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2006年12月15日 (金)

rakugaki~ロキ~

 フルートとゼンとポチは家の前に立って、荒野の彼方を眺めていました。
 地平線の向こうに夏でも白い頂が浮かんで見えます。ゼンの故郷の北の山脈です。そこを越えて、さらに遠い彼方へ行くと、一年中雪と氷に閉ざされた北の大地があるのでした。
 少年たちは誰も何も言いませんでした。ただ黙って北を眺め続けます。けれども、フルートにはわかっていました。皆、想っていることは同じなのです。想っている人のことは、まったく同じなのです。その気持ちがあまりにも切なすぎて、誰もことばにすることができないのでした……。

 すると、すぐ隣から声がしました。
「ねえ、兄ちゃんたち。なにをそんなにしょんぼりしてんのさ?」
 あきれたような、幼い少年の声です。フルートたちは、えっ、とそちらを振り向きました。その声にはとても聞き覚えがあったのです。
 そこにいたのはロキでした。茶色の髪に長いウサギのようなトジー族の耳をして、毛皮の服の代わりに、フルートたちと同じような布の服を着ています。灰色の瞳がいたずらっぽく、くりっと動いて、年上の少年たちを見つめてきます。
 ゼンが声を上げました。
「ロキ! なんでおまえ、ここにいるんだよ!?」
 遠い北の空に思い出していた人物が、すぐ目の前に立っていたのです。驚かずにはいられませんでした。ポチも目をまん丸にしてロキを見上げています。
 けれども、フルートはすぐに気がつきました。この感覚、この展開には覚えがあります。そうか、と思わずほほえんでしまいます。
「これは夢だ……そうだね、ロキ?」
「あたり」
 大きな瞳をくりくりさせながら、ロキが笑いました。
「だってさぁ、兄ちゃんたちがあんまり――。な、グーリー? 見てらんないよな」
 少年が振り向いた先に、巨大な獣がいました。全身灰色の長い毛でおおわれた大トナカイのグーリーです。大きな角の生えた頭を振って、ヒホーン、と主人に同意します。
 フルートは、ほほえんだままロキとグーリーを見つめました。夢でもなんでも、また会えたことがとても嬉しく思えます。そっと手を伸ばすと、茶色の髪に触れることができました。北の大地で何度もしてあげたように、優しく頭をなでてやります。
 すると、ロキがふん、と頭をそらしました。小生意気そうな表情でフルートを見上げてきます。
「やめろよ、兄ちゃん。おいら、そんなことしてもらうほど子どもじゃないぞ」
 けれども、そう言う表情のすぐ裏側に、頭をなでてもらって嬉しくて照れている、素直な少年の気持ちがのぞいていました。ゼンが笑います。
「何言ってやがる。北の大地でさんざんフルートに甘えてたくせによ」
「甘えてなんかいるもんか!」
 ロキはたちまち口をとがらせ、ゼンに向かって、いぃーっと顔をしかめて見せました。そんなひとつひとつのしぐさまでが、本当にロキそのものです。年上の少年たちは、思わずまた声を上げて笑ってしまいました。
「なんだよ、笑うなよ!」
 ロキはますますふてくされました。とても懐かしい口癖を言ってきます――。

 シルの荒野を風が渡っていました。白っぽい緑の草がそよぎ、遠くで立木が梢を揺らしています。
 そんな景色をしばらく眺めてから、ロキが言いました。
「ホントに、兄ちゃんたちの故郷って、北の大地と違うんだな。雪も氷も、どこにもないじゃないか」
「冬になれば雪は降るよ」
 とフルートは答えました。
「荒野は風が強いからね。冬場はしょっちゅう吹雪も起きる。でも、さすがに北の大地ほど寒くはならないけどね」
 本当にロキを連れてくることができたら、きっとこんなふうに会話したんだろうな、とフルートは、ふっと考えました。好奇心の強いロキです。きっと、いろいろなものに興味や関心を示して、あれもこれも尋ねてきたことでしょう。
「雪が見たいんなら俺の山に来いよ」
 とゼンが言っていました。
「夏でも山頂からは雪が消えないからな。そら、あそこに見えてるだろう。あの一番高い山が、俺の故郷の北の峰だよ」
 ふうん、とロキは青空の中に浮かぶようにそびえる山々を眺めました。大きな灰色の瞳をくりくり動かし続けています。見るものすべてが珍しくてしかたない、という表情です。
 けれども、やがてロキはまた年上の少年たちを振り返りました。
「ねえさぁ、兄ちゃんたち。ちょっと勝負しようよ」
 フルートたちは驚きました。
「勝負? なんの」
「競争だよ。おいらを乗せたグーリーと、兄ちゃんたちを乗せたポチと、どっちが先にゼン兄ちゃんの山に着けるか。おいら、グーリーと風の犬になったポチと、どっちの方が速いのか、ずっと知りたかったんだ」
 たちまちゼンがあきれた顔になりました。
「馬鹿言え! あそこに見えていたって、北の峰まではものすごく遠いんだぞ。あそこまで競争したら、ポチがへばっちまわぁ!」
 とたんにワン、とポチが吠えました。ちょっとむくれた顔をしています。ゼンの言うことは正しかったのですが、即座に自分の非力を指摘されたので面白くなかったのです。
「北の峰までは無理だけど、あそこの立木のところまでなら競争してもいいですよ。持久力じゃ絶対グーリーにかなわないけど、短距離だったら自信がありますからね」 
「よし、決まった! ゴールはあそこの木のところまでね! グーリーだって、距離が短かったら本当に速くなるんだ。きっと、ポチにだって勝っちゃうからな」
「ワン、負けませんよ。ぼくは風なんですから」
 ごうっと音を立てて、ポチが巨大な風の犬に変身しました。異国の竜を思わせる、白い長い体が荒野に伸びます。
 思いがけない展開を年上の少年たちは面白がっていました。普通に考えれば風の犬の方が速いに決まっているのですが、ポチはフルートとゼンの二人を乗せます。一方のグーリーは小さなロキ一人を乗せるだけですし、しかも体力があります。どちらが勝つか、やってみるまでは予測がつきません。
「いい、行くよ!?」
 グーリーの背中の上からロキが尋ねました。ポチの背中の上からフルートとゼンがうなずきます。
「ワン、いつでもいいですよ!」
 とポチも答えます。
「それじゃ――走れぇ!!」
 ロキの明るい声が響き、グーリーと風の犬のポチが、いっせいに荒野と空を駆け出しました。

 二匹の獣のわきを風がごうごうとうなりながら吹きすぎていきます。ポチもグーリーも、どちらも驚くほどの速さです。
「そらっ、はいっ! 急げ、グーリー!」
 ロキが手綱を鳴らして叫びます。
「行け、ポチ! グーリーなんかに負けるな!」
 ポチの上ではゼンが叫んでいます。
 二匹の獣は蹄の音を響かせ、風を切りながら駆け続けます。抜きつ抜かれつの良い勝負です。
 ぐん、とグーリーがスピードを上げました。頭ひとつ分ポチの前に出たと思うと、みるみるうちにポチを追い抜いていきます。
「あっ、この野郎……!」
「ポチ、がんばれ!」
 ゼンとフルートは思わず声を上げ、少しでも風の抵抗を減らそうと、ポチの上に身を伏せました。ポチの速度が上がり、ぐんぐんと追い上げ、グーリーに並びます。
「グーリー! グーリー、がんばれ!」
 ロキが叫び続けています。またトナカイの速度が上がります。ポチを引き離して前に出て行きます。
「ワン、ホントに速いですね……」
 ポチは感心したようにつぶやきましたが、次の瞬間、こちらもまた速度を上げました。ごぉっと激しい風の音が起こり、フルートたちは吹き飛ばされそうになって、あわててポチにしがみつきました。風の犬の全速力です。あっという間にグーリーに並び、次の瞬間には一気に抜き去っていきます。
 ゴールの立木が目の前に迫ってきました。そのかたわらをうなりをあげながら飛び過ぎます。
「ひゃっほう! やったぜ、ポチ!」
「すごい! 勝ったよ!」
 ゼンとフルートが歓声を上げました。ポチは速度を落としながら笑いました。
「短距離だからできるんですよ。長距離になったら、とてもグーリーには――」
 そう言いながら振り向いたポチは、とたんに声を飲みました。一緒に振り返ったフルートたちも愕然とします。
 そこには、後を追って駆けてくるロキとグーリーの姿はありませんでした。誰もいない荒野を、風が吹き渡っています。
 地平線に向かって遠ざかっていく馬車が見えました。車輪の音を響かせながら、夕日を浴びて小さくなっていきます。
 フルートもゼンもポチも、ただそれを見送りました。何も言えません。誰も、何も言えません……。

 すると、すぐ近くから、また声がしました。
「だからぁ、どうしてそうしょげちゃうのさ、兄ちゃんたち。また会えるって言ってるじゃないか」
 彼らの隣にロキが立っていました。グーリーの手綱を握りしめて、あきれた顔をしています。
 ロキ、とフルートたちは少年を見つめました。すると、少年が肩をすくめました。灰色の瞳をくりっとさせて、えへへっ、といたずらっぽい声で笑います。
 そして――

 夢は覚めました。


 フルートはベッドの上に起き上がりました。
 東向きの窓からカーテン越しに朝の光が差し込んでいます。天気は悪くなさそうです。
 柔らかな光が落ちる床の上にはマットが敷かれていて、その上でゼンが寝ていました。足下ではポチが丸くなっています。ゼンは、フルートの部屋に泊まるときには、いつもこんな風にして眠るのです。猟師小屋や戸外で寝ることが多いゼンは、ベッドより床の上にじかに眠る方が落ちつくのだと言っていました。
 フルートがなんとなくそれを眺めていると、ゼンも目を覚まして、もぞもぞと起き出しました。フルートと視線が合うと、口の端で笑います。
「よう、おはよう」
「おはよう、ゼン」
 フルートは笑顔を返しました。けれども、それは夢の名残を受けて、なんとなく淋しげな微笑になってしまっていました。
 ポチも目を覚ましました。マットの上に立ち上がって、ぶるぶるっと身震いをします。
 フルートはなんだかすぐには動き出せなくて、ベッドの上に座ったままでいました。たった今まで見ていた夢を思い出してしまいます。
 すると、同じようにぼんやり座りこんでいたゼンが、つぶやくように言いました。
「また会える、か……」
 フルートは、どきりとしました。自分の心の中の声が、そのままゼンの口から出てきたような気がしました。
 すると、ポチもひどくびっくりした様子で言いました。
「ワン、どうしてそれを――もしかして、ゼンもロキの夢を見たんですか?」
「え、ポチもなの!?」
 フルートも思わず声を上げてしまいます。
 少年たちは互いに顔を見合わせてしまいました。三人ともが、同じ夢を見ていたようです。
「ワン、ぼく、ロキの乗ったグーリーと競争したんですけど……」
 とポチが言い、フルートとゼンがそれにうなずき返します。

 しばらくの間、三人は何も言えませんでした。それぞれに、もう一度夢を思い出します。
 そのうちに、ゼンが苦笑いの顔になって言いました。
「ったく……俺たち、あいつに心配されてるぞ」
 フルートも、ちょっと照れたように笑って見せました。ロキが彼らを心配して夢に出てきたのだとはっきりわかったからです。なんとなく、心の中にほの暖かいものがあふれてきます。
「ワン、元気出さなくちゃいけませんね」
 とポチが言い、ゼンがまた苦笑いでうなずきました。
「だな。いつまでもしょぼくれてられるか――。おい、フルート。俺は今日、北の峰に帰るからな」
「え、今日!?」
 フルートは驚きました。北の大地の戦いが解決したので、そろそろゼンも故郷へ帰らなくてはならない時期でしたが、それにしても、今日旅立つとは予想もしていませんでした。淋しさと一緒に、心細いような気持ちが襲ってきます。
 すると、そんなフルートの顔を見て、ゼンが笑いました。
「なんて顔してやがる――! それこそ、俺たちはまた会えるだろうが! ちょっとの間だ。また遊びに来るからよ」
「ワンワン。今度こそみんなで楽しく集まりましょう!」
 とポチが尻尾を振って言いました。先に仲間たちで北の峰に集まったとき、魔王に邪魔されたことを言っているのです。
「おう。メールもポポロもルルも呼んでな。みんなで大騒ぎしようぜ」
「そうだね……」
 フルートもようやくうなずきました。優しい目になると、小さな少年の顔を思い浮かべて、心の中で語りかけます。
 ロキ、君もいつか、ぼくたちの中に入って一緒に楽しめるといいね。そのときにはまた、風の犬になったポチと君が乗ったグーリーで競争もしようね。いつかきっと――きっと、そうしようね。
 心の中で思えば、本当にその日が来るような気がしてきます。フルートの顔に静かなほほえみが浮かびました。
 窓の外では鳥がしきりにさえずっていました。カーテン越しの光もまぶしい、明るい夏の朝でした。

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コメント

ロキ・・・。ちょっと透明な気分です。
手のひらから舞い上がるような。
皆で集まって今度こそ遊べるといいですね。
しかし、メールちゃんとゼン君は素直に会えるのか?
見てみたい気がする。特にメールちゃんの態度。

投稿: さゆた | 2006年12月15日 (金) 15時20分

>「ったく……俺たち、あいつに心配されてるぞ」

どうやら「俺たち」ってのには、読者も含まれてるみたいですな(笑)

投稿: むつごろう | 2006年12月15日 (金) 19時07分

>見てみたい気がする。特にメールちゃんの態度。

ははは。
その件に関しましては、お見せできるかも~♪
Please wait for January! (笑)

投稿: 朝倉玲 | 2006年12月15日 (金) 19時29分

>どうやら「俺たち」ってのには、読者も含まれてるみたいですな(笑)

「だぁって――なぁ、グーリー?」
「ヒィホホホーン(うなずきっ)」

……だそうです。(笑)

投稿: 朝倉玲 | 2006年12月15日 (金) 19時33分

うぷぷ。

>読者も含まれてる
あー、やっぱり~?

ロキとグーリーの登場とってもうれしいヨー!(^O^)
またきっと会えるね。
心はずっといっしょだね。

投稿: アヒルのしっぽ | 2006年12月15日 (金) 20時10分

グーリーもロキの夢が見れてたらいいなぁ・・・
なんて思ってしまいました。
実は遠く離れた場所で見ていたのかな。

投稿: くらげ | 2006年12月16日 (土) 00時47分

うん。きっと見ていただろう

と私も考えながら書いてました。(*^_^*)

投稿: 朝倉玲 | 2006年12月16日 (土) 05時07分

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