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2011年4月 1日 (金)

大震災16日目

3月26日 土曜日 天気:晴れ

 天気は悪くなかったが、寒い一日だった。今も避難所にいる人たちは大丈夫かな……。

 テレビは、NHKを除いて、ほぼ定時番組に戻った。震災直後から24時間生放送で震災特集番組を放送していたラジオ福島にも、少しずつCMや全国放送が入ってきた。2週間が過ぎて、福島も徐々に日常に戻りつつあるのだな、と思った。
 だから、私も意識して日常に戻っていこうと思う。まだまだ非日常的な生活ではあるのだけれど、日常を作っていくことで元に戻れるものも、あるような気がしている。

 兄ちゃんの部屋のファンヒーターを片づけて、部屋を広くした。その後、昇平にも手伝ってもらって、2階から旦那のコミックスの箱をいくつも下ろしてもらって、本棚に収めたり、箱のまま部屋の隅に積んだりした。お義父さんが、余震で家がつぶれると大変だから、重い本は階下へ下ろせ、と騒ぐので。それ以前に、危険だと言われている2階下の洋間で寝ていることのほうが、よほど問題のような気がするのだけれど。まあ、旦那としては、寝る部屋に本があるほうが、布団で読書ができて嬉しいだろう。

 義父、日中は倉の2階で落ちてきた箱屋に持つの片付けをしていた。「捨てるつもりでより分けておいたものを、また元に戻している!」とお義母さんが怒っている。お義父さんは、見た目が綺麗であることにこだわる人だからなぁ。そして、次に使ったり、倉の2階を取り壊したりするときにどうするか、ということは考えていないんだよね。やれやれ。

 お義母さんは座敷の障子の張り直し。地震で縦に横に揺すぶられたので、障子は桟の形にはがれていた。
 また、お義母さんの仙台の妹さんがお客さま。家は津波で流され、家財一切を失ったのだけれど、避難に使った車だけが残り、それに乗ってこちらに来られたのだ。帰るためのガソリンがもうないので、どこかで給油できるまで、お義母さんのもう一人の妹さんの家に滞在するのだという。旦那様のお姑さんの家に同居することにしたらしいけれど、布団などが足りないので、我が家からも使っていない布団などを持っていってもらうことにした。
 仙台の妹さんは、家も財産もあきらめたけれど、飼い猫とパッチワークの道具が流されてしまったのがつらくてしかたない、と話してらした。「そんなものなんて」とお義母さんたちは言っていたけれど、私は、なんとなくその気持ちがわかる気がする。猫は家族の一員だったし、パッチワークは生活の潤いや楽しみの象徴だったんだろう。
 ただ、一時行方がわからなくなっていた息子さんが無事だったことは、本当によかったと思う。

 午後は、昇平とWiiで「マリオパーティ」をやった。久しぶりで昇平とゲームをしたが、けっこう楽しかった。下手くそな私にも、昇平は優しく接してくれていた。

 その後、エアステーションのACアダプターが到着した。佐川急便が我が家まで配達してくれたのだ。「荷物が届いた!」と、ものすごく感激してしまった。
 注文先の中古パソコン屋の担当の方が、配送状況を心配して、わざわざ電話をかけてくださっていたので、着報とお礼のメールを送ったら、「無事に届いてほっとしました」という返事が来た。
 エアステーションは無事に起動。昇平のパソコンを予備のものと交換しようと思い、確認のためにパソコンを起動してみたら、音も動きも正常になっていた。あの異音はなんだったんだろう? 
 無線LANが使えるようになったので、昇平のPSPのアクセスポイントも使えるようになった。ショップで「クラシックダンジョン2」というゲームの体験版をダウンロードして、それをやっている。キャラクターを自分で作成・デザインできるところが気に入っているらしい。

 余震が減ってきたような気がする。二、三度強めのがあったが、震源地は宮城県沖だった。

朝食:ご飯、納豆、サバの味噌煮缶、キャベツとハムのソテー、キャベツ味噌汁

昼食:コッペパンにハンバーグやレタス、手作りピクルスを挟んだハンバーガー +ほうれん草と鶏モモ照り焼きのスパゲティ(昇平だけ)、焼きおにぎり(義父母)

夕食:ご飯、タラ粕漬け焼き、麻婆豆腐、ポトフ、野菜サラダ、もやし味噌汁

 すごく久しぶりで納豆が食べられた。幸せ~。
 昼食は、それ以前に作った料理の残りの使い回しだったけれど、美味しくできた。

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