「腹を立てる」の方の意味で使っていた。
 「彼は憮然として立ち去った。」
 という例文が出ていたけれど、私も彼が「腹を立てて」立ち去ったようにイメージする。
 
 調査結果を見てみると、「憮然」を「腹を立てる」の意味で理解している人は、全体の70.8%。本来の「失望してぼんやりする様子」とわかっていた人は、わずか17.1%だった。
 文化庁は、同じ調査を平成15年度にも行っているのだけれど、その時にも、ほとんど同じ結果が出ていた。しかも、10代の若者から60歳以上の高齢者の年代まで、どの年代でもほとんど差が見られない、という結果。(ちなみに、「煮詰まる」は40歳台を境に、誤用と本来の意味での使用率がまったく変わる。若い人ほど、「行き詰まる」の意味で使っている)


 これって……と思った。


 日本語が乱れている、ことばづかいがなっていない、とよく言われる。それはある意味、その通りではあるのだけれど、実は、ことばというのはそれほど厳密に意味が定まっているわけではない。
 ことばとは、時代の移り変わりと共に意味も変わっていく可能性があるもの、というのが正しい。
 国語辞典を少し丁寧に眺めていけば、それはすぐわかる。「本来は○○の意味だが、××という意味に使われるようになったことば」という説明が、あちこちに見られる。古文を勉強すれば、今とは意味が違っていたことばにたくさん出会う。

 ことばは生き物のようなものだ。長い時間の中で、少しずつ変化していく。「憮然」もそんなふうに意味が「変化」してしまったことばじゃないのかな、と思う。
 日本人の10人に7人までが、「憮然」と聞いて「むっとして怒っている顔」をイメージして、「がっかりして茫然としている顔」を思い浮かべる人が1人くらいしかいないようでは、とても本来の意味の方で使うことはできない。「憮然って、本当はこういう意味なんだよ」と知識を披露することはできるけれど、「あの人、憮然としていたね」と言ったら、まず正しい意味では伝わらない。
 正直、私も自分の作品中で「憮然」はよく使うけれど、「失望してぼんやりする様子」には使っていない。「意に添わないことを言われたり、されたりして、むっとする」というニュアンスで使っている。これに関しては、「この使い方は誤りですよ。」という指摘を受けたことはまだない。


 この5年間、ずっと7割の人から「腹を立てること」と思われている「憮然」。
 5年前の調査の際にも、「憮然は本当はこういう意味」という報道があった記憶はあるけれど、それでも日本人の使い方は変わらなかった。(「檄を飛ばす」の方は、相変わらず誤解している人は多いけれど、5年前よりは本来の意味を理解している人が増えた)
 他の4つのことばについては、今後も変遷の様子を見守らなくちゃいけないだろうけれど、「憮然」については、もうほとんど「腹を立てる」「むっとする」の意味で定着したんじゃないか、と私などは考えている。
 本来の意味で使うように強制されたら、きっと、「憮然」ということば自体が使われなくなるだろう。それくらい、もう本来の意味を持たなくなってしまっている。

 だから、私も自分の作品の中の「憮然」は修正しない。このニュアンスを他のことばで置き換えるのが非常に難しいためもある。
 「憮然…腹を立てること。本来は失望してぼんやりする様子を差していたことば」と広辞苑や国語辞典に載る日がくるのを、心待ちにしようと思う。


 とはいえ、今回の調査結果を見た人が、「朝倉さんが使ってる『憮然』は意味が間違っていますよ」なんて指摘してくれたら。
 それが親切からだとわかっていても、やっぱり私は「憮然」としてしまうかもな……。


平成19年度「国語に関する世論調査」の結果について(文化庁)
   http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/yoronchousa/h19/kekka.html

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2008年7月29日 (火)

作品ガイドを作成

 未明に蒸し暑くなったせいか、昇平が目を覚まして、4時前に起こされてしまいました。昇平はまた寝たけれど、こちらは目が冴えてしまって眠れない。少し早いけれど、ごそごそ起き出して、「フルート」シリーズの作品ガイドなど作成していました。
 以前から、そろそろ作らなくては、と思っていたものです。なにしろ、本編も10作を超えましたから……。(笑)

作品ガイド

 これで、初めての人にも少し取っつきやすくなるといいな~。


 さて、いい加減「10」のPDFファイル化作業に取りかからなければなりません。
 「11」用の資料本は読み終えました。タイトルページも完成♪ 昇平が一足先にのぞいて、「おっ、次はこういうタイトルなんだね」と目を輝かせてました。二足遅れの誕生祝いに、また新しいキャラクターの名前をたくさん考えてくれるそうです。ありがたや。
 ついでに誰か闇の怪物たちのデザインも送ってくれないかしら。短い場面でもイメージしやすい闇の怪物が欲しい~。(笑)
 お盆も近づいてくるので家の中の掃除をしなくちゃならないし。ま、いろいろとやることのある準備期間です。
 が~んばろ!

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2008年7月22日 (火)

テキストファイル置き換えソフト

 あ~、肩こった!!

 「フルート0」から「8」までの子ども編の体裁を、世界編と揃えました。
 具体的には、トップページやラストのページのランキングボタンの形式を揃えたり、各ページ右肩にある小タイトル画像から目次へジャンプできるようにしたり、という程度の変更で、大した内容ではないです。

 ないです――が!

 とにかく、ファイル数が半端じゃないんですねぇ。
 初期の作品でも40ファイル以上、後半になると100ファイル越えているんだもの。結果、それぞれの作品が軽く1.5MB越えている。わははは、笑うっきゃない……。(^◇^;)
 とても手動でなんて修正できませんって。


 ずーっと迷っていた、テキストファイル置き換えソフトにとうとう手を出してみました。
 悪戦苦闘○時間……(笑)
 なんとかかんとかやり方がわかって、修正成功。いやぁ――早いっ!!! 100ファイルの修正がほんの数秒で終わっちゃうんだもの。(ただ、その条件設定に時間がかかるんだけどね。頭の中がフローチャート)
 あ、導入したのは「TxVisualChange(ティーエックス・ビジュアルチェンジ)」というソフトです。
 ホームページはここですね。
 ↓
 www.ost-net.com

 というわけで、無事に修正も完了しました。
 あ~、やった~。(笑)

 
 さて、これで気になっていた体裁のほうも完了しました。
 明日からは、いよいよ「10」の推敲作業に取りかかりましょう。
 そうしながら、私の頭の中ではもう「11」の物語が動き出しているんですけどね。(笑)
 明日もまた、がんばろーっと。

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2008年6月 2日 (月)

ネット小説かな?

 珍しくまだ起きています。(笑) 旦那が珍しく早めに帰宅したので、夕飯出しをしたからです。

 その席で何故だか最近の漫画や雑誌の傾向の話になって、そのうちネット小説の話になりました。
 ネット小説といえば、「フルート」こそネット小説。

「私の作品はみんなから長い長い、って言われて、超長編なんて言われるけどさ、印刷した本で考えたら、普通の厚さの新書本1冊程度なんだよ」 
 と私が力説すれば、

「でも、それは1話ごとの話だろ? それが10冊以上ってのは、本でもやっぱり長いぞ」 
 と鋭く返す旦那。

 う~。そりゃそうなんだけどさ~。


「でも、歴代の小説の中には、もっと長いシリーズ物って、いくらでもあるよね。ネット小説だと、どうしても『フルート』程度でものすごく長いことになっちゃうみたいだけど、普通の本の世界だったら、上には上がいるんだよ。ネット小説って、やっぱり短めの世界なんだよね」

「そう言うけど、おまえのって、あれネット小説か?」

「ネット小説でしょうが~。ちゃんとネットで発表してるよ!」

「そうかぁ? ただ単に『ネットで発表してるだけ』って見えるぞ?」

 う……うぐぐ。 ……鋭い。


 確かに、私は「ネット小説」たるものを書いている意識はまったくないです。
 私が書いているのは、いわゆる普通の「小説」。
 でも、こんな長編作品は同人誌で発表したって、印刷代だけでいくらかかるかわからない。それだけで破産しちゃうわ。(苦笑)
 だけど、ネットを使えば、それがものすごく安く、手軽に発表できる。しかも、今日書いたものを書き上がったとたんに公開して、その日のうちに読者から感想をもらえることさえある。
 これって、すごいことだよねぇ! 本当に、ものすごい時代に自分は生きているんだと思ってしまう!


 インターネットがこれだけ発達・普及したおかげで、「フルート」という作品は世に出てきました。
 本当に、いい時代に生まれたなぁ、とつくづく思っています。(*^_^*)

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2008年5月 5日 (月)

「JUST PDF」〔作成・高度編集〕

 いやぁ、終わった終わった。「フルート9~仮面の盗賊団の戦い~」を一太郎で縦書き二段組みふりがな付きの形式に直し終わりました。
 上巻140ページ、下巻114ページ、合計250ページあまりの大長編。でも、これでも最近の作品の中ではちょっと短めでした。(笑) あとはこれをPDFファイルにして、ダウンロード用のページにアップすれば、「9」は完全に終了です。


 PDFファイルを作成するのに、先日ジャストシステムの「JUST PDF」〔作成・高度編集〕というのを購入しました。この3月に出たばかりのソフトです。
 これだと、一度作成したPDFファイルの直接編集ができます。今までは、ほんの1文字修正しただけでも、ファイル全体そっくり入れ替えなくちゃいけなかったのだけれど、その必要がなくなります。PDFファイルのページ入れ替えもできるし。これで既成のPDFファイルの修正だって楽々です。やった♪

 これから、その「JUST PDF」〔作成・高度編集〕をインストールします。
 PDFファイル化は最後のいつもの作業だけれど、そんなわけで、今回はいつもよりちょっとわくわくしています。
 さあ、やるぞ~! (笑)
 

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2008年2月 8日 (金)

物書きさんバトン

 執筆が切りの良いところまで来たので、今日はここまで。な~んとなく手持ちぶさたなので、バトンなどやってみようと思います。勝手に倉庫から拾ってきたものですが。「物書きさんバトン」です。

---------------
 
条件
①物書きさん以外の方の回答は認めません。
②包み隠さず、正直に話してください。
③最後のお題は、各自でお題を決めて次に回すこと。
④最後は5人にバトンを回すこと。


■あなたのお名前を教えて下さい(HNで結構です)
朝倉玲(あさくられい)。
たまに「あさくらあきら」と読まれて男性と勘違いされますが、女性です。


■執筆歴は何年?
んっと、どこが執筆開始の年になるんだろう?
小説と呼べるレベルの作品を書き上げたのは、大学に入る年の春休みだったから(受験勉強の反動)、そこから考えても、もう28年。短編や戯曲は中学時代から書いていたから、そこから数えると33~4年。うひゃぁ。(苦笑)


■何がきっかけで書き始めました?
覚えてません。(笑)
とにかく、小さいときから頭の中で物語を考えてましたね。本を読んだり、漫画を読んだり、テレビを見たりして、そこから自分なりにいろいろな場面や物語を想像して。そのうちに、それを書き残せば忘れてしまわないんだと気がついて、まず漫画に手を出して。でも、漫画は手間暇かかる割に進まないし、技術的にも下手だったので、結局文章に転向していきました。


■最初に書いた話は、どんな話ですか?
最初に書いた戯曲は、孤独でひねくれ者のヒョウと、それが自分の天敵とも知らずにヒョウを慕うアンチロープ(ガゼル)の子どもの、心の交流の物語。確か、中学1年生の時だったかな。
偶然それを読んだ母親からすごく誉められたけれど、それが他人から文章を評価された一番最初の経験。妹がその戯曲を気に入って、何度も家庭内上演したっけなぁ~。(笑)

小説形式で最初に書き上げたのは、「宇宙警備隊レッド」シリーズ。めちゃくちゃ強くて型にはまらない青年レッドと、クールで美人なアンドロイドのノアのペア。強すぎて周りの人間が全部死んでも自分だけは生き残る、故に深い孤独を抱えるレッドと、変わらない(変えられない)表情の陰に優しさを持つノアの恋愛を横糸にした、痛快スペースオペラ。って、どういう作品じゃ。(笑) 
大学の友人たちの間で回覧して、人気もあったのだけれど、友人の一人がパソコンでデータ化したい、と言って作品ノートを持っていって、それっきり行方不明。(^_^;


■好き、または得意なジャンルは何ですか?(ファンタジーや推理など)
現在好きで得意なジャンルと言えば、やっぱりファンタジーでしょう。
でも、大学時代は上記のようにSFを書いていたし、卒業後は推理ものの「探偵アップルシリーズ」を書いていたし、童話を書いていた時期もあるし。割と何でもありですね。


■NL・BL・GLでどれが一番好きですか?
NLです! 他は感覚的に受け付けない。


■小説を書く際、良く使う人称は?
二人称形式が大半だけど、たまに一人称形式で書くことも。


■小説を書く際にプロットは立てますか?
本来は、しっかりプロットを立ててから書くタイプです。ところが、今連載中の「フルート」シリーズに限ってはプロットが役に立ちません。登場人物たちがこっちの思惑を無視して、勝手にどんどん話を引っ張っていくものだから。おかげで苦労させられてます。(苦笑)


■オリジナルのキャラクターがいれば、その人の詳細なプロフィールを教えて下さい(差し支えなければ結構です。)
差し支えはないけれど、とても書ききれません。(爆) 作品を読んでください。


■小説を雑誌等に投稿したことはありますか?あるのなら、その時の評価は?
大学時代に早川書房のSFマガジンにショートショートを投稿。 「エルシー」 が1981年12月号に掲載。その後の作品も書評コーナーに取り上げられたことがある。SF長編「クルク」をハヤカワSFコンテストに投稿。2次審査まで行った。その後は投稿したことないなぁ。


■携帯・パソコンに入力してますか?それとも紙に書きますか?
パソコンです。それもHTMLファイルにぶっつけ作成。書き上がったら、即公開。(笑)


■大人な文章、書いたりしますか?
ん? これは恋愛シーンやベッドシーンを書きますか、という意味かな。
え~と、恋愛シーンならそれなりに。ベッドシーンはお遊びで書くことはありますけど、自分で楽しむためだけです。人目にはさらしません。(笑) フルートやゼンたちの大人になったところも想像しないわけじゃぁないんですけどねぇ。(爆)


■主人公はやんちゃ派?それともクール派?
物語によって違うからなぁ。やんちゃ派とクール派に二分しますね。ん~、でも、フルートはそのどっちでもないような……。


■逆にヒロインは元気娘派?それともおとなしい、またはお姉さん派?
これもその物語による~! 主人公の性格に合わせて相方の性格が決まっていきます。(男も女も)


■凹凸コンビって好きだったりします?
むちゃくちゃ好き!(爆) ユギルとピランのでこぼこコンビは書いていてすごく楽しかったなぁ~♪ 青の魔法使いと赤の魔法使いのコンビも大好き♪♪


■脇キャラにするならどんなキャラが良いですか?
個性的なキャラ。


■文章中に記号とか絵文字使ったり…します?
使いません。


■基本的に貴方の文章は長い?短い?
むちゃくちゃ長い。


■小説のネタはどんな時に浮かびますか?
んー……? いろんな時に浮かぶけど、車の運転中に場面が浮かぶことも多いかな。


■貴方にとって小説とは何ですか?
元気の素。


■【】をお題にして500文字以内のSSを作って下さい。
勝手に取ってきたバトンなので、お題がありません。誰かお題を出してくれたら書いてもいいです。(笑)


■このバトンを回答が聞きたい5人の物書きさんに回してください。
他の物書きさんを知らないのでパス。


お題は【】

バトンお持ち帰り:
http://www.blogri.jp/baton/?id=22589

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2007年10月19日 (金)

「下りる」と「降りる」

 第23部精鋭執筆中です。
 行き詰まるような場面の連続なので、このへんでちょっと一息。

 今、書きながら頭をひねっていました。前にも一度書いた覚えがあるのですが、同じことばに複数の漢字がある場合の使い分けです。
 「診る」と「観る」と「見る」ならば、使い分けはよほど楽です。医者が患者を「診る」、お芝居やテレビを「観る」、一般的にseeやlookの意味で使いたいときには「見る」。
 あっけにとられたときになる状態は「呆然」、驚きなどで自分を見失ってしまうような状態は「茫然」。でも、これになると、そのとき、その人の心情がそこまではっきりと区分できないことがあって、時々「あれ?」と首をひねります。
 物が倒れてこないように支えることは「押さえる」、人や自分の行動や気持ちを押しとどめようとするときには「抑える」。でも、これも場面によっては難しい。
 「フルートは怒って飛び出そうとするゼンを『おさえました』。」
 さて、どっちの漢字を使いましょう?

 今、とても悩んでいたのは「おりる」の使い分け。
 小学6年生の国語の教科書には載っているのですよ。

・乗り物からおりるときには「降りる」。
・高いところから下におりるときには「下りる」。

 では、「ゼンたちは(ペガサスで)空から地上に舞いおりました。」の「おりる」は? 上から下におりたから、「下りる」かな。でも、そこに続けて「そして、ゼンたちはペガサスから庭におり立ちました。」と書こうとしたら、「おりたつ」は「降り立つ」であって、「下り立つ」ではないのですね~。馬という乗り物から「降りる」から。
 すぐそばにあることばなのに、同じ「おりる」に「下りる」を使ったり「降りる」を使ったり。
 あ~う~……すっきりしないっ!!

 日本語って、本当に微妙です。
 何が正解で、何が誤りなのか。人によって使い方に違いもあるし。じゃあ、そういう「ゆれ」を持つことばをすべてひらがな表記すればいいかと言えば、そういうわけでもないし。読みやすさを考えれば、漢字もほしくなるし。
 結局自分なりにルールを作りながら使い分けるしかないのだけれど、それもどうも判断のつきにくいところが多々あって。
 同じ意味合いのことばに、場面によって別の漢字を当てていることもあって、頭を抱えてしまいます。

 はぁぁ。
 この問題って、私が生きている間には絶対に解決してくれないんだろうなぁ~……。

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2007年7月22日 (日)

作品の表示形式を変えました。

 昨日、皆様からいただいたご意見を元に、今朝、「フルート」全作品の表示形式を若干変えました。行間を今までの1.5倍に広げ、背景画像ができるだけ本文にかからないよう処理してあります。お使いのOSやブラウザによっては、見え方が異なっていると思いますが、これで以前より読みやすくなった方は多いのではないかと思います。


 今回挑戦したのは、外部スタイルシートを使ったレイアウトの管理、というものでした。目標だった行間と背景画像に関してはうまく行きましたが、もうひとつ、別のことをやってみようとしたら、それはどうしてもうまく行きませんでした。どこが悪いのか不明。でも、大したことではないので、このままで行こうと思います。スタイルシートの解説書を買ってさらに勉強することにします……が、それもそのうちに。(笑)

 スタイルシートをやりながら、改めて思いました。
 やっぱり私は目的指向型です。
 ある、やりたいことがある。それを実施するためにはこういう方法がある。だから、そのやり方を理解して使う。
 それ以外のことへ、あまり広がらないんですね。今回も、行間、背景が直ってしまったので、それでもう満足してます。スタイルシートにはまだまだ奥があって、様々なことができそうなんですが、それに挑戦するより、次の作品の準備に取りかかりたいのです。(笑)

 というわけで、ページをいじるのは、とりあえずここまでにして、あとは「7」の読み返しと全体推敲に取りかかろうと思います。それがすんだら、いつものPDFファイル化。そして――それが終わったら、 いよいよ「8」の執筆開始です。
 夏休みが終わる頃の8月の下旬に連載開始、と以前書いたのですが、絶対それより早まるでしょう。私の頭の中で物語がどんどんふくらんで、フルートたちが大暴れしていているんです。とても、そんなに待っていられません。ほーんとに、なんて元気な主人公たちでしょうね。(笑)


 今回、行間を広くした各作品を、確認のためにあちこち読み返しました。
 初期の作品には、思わず赤面します。……うわ、下手くそ……(苦笑)
 でも、下手だけれど、なんだか、楽しさというか、子どもたちが元気に動き回る姿はよく伝わってきますね。構成も文章も未熟ならば、子どもたち自身もまだまだ幼くて未熟なのだけれど、今の彼らと相通じるものがあって、うん、やっぱり同じ物語なんだ、と思いました。
 ただ、初期の作品、特に「1」「2」はそのうちにもっと手を入れて書き直したいです。「3」あたりから、今のような路線になったので、よほど読みやすくなっているんですけどね。
 とはいえ、これも、いつの話になるかわかりません。だって、先に進みたいんだもん。(笑)


 とまあ、とにかく目的指向型的に、ひたすら書いていこうと思います。
 次の「8」のタイトルも決まりました。それは――

 あ、これはやっぱり「7」のPDFファイル化が終わったところで発表しようっと。(爆)

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2006年12月31日 (日)

一年間、ありがとうございました。

 今、「紅白」をバックに聴きながらこれを書いています。
 昇平と旦那は11時まで起きていましたが、旦那はすでに居眠りモード、昇平はテンションが上がりすぎて、すごく「危ない人」(文字通り、怪我でもしそうで危ない)になってきたので、一緒に寝室へ退去命令を下しました。
 ひとりきりの年越しです。いやでも今年一年を振り返らされますね。(笑)

 今年の紅白は「愛と平和」がテーマだそうですが、選曲もそのテーマに沿ったものが多くて、いつになく真剣に聴いてしまいました。私の今年のテーマもそれだったんですよね、結局。
 私の世界との出会い方は決して広くはありません。世間で話題になっているようなことも知らず、人気の出ている歌や芸能人にも興味が向かず、ただ、自分と家族と、そこに関わる少数の人たちと一緒に、狭い世界で生きているのだけれど――そのはずなのだけれど。
 でも、ネットがあるからでしょうか。心だけは、流行とか情報とかそういうものとは別の次元で、ずっと世界に向かって開いていたような気がします。私はただ、この家の中の、しかもパソコンのある机に向かってばかりいるのに、私の心はいつだって、多くの人たちとつながってきたような気がします。

 ひとりじゃないというのは、とても暖かいことだと思います。
 自分自身の居場所が見つからなくて、長い間迷子のような気分でいた私も、今は、ここが自分のいる場所なんだと感じることができます。
 その気持ちが嬉しいから。とても暖かくて、幸せで、嬉しくてしかたないから――。
 その想いをのせて、一年間、小説を書き続けてきました。この暖かい幸せを一緒に感じてもらえたらいいな、と願いながら。

 今年一年、私は本気で書き続けました。本当に、恥ずかしくなるくらい、本気モードでした。たとえアマチュアでも、気持ちだけはプロのように真剣でありたい、素人であることに甘んじることなく自分に厳しく、けれども、作品としては面白く楽しい、そんなもの書きでありたいと願い続けてきました。決心したばかりの頃には、こうして書く期間を1年間と定めて、それに敗れればペンを折ることも辞さないつもりでいました。
 それだけ本気で頑張ってきた成果は、それなりに出てきているのではないかと思います。もちろん、まだまだです。私自身の力も頑張りも、まだまだまだまだ……足りません。だけど、私が書くものが私の願いを伝えるのだということは、この1年の間に実感しました。
 私は、想いを伝え続けていきたいと思います。
 小説を書く、ということは、決して誰もがするような「普通」なことではないのだけれど、私にはそれを書く力があり、それを通じて想いを伝えることができるから……。
 ならば、その力でできることをやっていきたいと思うのです。
 私はもう、ペンを折ろうとは考えません。
 私の想いを伝えてくれる物語を、来年もまた、ていねいに綴り続けたいと思っています。
 そのことでまた、新しい出会いがあり、多くの人たちとつながることができたら幸せだな、とも思います。

 生きていることが嬉しいと思うから。
 人とつながっていられるのが幸せだと思うから。
 大事な人がいるから。大好きな人たちがいるから。
 だから、私は来る年も、また書き続けていこうと思います。

 今年一年間、本当にありがとうございました。
 来年もまた、よろしくお願いいたします。

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2006年11月13日 (月)

「ことば」が好き

 うーん、しかし、文章というのは本当に奥が深いなぁ、と思う。書けば書くほど、ますますそう感じる。
 一番は、語りたいことの意味が正確に伝わることが基本だけれど、それを「どう」伝えるか、を考え始めると、本当にさまざまなことがあるから、たったひとつの文章を書くのにも、頭の中で何十通りも文章や表現を考えるようになる。
 読みやすい文章、イメージしやすい文書というのは当然のこととして、その先のことを考えると――読む人の心に、はっとインパクトを与えたい場面か、じんわりと登場人物たちの心情に共感してもらいたい場面か――あるいは眼前にありありと広がるように風景描写をする場面か――目的によって書き方はさまざまだし、同じことを書くにしても、文章の順番や、時には「書かない方がよい文章(文章のないところから読み手に想像してもらう部分)」なんてものまで出てくるから……はぁ。改めて考えると、よくこんな作業を延々続けているわね、私ってば。

 結局、私は「ことば」が好きなんだろう。ことばと戯れる、という域にはまだたどりつかないけれど、ことばが文章を作り、場面を生み出し、それが物語の流れを作っていく、その過程が大好きなんだと思う。ちょうど、マンガ家が絵そのものを愛して楽しむのと同じことかな。私は、絵にはそれほど思い入れがなかったから、マンガ家にはなれなかったけれど。(笑)

 ことばは不思議。
 こんなに誰もが同じことばを使っているのに、それと変わらないものを使って書いているのに、ことばの選び方ひとつ、並べ方ひとつで、描き出されてくるものが全然違ってくる。場面の雰囲気も、物語の流れも。
 話しことばでは、とてもここまでこだわって使うことはできないけれど、書きことばなら、あれこれ考える余裕があるのも嬉しい。とはいえ、そうやって考えながら書いている部分は半分くらいで、残り半分は、その場その場での思いつきや成り行きまかせなのだけれど。あんまりきっちり計算しつくされているのもね――つまらないから。(笑)
 ことばを紡ぎ出して、文章を編み、一枚の物語を織り上げていく作業。時間はかかるし、労力もかかるけれど、同時に私にはたまらなく楽しい。私のこの、ことばを楽しむ気持ち。物語に乗って、皆様にも伝わっているといいな……。

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2006年11月 8日 (水)

私は長編書き

 今日、つらつらと考えていたこと……。

 もの書きと呼ばれる人たちにもさまざまなタイプがありますが、私の場合は間違いなく長編フィクション作家に入ります。最低でも原稿用紙200枚は必要。最近書いている「フルート」シリーズは、原稿用紙に換算すると千枚以上、現在連載中の「フルート5」はそれをさらに越えて、最長記録更新中です。昔、練習のためにショートショートや短編も書きましたが、まとめるのに、そして、短い中に自分らしさを出すのに、七転八倒したものでした。
 自分らしさ。私の場合は、それを出すのに相応の枚数が必要になるのです。なにしろ、書くものは現実にはない空想上の場面や社会や登場人物(や架空の動物)。エピソードもストーリーも現実とは違うから、それだけ説明が必要になる。
 さらに、私の文章は「目に浮かぶように詳しい」のが特徴。だから読みやすい、わかりやすい、とも言われるのですが、どうしたって書き込む量が増えるから、文章量は自然と多くなります。
 よく「空想の余地を残した描写がよい」と言われるので、それを目ざして、あまり書き込まない文章を書いていた時期もあったのですが、そうすると逆に「ぎこちない」「文章が重苦しい」「読みづらい」「文体がちょっと」と言われました。それじゃあ、と開き直って、思うがまま書きたいまま、量など気にせず徹底的に書き込む描写にしたら、今度はそれが好評なので、どうやら、私の作風にはこちらの文体の方が合っている、ということのようです。
 長編作品はどうしても読む人から敬遠されがちだし、発表するのにも短い方がいろいろな意味で都合がよいのですが、しょせん私は長編書き。ならば、それを極めようかと考えているところです。
 とはいえ、長編が物理的に文字数が多いのは確かなので、そこは読みやすい文体、リズム等々、まだまだ工夫と精進あるのみですが。
 ま、本当に私の作品は長いんですが、試しに読んでもらえたら、「案外読みやすいぞ」と思ってもらえるかなぁ……なんてね。期待しているんですが。(笑)
 がんばります。

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2006年4月16日 (日)

一太郎2006は賢い!

 今、「フルート3」の縦書き原稿を印刷中です。一太郎で縦二段組み形式にしたのですが、総枚数204ページ。1ページに1800文字入るので、単純に計算して、原稿用紙900枚というところでしょうか。ちなみに、前回の「フルート2」もこれとほぼ同じ長さでした。長編書きってヤツはねぇ、まったく。
 印刷が延々と続くので、同じ部屋でゲームをしているお兄ちゃんが「印刷、まだ終わらないの?」と。すまん。あと160枚ほどあるんだわ。(苦笑)

 ところで、今回、何年かぶりで一太郎をバージョンアップさせました。一太郎2006。抱き合わせで「PDF Suite」(PDFファイル作成ソフト)も買いました。これが欲しくて、一太郎をバージョンアップさせたようなものです。
 ところが、一太郎で原稿をに縦組みに直して、難しい漢字にルビ(ふりがな)を振ろうとしたら……おやおや、新しい機能が増えてる? なんと、二文字三文字に渡る単語でも、一文字ごとにルビが振れるようになっていました。
 意味が取りにくいかもしれませんが、こういうことです。今までだと例えば、「飛び跳ねる」にルビを振ろうとすると、自動的に「とびは」とルビが振られてしまって、ひらがなの「び」のわきにまでルビが来ていたのです。これでは全然美しくないので、私は一度ルビを振ってから見直して、「と」と「は」にだけルビが振られるように手動でルビを直していました。なので、ものすごく時間がかかったのですが。
 今回は、「グループルビ」と「モノルビ」の二種類の設定があって、「モノルビ」のほうを使うと、ちゃんと最初から一文字ずつにルビが振られるようになっていました。「飛び跳ねる」もちゃんと「と」と「は」だけにルビが付きます。わーい!!
 この他にも、以前のバージョンだと、一度にルビを振ろうとすると、あまりにも容量が大きすぎて一太郎がフリーズしていたのに、今回は、少なくとも1部ごとの単位でならまとめてルビが振れるようになっています。うむうむ。使いやすくなったわー。ルビそのものも、ものすごく正確だし。

 最近は本当にワードユーザーのほうが増えてしまって、文書を作るにしても、やりとりするにしても、ワードを使うことの方が多くなってしまったのだけれど、個人的にはやっぱり一太郎は手放せません。日本語のために開発されたワープロソフトですからね。やっぱり、かゆいところに手が届くような改良をしてくれます。

 で、200枚の印刷が終わったら、それを綴じて読み返し、細かい調整が済んだら、いよいよPDFファイル化です。PDFファイル化は初めてやるので、うまくいくかどうかちょっとドキドキしているのですが、一太郎と連動して開発されたソフトなので、たぶん大丈夫でしょう。それをHPにアップしたら、ついに「フルート3」も完全に作業終了です。
 私の頭の中では、すでに次の「フルート4」がずいぶん形になっていて、早く書き出したくてしかたないので、とっととこの作業を終わらせて、次に行きたいと思っているんですけどね。
 印刷の残り枚数130枚。……うーん。まだしばらくかかりそうだなー。
 兄ちゃん、あきらめたようで、何も言わなくなりました。(^_^;

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2006年3月19日 (日)

ファンタジーと科学

 作品を書きながら、時々下調べをする必要に迫られる。 頭の中に思い浮かんだ場面の根拠を確認するためだ。
 ファンタジーと言えば、なんでもあり、なんでも書いても良いように思えるけれど、私はたとえファンタジーでも、その世界の中にはそれなりに論理性や筋の通った理屈がなくちゃいけないと考えている。元がSF書きだったからかもしれない。どうしても「魔法」や「異世界の条理」だけでは片づけたくなくて、この現実の世界にもある理屈や理論で場面を考えてしまう。
 これって、実はSFを書く時にも同じようにあった。すべてを「超能力」や「現在の理論を越えたハイパー理論」で説明づけてしまうと、物語がまったく面白くなくなってしまうのだ。物語世界にリアリティを持たせるためには、現実の論理や制約を持ち込む必要がある、ってことかもしれない。
 ……おっと、話が難しくなってしまった。(笑)

 いや、実際の話は、そんなに難しいことでもない。
 例えば今、「フルート3」の中で活躍してくれているマグロがいる。魔法で生まれた魚だから、人のことばも話すことができるし、人間並みに思考することもできる。これはいかにもファンタジーらしい設定だけれど、そこに「とても泳ぎの速い魚」という条件を入れるのは、我々が住むこの世界のマグロを下敷きにした設定。本当にマグロは泳ぎながら眠るのだけれど、作品中でそのこともマグロに言わせている。
 ただし、実はその理由というのは、「マグロは泳いでいないと死んでしまうから」。マグロは浮き袋などが未熟で、常に泳ぎ続けることで口から水を取り込み、呼吸をしているのだとか。つまり、泳ぎやめると窒息死してしまうのだ。それを考えると、「マグロも大変なんだねぇ」などと、刺身に向かって言いたくなったりするのだけれど。(オイ)
 だけど、マグロに常に泳ぎ続けられてしまうと、今度は物語として場面が非常に作りにくくなる。「そう言えばマグロくん」と声をかけても、そのときにはもう、マグロは遠くどこかへ泳ぎ去っていた……では話にならない。だから、魔法で生まれたマグロらしく、水中で停止しても呼吸はできることにしてもらっている。まあ、人のことばだって話せるんだから、呼吸器全体の機能もアップしていると考えてかまわないでしょう。(笑)

 現実と空想を織り交ぜ、適当にミックスさせながら書いていくのがファンタジー。まるっきりの空想世界というのは、実は書くことができないし、読む方にも想像がつかない。現実が下敷きになってこそファンタジーの世界は成立する。
 それで、書く際には時々、正確な資料を求めて調べることになる。
 昔はそれでよく図書館や書店に通って、関連書物を見つけては、何冊も調べたものだった。時間も手間も、けっこう金もかかったのだけれど。
 今はキーワードを入力すれば、インターネットの検索で一発。情報の精度はまちまちだけど、いくつかページを見て歩けば、だいたいのところは把握することができる。うーん。本当に便利な世の中になったもんだ!

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2006年2月 2日 (木)

公開するということ

 このブログを始めてから一週間が過ぎた。公言通り、作品を書けるだけ書き続けている毎日だ。
 アクセス記録を眺めていると、どうやらアサクラ・タウンの常連さんで、このブログに気づいている人はまだほとんどいないらしい。ほっとしているような、ちょっと残念なような、微妙な気持ちでいる。

 こうして書いているからには、誰かに読んでもらいたいとは思う。自己満足のために書くのなら、わざわざ公開する必要なんてない。日記専用の個人ブログ(というのも、実は持っている)に書けばいいだけのことなのだから。いや、ここに書いているようなことは、すでにそこには書き続けてきたことだったりする。
 だけど、駄目なのだ。自分だけが読む場所、自分だけしか行けない場所に書いていると、どうしても「本気」が足りない。「覚悟」が足りない。自分だけしか知らないと、いつでも知らん顔して逃げることができてしまうから。
 今日も作品の推敲をしたけれど、今回の作品は、今までの中では一番直しが少なくなっている。一部、舌足らずの部分を見つけて、そこに数行加筆はしたものの、今までと比べればずいぶん減っている。それは、公開前にしっかり読み返してチェックできたということだし、それだけ前より真剣になれた証かもしれないと思っている。書き手は、「読まれている」という実感で本気になっていくものだから……。

 ただ、「療育の朝倉」の顔しか知らない人がここを読むことを考えると、正直なところ、気持ちが二の足を踏む。
 「朝倉さんは小説『も』書くんですか」と感心されるのが実はつらいのは、以前も書いたとおり。「いい歳して何をそんなに入れ込んでいるんだ」を笑われるのもつらい。小説に夢中になっている私を笑っている人がいるのは知っているけれど、私の聞こえないところ、私の感じないところで笑っていてほしいのだ。
 何かを私に言うのなら、私の作品を読んでからにしてほしい。「もの書きの朝倉玲」のやっていることをしっかり見た上で、感想を言ってくれるなら耳を傾けたい。それがほめことばでも批判でも。

 ここにこういうブログがあることに、いつかは常連さんも気がついてくるだろう。その時に胸を張って、「はい、そうなんです。本気で頑張っていたんです」と言えるような、そんな自分になりたいと思う。
 そのためには、明日もまた書き続けよう。ただ、とにかくそうしていこう。 
 

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2006年1月27日 (金)

一年のリミット

 この一週間、私はほとんど毎日、ずっと書いていた。
 大きな予定が入らなかったこともあるけれど、それ以上に、今という時間を逃してはいけないという気持ちが強かったから。

 今、私は定職に就いていない。専業主婦と言われればとても優雅に思えるかもしれないけれど、実際には、いろいろな理由があって仕事に就けないでいる、というのが正しい。
 正直、家計的にはものすごく厳しい。旦那一人の収入でなんとかやっていけるほど、今のご時世は甘くはない。長男は私立の高校に入ったし。
 それでも外で働けないなら、せっかく家にいる「今」という時間を精一杯、最大限につかってやろう、と考えたのだ。「書く」ということに。

 ずっとずっと、迷っていた。書くことはもう三十年も続けていて、本当に大好きなことなのだけど、いつもどこかに甘えと逃げがあった。「自分はアマチュアなんだから」「プロの作家じゃないんだから」 だから、うまく書けなくてもしかたない。徹底的にやる必要もない……と、どこかで自分自身を大目に見ていた。
 本気になるのが怖かったんだと思う。それで自分自身の限界を見極めてしまったら、書くことそのものを続けられなくなりそうで。アマチュアということばをかざして、傷つくことから逃げていたのだ。

 プロってなんだろう、と思う。
 もちろん、プロの作家になって、多くの人たちに自分の本を買って読んでもらえるようになったら、とても嬉しいと思う。だけど、一番自分がやりたいことはなんだろう、と考えてみたとき、「自分の本を買ってもらうこと」じゃなく、「私の書いたものを多くの人に読んで楽しんでもらうこと」をしたいんだと、私は気がついた。
 自分の作品を読んでもらいたい。義理やおつきあいじゃなく、本心から読んでみたいと思ってもらって、読みながら「おもしろーい!」と言ってもらえて、読み終わった後にはなんとなく心に何かが残るような、そんな読み方をしてもらいたい。そんなふうに読んでもらえる作品を、書けるようになりたい。
 そして、そういう作品を書くためには、私は逃げていちゃいけないのだ。
 私はうまくなりたい。
 そのためには、逃げていてはいけない。自分が傷つくことを恐れて、わざと「下手なままでかまわない」と安全な場所に隠れていてはいけないのだ。

 家計を気にしつつ、執筆する日々。旦那に心の中で謝りながら、倹約しながら、書き続ける。
 今年一年間は、私はまだ家にいなくてはならない。でも、一年後には、私は外に働きに出なくてはならないかもしれない……。
 そうしたら、今のように、徹底的に書くということはできなくなる。仕事を持ちながら執筆も徹底的にできるほど、自分が器用じゃないのは、これまでの人生でわかっている。
 だとしたら、この一年が、最初で最後の私のチャンス。今の時間を逃したら、この後、一生、こんなに本気で書けるときはもう来ないかもしれない。
 そう思ったから、私は今年、割り切った。旦那には申し訳ないけれど、いろいろと家族にも迷惑をかけてしまうかもしれないけれど、だけど、私は徹底的に書きたい。「今」というこの時間を逃したくない。

 一年間でどこまで行けるか、正直自分でもまったく見当がつかない。傷つき、自分自身に失望してしまうのかもしれない。ひょっとしたら、筆を折るようなことになるのかもしれない。
 でも、人生は一度きりしかないし、私は多分、その折り返し地点をもう過ぎてしまった。人生の舞台を去るときに、逃げたまま、後悔を心に隠したままというのは、嫌なのだ。
 今年は本当に、本気で書いていこうと思っている。書いていく作品は、児童文学の「フルート」シリーズ。他にも書くことが出てくるかもしれない。作品としては楽しくて、読みやすいものにしたいと思っている。だけど、それを書く私自身は、限りなく真剣でありたいと思う。
 外に感想を求めることも、積極的にやっていきたいと思う。狭い中で、なあなあの誉めことばに満足していてはいけないから。私立図書館の中の作品も、一定レベル以上のものを残して、あとは整理しようと思っている。

 本当に、我ながら滑稽なほど本気な今年の私。どこまで行くのか、それは神のみぞ知る。
 でも、ただひとつ言えるのは、書かなければ先には進めない、ということ。
 だから、私は書く。毎日4時に起きてでも、私は書き続ける。
 うまくなりたいから、書き続ける。

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2006年1月26日 (木)

もの書き宣言

 創作関係の記事を載せる専用ブログを作ってみた。
 今まで、ブログ「そっと、ひとりごと」に、創作関係のことも一緒に書いていたけれど、なんとなく読んでいる人が違和感を感じているように思えてきたから。
 いや、違和感を感じているのは、私自身かな。「ひとりごと」に載せているのは、子育てのこと、日常のこと、発達障害のこと、そして、今書いている小説のこと……。すべて、私の中から生まれてくることで、全部私には違いないのだけれど、そのジャンルがあまりにもかけ離れているものだから、ときとして、私自身がとまどってしまうのだ。「なんて一貫性のない人間なんだろう!」と。

 私はホームページも長く運営している。そのトップページを見れば、私の多角ぶりはすぐにわかる。コミュニケーション、創作、料理、それに療育。療育というのは、発達障害を持つ子どもの育て方や教え方を考えること。そして、私、朝倉玲は、この療育の分野で一番名が知れてしまったのだ。
 それが嬉しくないわけじゃない。おかげで本当にいろいろな人たちと知り合えたし、私が療育について考えたことをたくさんの人たちと共有できるようになったし、励まし合ったり、知恵を出し合ったり、障害のある子を育てていくのに、本当に大きな力を得られるようになったから。
 だけど……。

 私の中には、もうひとつの大きな顔がある。アマチュア小説家「朝倉玲」の顔。
 朝倉玲はもともと、私が小説を書くときのペンネームだった。インターネットを始めたとき、ペンネームをそのままハンドルネームにしたのだ。療育関係の世界での朝倉玲が知られてくれば来るほど、こちらの朝倉玲はとまどってしまう。同じ一人の人間なのに、こちらの私がまるで無視されているみたいな気がして。もの書きとしての私も、実はとても大事な私自身なのに。
 昔からの私を知っている人はともかく、最近知り合いになった方たちは、口を揃えてこう言ってくる。
「朝倉さんはすごいですね。療育について熱心なだけでなく、小説まで書いてらっしゃるんだから」
 誉めことばなのはわかっている。だけど、私はやっぱりとまどってしまう。だって、逆だもの。もともとの私は、小説を書く朝倉玲だったのだもの。その私が母になり、生まれた二男がたまたま発達障害を持っていて、その成長の様子や日常のことを母として、そして「もの書きとして」日記につづってきたら、それが多くの人に読まれるようになった……そういうことだったのだもの。
 確かに、療育はやり甲斐のあることだと思う。私自身が学校の先生の勉強をしてきたこともあって、学校と障害児の関わり方とか、独特の視点もあるのだろうと思う。
 だけど、やっぱり「それだけ」を評価されるのはつらい。私はもの書きなのだ。アマチュアだけど、まだまだ未熟だけれど、だけど、意識だけはプロ並みに厳しく持った、本物のもの書きでいたいのだもの。

 そんな自分のことを、これまでは「そっと、ひとりごと」の中でつづってきた。
 だけど、ひとりごとも多くの人に読まれるようになってきて、やっぱり、読者の反応として「戸惑い」を感じるようになってしまった。読者の大半は療育関係の人たちだから、無理はないだろう。中には、創作関係の記事も楽しんでくれる常連さんはいるけれど、かなりの人たちは、こっちの私にまでは「ついてこられない」のだ。
 それならそれでいい、と思っている。……決してすねているわけじゃなくて。(笑)
 そもそも、ひとつのサイトにはひとつのメインコンテンツ、というのがこの世界の常識。その中に大きな二つの顔をぶち込んで運営していた、私のやり方に問題があったんだから。
 いやいや、これまでは「料理」という大きな顔もあったのだから、我ながら八方美人もいいところだったわ。

 ここは私の「もの書き」としてのブログ。それに関すること以外は書かない。
 アサクラ・タウンのトップページから、このブログへはリンクは貼らない。ここへの入り口は、たった一カ所。アサクラ私立図書館トップページのみだ。どこでも宣伝はしないから、さて、何人の人たちが気がつくかな?(笑)

 たぶん、てくてく日記を読んできた人たちに、このブログの中の私は、かなり違って見えることだろう。
 「そっと、ひとりごと」も読んできた人なら、まあ、納得してくれるかな。
 ついてこられる人はついてきて。そう言うしかない。これも私。この私も読みたい人は、どうぞ。

 今年の初め、私は心の中で目標を立てた。
 『私は今年、本気で書く。』
 要するに、そういうことなのだ。ただとにかく、そういうことなのだ。

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