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2011年7月14日 (木)

月夜に

Tukiyo


 夕立の後の空は、薄く靄がかかっていたけれど、丸い月が煌々と明るくて、とても気持ちのよい夜になりました。
 風がなくて家の中が蒸し暑かったので、庭先へ夕涼みに……。

 あの日の夜も、こんなふうに月が明るかったっけ、と思い出しました。
 大地が揺れ、家が壊れ、水も電気も止まってしまった夜。あの時は何をするために外に出たのだったか……。庭に出たら、半月に近い形の月が、小雪のちらつく空で煌々と光っていました。月の光の輪の外側では、星も白くにじんでいて。
 それを見上げたときに、「この大震災も、地球や宇宙から見たら、起きて当然のごく当たり前のことなんだ」ということを痛感しました。私たちにとっては前代未聞の一大事でも、何十億年という地球の歴史からしたら、しょっちゅう起きている、ごく普通の出来事なのですね。月も星も、あまりにもいつも通りに静かで、なんだか涙が出てきてしまいました――。

 あれから4カ月。
 家の修理はまだまだこれからだけど、幸い、我が家の屋根は他所の職人さんに来てもらって、修理してもらうことができました。
 こんなふうに住める家があって、ごはんが食べられて、お風呂に入れて、暑さ寒さもそれなりにしのげて、家族はみんな無事で、旦那には職場があって、子どもは学校やフリースクールに通えて……。
 これ以上を望んでしまったら罰が当たるな、としみじみ思いました。
 人間にできることは限られているし、理想通りの世界なんてものも存在しないのだから。
 失ってしまったものを嘆くことを捨てて、今を精一杯生きることが、明日や明後日につながっていくのだろう、とも改めて思いました。

 私たちがここでこんなふうに暮らしていることに、いろいろなことを思う人たちがいます。
 肯定的な見方もあるけれど、否定的な、あるいは批判的な見方もあります。
 それはしかたがないな、とも思います。物事の捉え方は人それぞれで違いますし、世界的にきちんとした基準がない状況だけに、不安から身を守る方向へ動くことは、ある意味当然のことでしょう。
 だから、私は自分のブログでも、震災や原発事故のことを書くのはもうやめようと思います。
 ただ、当たり前に生きていく。そんな生活をしていこうと思います。

 カエルの合唱、濡れた土の匂い。暗がりに月の光を返すトタン屋根、庭先にくっきりと落ちる影。輝く月は空に銀の粉をまき散らしています。
 ここは私の故郷。
 静かで豊かな田舎です。

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