仮面の裏側・4「連載中に決めたこと」
今回の裏話も、直接「9」の作品に関わる内容ではありません。今回の裏話はこういうネタが多くて。(笑)
昨日の裏話を読んで、「おー、なんか朝倉さん、最近いっそう真剣なんじゃ?」と感じた方がいたと思うのですが、実は連載中にこういう出来事があったのです。
1月も末に近い頃、突然メールが舞い込んできました。タイトルは「文章のお仕事のご相談です」。
おや? と思って読んでみたら、とある会社がホームページ上で運営している、オンラインゲームのライターをしませんか? というお誘いのメールでした。テラネッツ、という札幌の会社です。
ホームページにアクセスしていろいろ調べてみましたが、かなり本格的に運営しているようでした。ゲームに参加した人が自由にキャラクターを作ってチームを組み、その行動も自由に決定することができて、それをライターが小説のような形の文章にまとめてプレーヤーに返す。それを元にプレーヤーはまた次の行動を決定して、ゲームのシナリオを進めていく……。
私は今はRPGをいっさいやりませんが、学生時代、この流れのそもそもの始まりになった「ダンジョンズ&ドラゴンズ」というテーブルRPGを友人たちと夢中でプレイした経験があります。
まだパソコンも普及していなかった時代です。マスターが自分で手作りしたシナリオを元に、自分でサイコロを振って作ったキャラクターを動かし、友人たちのキャラクターとパーティを組んで冒険に出かけます。マスターが「目の前に敵が現れたぞ! モンスターだ!」と言えば、「私はああする」「ぼくはこうする」と自分のキャラの行動を口頭で言って、それをマスターがサイコロを振ったりして判定して、モンスターにどのくらいのダメージを与えられたとか、与えられなかったとかを決めていく。……本当に、手作りのRPGでした。
テーブルの上でキャラクターの駒(私たちは紙で作ってましたが、後にフィギアや専用のパーツも売り出されました。)を動かして行ったので、テーブルRPGと言いました。
そして、これが今現在私の連載している「フルートの冒険」の基礎でもあります。
あらかじめ細部まで決まったシナリオがあるわけじゃない。キャラクターたちは全員私が考え出したものだけれど、あたかも誰かが動かしているキャラクターのように、物語の進行に合わせて自分で自分の行動を決め、動き、しゃべり、シナリオを進めていく。
ちょうど、テーブルRPGをやっているのと同じ感覚なのです。
テラネッツさんの提供するゲームは、ちょうどこれと同じ系列のものでした。あの頃は同じ部屋に集まって、限られた時間の中でするしかなかったテーブルRPGが、インターネットやホームページという媒体を使って、こんなふうにプレイできるようになっていたんだな、と感心しました。
さらに調べてみたら、テラネッツさん以外でも、この手のオンラインゲームを提供している会社はいくつかあるようですね。
そのライターにならないか、というお誘いには、正直非常に気持ちを動かされました。仕事ですから、小説のような作品を書き上げるごとに収入も得られます。言ってみれば、本物のプロです。
うわ~……と思いました。
プロになる、ということは非常に魅力的です。
もちろん、収入はほしい。子どもたちの教育費にローンを組んでいます。それを旦那一人の稼ぎにおんぶしている。私が一般の仕事に就けない事情があるからではあるけれど、それにしても、どこかで少しくらい収入が得られれば、とはいつだって思い続けています。
そして、プロになる、ということは、お金を払ってでも私の作品を読みたい、と思ってもらうことだから、それだけ社会的に認められた感じがするのですね。有名になる、とかいうのとはちょっと違います。そうではなくて、自分のしていることを、きちんと認めてもらいたい。そういう気持ちが常にあるわけです。
大声で人に知らせる気持ちはなくても、「普段なにをなさっているんですか?」と聞かれて、「ええと、ちょっと文章のお仕事を」と答えられるくらいにはなりたいのですね。アマチュア小説家では、とてもそうは答えられません。「仕事」ではないわけですから。
ライターになるための試験に申し込みをしました。ほどなく試験問題が送られてきました。実際の業務と同じ形で文章を書き上げ、それで先方に判断してもらう、というものです。
どきどきしながら、試験問題を読み……おもしろかったです。実際のプレーヤーはこんなふうに行動を言ってくるのかぁ。ふーん。この人はこういうキャラね。この人はこんな風なキャラ。みんな、なかなか魅力的なキャラを作るんだなぁ。これでパーティを組んで、そしてこんな事件が始まって……
ところが。
問題を読み進めていくうちに、なんだか身のうちがざわざわしてきました。
頭のどこかから、誰かがしきりに警告を出します。
危ないぞ、これに深く関わってしまったらいけないぞ――そんなふうに言い続けています。
いえ、その問題自体、会社自体が危ないという意味ではないです。(ここ、誤解しないでくださいね。)
私の頭の中で警告を鳴らしていたのは、「フルート」という作品だったのです。
私が考え出した「フルート」の世界、そこに出てくるフルート、ゼン、メール、ポポロ、ポチ、ルル、金の石の精霊、オリバン、ユギル、ロムド王、ピランじいちゃん……ありとあらゆる登場人物たちが、口を揃えて私に向かって言います。
「この仕事に関わると、『フルート』が影響を受けるぞ。絶対に『フルート』が書けなくなっていくぞ」
と。
……そうでした。
下手に同じような作品を読んでしまうと、その作品から影響を受けてしまうから、とあの「ハリー・ポッター」さえ連載終了まで読まずにいる私です。オンラインゲームとは言え、他作品のライターなど務めてしまったら、自分の世界である「フルート」が書けなくなっていくのは目に見えていたのです。
「フルート」が書けなくなる。
仕事としてライターを引き受ければ、もちろん収入は得られる。一応、「文章のお仕事をしていて……」と人にも言えるようになるかもしれない。だけど、それは「フルート」という作品と引き替え。
願い石じゃないんだからさぁ。
そんな交換はとてもできませんって。(苦笑)
テラネッツさんにはすぐさまメールをお送りしました。大変申し訳ありませんが、こちらの事情で仕事や試験をお断りさせていただきます。
心のどこかで私を責める声は聞こえていたけれど――これでまた旦那一人に働かせることになるな~。旦那、ごめん! と心の中で謝りながら――それでも。
それでも、私はやっぱり書き上げたかったのですね。この「フルート」という長大な物語を。
ただの素人のオンライン小説です。
社会的に認められているわけでもない。誰かが評価してくれるわけでもない。
しかも、今は携帯の普及もあって、空前のオンライン小説ブーム。私の作品なんて、あってもなくても害にもならないわけだけれど。
それでも。
私は書き上げたいんですね。「フルート」を。最後の最後まで。物語がたどり着くべきラストまで。
なんてまあ、滑稽なほどに真剣なんだろう、と我ながら笑ってしまいますが。
そんなこんなのいきさつもあって、全然実体は伴っていなくても、心構えだけはプロのように、というのを再確認したのでした。
今回、連載中に人気投票やランキングへの投票ボタンを目立たせたり、積極的に読者の意見を聞くようなリンクを貼ったりしたのも、そのためです。本気で「フルート」に向き合うのに、読者からの反応や意見は絶対に必要だと思ったのですね。更新のたびに宣伝もしてきました。そういう私の姿勢を、「なんだか押しつけがましくて嫌だな」と感じた方も、きっといらっしゃったとは思いますが……。
本当にねぇ、我ながら馬鹿なことをしているなぁ、とは思うのですよ。
でも、やめられない。どうしても止められない。
私は書くことが好きです。そして、物語を提供して、その世界を読者の皆様に楽しんでもらえるのが、何よりも好きなのです。
収入を得ることよりも、プロになることよりも。
……とまあ、そんな出来事がありました、という話でした。
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コメント
旦那に「あなたばかり働かせて本当にごめんね」と言ったら
「こっちこそ、家に縛り付けてばかりですまないと思ってる」と言われました。
え、そうだったの?
思い返せば、やりがいはある日々です。
私は、子どもたちのそばにいてやりながら、
自分のために書けるような生き方を選んだ。
これでよかったんだな~と思いました。
あっさりと。
我ながら単純です。(笑)
投稿: 朝倉玲 | 2008年4月13日 (日) 21時14分