蜷川「ゴールドシアター」
昨夜、たまたま旦那が見ていた「報道ステーション」を眺めていたら、演出家の蜷川幸雄氏が、55歳以上の中高齢者のアマチュアを集めて、劇団を発足させた、という特集をやっていました。
私は蜷川氏の舞台をたった一度、テレビで観たことがあるだけです。「NINAGAWAマクベス」。シェークスピアの有名な悲劇「マクベス」が、日本の仏壇を思わせる舞台の上で繰り広げられて……。あれも、たまたまつけたテレビで偶然に見かけたものだったのですが、あっという間に引き込まれて、最後まで目が離せませんでした。異色のシェークスピア。でも、鳥肌が立つほどうまくて、迫力があって。
それっきり、私は蜷川氏の舞台を見る機会には恵まれませんでした。なにしろ地方在住者。しかも、独身の頃から私は金欠病。(笑) 東京まで舞台を観にでかける、なんてのは、まずできませんでしたので。
でも、何故か忘れられない演出家でした。仏壇を思わせる舞台をデザインしたのが、私の好きなエッセィスト妹尾河童氏だったとわかってからは、なおさらに。
今回、蜷川氏の主宰で発足した劇団は「さいたまゴールド・シアター」48人のうち最高齢は80歳、平均年齢は66・7歳だそうです。詳しくは、こちらの東京新聞の記事に載っていますが。→蜷川『ゴールドシアター誕生』
テレビでは、蜷川氏へのインタビューだけでなく、七十代と六十代の女性と男性にスポットライトを当てる形で、劇団に入った方の心情を追いかけていました。
七十代の専業主婦の女性。「独身の頃に演劇に憧れ舞台に立ちたいと思ったけれど、一般の家庭の婦女がお芝居をやるなんて許されない時代だった。親のために演劇をあきらめたから、心のどこかでずっと引きずっていた。今回の募集を見て、迷わず旧姓で応募した。独身時代の自分の続きを始められたようで嬉しい」――私の記憶をたどって書いているので、正確なことばではないですが、こんなふうに語っていました。
六十代の男性は阪神大震災で勤め先の印刷工場が倒壊。会社再建のかたわら、ずっと続けていたアマチュア劇団のメンバーとして、被災者を励ますためのボランティア公演を続けてきた。「十年間夢中で走り続けてきたし、アマチュア演劇の中ではそれなりの役につけて楽だけれど、自分も六十代半ばだし、ここでもう一度自分を試してみたくなった」。この男性は、奥さんを神戸において、単身で移り住んできたということで、ニーチェや演劇関係の書籍と共に、『ひとり暮らしのおかず』なんて本が一緒に棚に並んでいたのが、妙に鮮やかに目に残りました。
インタビューを受けていたのは、皆六十代、七十代の方たち。最高齢の八十歳の方も、「自分を十年若いコンディションに持っていきたい」と語っていて、それがまた、本当に七十代のように若々しく見えました。いえ、そのおじいちゃんだけでなく、蜷川ゴールドシアターに合格したメンバー全員が、本当に、そんなお歳には見えないほど、皆生き生きとした若い顔をしていらして、私は本当に感動してしまいました。
そして、もうひとつ、私の胸を強く打ったもの……。
それは、「夢の続きを追いかけてみたい」「自分の力を今一度、本気で試してみたい」と、熱く語るメンバーの方々のことばでした。自分の人生の終わりが近いから、その前にもう一花咲かせたい……ということではないような気がしました。昔、置き忘れてきた夢が今もやっぱりかたわらにあるから、今こそ、それを本気で確かめてみたい。高齢者と呼ばれる今の年代になったからこそ、それをやってみようと思う。メンバーの方々は、そんなことを考えていらっしゃるように、私には聞こえました。
それは、私がこのブログ開始と同時に、ずっと思い続けてきたことでした。
私の場合は、「自分の人生の折り返し地点を過ぎた」というのが、ひとつのきっかけでしたが。
ずっとあきらめきれなかった「もの書き」への私の夢。忘れたふり、忙しさに邪魔されて取り紛れたふりをしながらも、それでもやっぱり、私はいつも書き続けていて。自分の残りの人生の年月を思ったとき、「このまま逃げ続けて、後悔を残したまま人生を退場したくはない」と思って、とうとう、本気で「書くこと」を始めて。
ゴールドシアターに集まってきたおじいちゃん、おばあちゃんたちが語っていることは、そんな私の気持ちと、全く同じだったのです。メンバーの皆さんの覚悟や意気込みが、本当に、自分のもののように感じられて……「NINAGAWAマクベス」の時と同じように、私は最後までブラウン管から目を離すことができませんでした。
結局、人は何歳になっても、この「覚悟」を決めることができるのではないか、と思います。若くてその覚悟を決めて、自分の道を歩き出す人もいるでしょう。様々な理由から若いときには踏み切れなくて、でも、子育てが一段落する私ぐらいの年代に、覚悟を決めて歩き出す人もいるでしょう。今回のゴールドシアターのように、高齢、老齢と呼ばれる年代にさしかかって、ついにその決意をする人たちもいるのです。もちろん、決意などせず、それまで自分が築いてきた生活や人生を大切にしながら生きる生き方も、またありだと思います。
平均年齢66.5歳のゴールドシアターの皆さんが、一年間の稽古を経て、どんな舞台を創り上げていくのか。私は本当に興味があります。相変わらずの金欠病で、東京まで舞台を観に行くのも本当にままならないけれど、もしかしたらもしかして、チャンスに恵まれたら、この方たちの舞台は自分の目で観に行ってしまうかも……しれません。
この方たちのがんばりぶりを、これからもテレビなどで見られればいいな、と思っています。
さいたまゴールドシアターの皆様。心から応援していますよ!
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コメント
はじめまして。
私も、さいたまゴールド・シアターは面白い企画で、どんなものができあがるのか楽しみです。
――が!
そもそも、この企画のアイディアやメソッドなどは壤晴彦氏が発案・実施してきたものである、ということを、どのマスコミも報じないのは「おかしい!」と不満に思います。
さいたまゴールド・シアターのついての日誌ではありませんが、壤氏のワークショップについて、少しでも多くの人にきちんと知ってもらいたいと思い、トラックバックさせていただきました。
(私は劇団関係者ではありません)
(ごめんなさい、不適切であれば削除してください)。
投稿: お姐 | 2006年7月 3日 (月) 02時18分
連続書き込みですみません。
トラックバックがうまくできないようです。
壤晴彦氏のワークショップについての感想は、2005.03.27の日誌です。
http://blog.drecom.jp/kaminshitsu/archive/67
投稿: お姐 | 2006年7月 3日 (月) 03時43分
お姐さま、コメントと情報をありがとうございます。
そうですか、「さいたまゴールド・シアター」には、さらに素晴らしい企画者がいらっしゃったのですね。
というか、そういう方がいらっしゃったからこそ、実現したということなのでしょうね。
壤晴彦氏のワークショップに関する記事を読ませていただきました。
(すみません、自動リンクはできない設定なので、コピペで読みにいってください。>皆様)
なかなか面白いシェークスピアだったのですね……観たかったかも。
お姐さまの口調と切り口も大変面白かったです。私には書けない文章です。(笑)
「さいたまゴールドシアター」が、座シェークスピアのような仕上がりになるのか、また違った舞台を見せてくれるのか。
なんにしても、いろいろな意味で、楽しみなことだと思っています。
ゴールドシアターのメンバーの皆様、今日もしっかり稽古してらっしゃるのかなぁ……。
投稿: 朝倉玲 | 2006年7月 3日 (月) 10時21分
いきなり、真夜中の勢いで、ついワケのわからないコメントを書き込んでしまい、「いけなかったかな……」と、ちょっと後悔していましたが、寛大な応対、ありがとうございます。
さいたまゴールドシアターのほうは、多くの人に見せることを前提にしているので、壤晴彦さんのワークショップとはまた別の仕上がりになるかもしれませんが、何にせよ「中年・老年の活躍」には私も心躍るものがあります。
また、朝倉さんの「ペンスタンド」に遊びに寄らせてくださいね。
投稿: お姐 | 2006年7月 3日 (月) 20時59分
あらら? 昨夜コメントしたつもりが、反映されていませんでした。
改めて書き直しましょう。
お姐さま、再度コメントありがとうございました。
(「おねえさま」という響きには、なんともいえないものを感じてしまいますね……笑)
>何にせよ「中年・老年の活躍」には私も心躍るものがあります。
そうなんです!
「夢を追いかける」なんて言うと、どうもこそばゆいというか、足が地に着いていないような頼りなさをどうしても感じてしまうわけですが、その年代の方たちが改めて「夢を追い始めた」とき、もしかしたら、若い人たちにはとても見せられない、力強い何かを見せていただけるんじゃないか、と――
そんなふうに期待してしまうわけです。
これはきっと、その舞台と同じ空間、同じ空気の中にいなければ、感じられないことなのでしょうね。
だからこそ、ぜひ舞台を生で観たい、観てみたい、と思うわけなのですが、なにしろ私と来たらとにかくマンネンキンケツビョウ。
う~ん、この夢は叶えられるかしら……と考えているところです。(苦笑)
お姐さまも、どうぞいつでもまたお立ち寄りください。
お待ちしております。(*^_^*)
投稿: 朝倉玲 | 2006年7月 4日 (火) 08時46分