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2011年4月12日 (火)

大震災1カ月目

4月11日 月曜日 天気:曇りのち一時雨

 今日で大震災から1カ月が過ぎた。
 いろいろあったけれど、ようやく東北も復興の道を歩み始めて、少しずつ日常が戻ってきている――と言いたかったのに、夕方5時16分頃、福島県浜通りのいわき市で震度6弱、マグニチュード7.0の大きな余震が発生。さらに3時間あまり後には茨城県北部でも震度5弱の余震。どちらの時にもちょうどラジオをかけていて、緊急地震速報に飛び上がって避難をした。時間的には3月11日の本震や4月7日の宮城県沖の余震より短かったけれど、地鳴りに続いて家が鳴り、家が激しく揺れて怖かった。
 今回の地震は南北方向の揺れだったようで、我が家の被害はそれほどではなかったけれど、郡山市の実家は震源地に近かったせいか、元に戻した家具がまた転倒したりしたらしい。いわき市では土砂崩れで家が埋まって、3人が犠牲になっている。せっかく回復したライフラインがまた途絶したところもある。私たちも、地震直後は携帯や携帯メールも通じにくくなった。本当に、「もういい加減にしてくれ!!」と、声を大にして叫びたい。

 昇平も頻発する大きな余震にパニックになりかけたが、そうすると、それを収めるために母も精神的に疲れてパニックになってしまうと知ると、「ぼくはこれから冷静になるよ」と言って、本当にその後は余震にもあわてず騒がず、落ち着いて過ごすようになった。かなり強い余震も来ていたのだけれど。本人が言うには、「巨大地震よりも何よりも、お母さんが怒ることのほうが怖い!」のだそうだ。……あっそう。(苦笑)

朝食:ご飯、サバみりん漬け、納豆、もやし炒め、ネギの味噌汁

昼食:パン、牛乳、ハムとレタス、もやし炒め

夕食:イワシの蒲焼き丼、野菜炒め、ワカメの味噌汁

 夕食準備中に強い余震が来て、その後、ひっきりなしに余震が襲ってくるようになったので、夕飯を作るのがとても大変だった。
 入浴中に強い揺れが来ると怖いので、お風呂も今夜は休み。さすがの義父も、今夜は階下の洋間ではなく、義母が寝ている茶の間で寝ることにしたらしい。

 こんな具合で、1カ月たった今も、生活はなかなか落ち着かない。あれだけの大地震が起きたのだから、「元通り」を望むことのほうが間違っているのかもしれない。このあたりは数値的には低いけれど、それでも放射能の影響はあるし、家も余震のたびに傷みが進んでいくし、交通も、教育も、産業も……。
 だけど、それでも人は生きていく。強い余震におびえてへこむこともあるけれど、やっぱり今日や明日のためにまた立ち上がって、生活を始める。そんな時、明日を見つめて生きる子どもたちの姿は、私たち大人たちを本当に力づけてくれる。この子たちのために暮らしを建て直さなくちゃ、と考えるから。
 親の会の支部例会も、今週、予定通りに開催できることになった。思っていたより多くのメンバーが集まるらしい。本当によかった。
 元通りでなくたっていい。新しい形での幸せな明日のために、できることから少しずつ、一歩ずつ。長い時間をかけて、復興の道を歩いていきたい。

 これからも、多くの方々が息長く被災地の復興を見守り、応援してくださることを願いながら、1カ月目を区切りに、大震災日記の連載を終了したいと思います。
 おつきあい、ありがとうございました。



【お願い】
 昇平が通うフリースクールの再開をご支援ください。
http://homepage3.nifty.com/asakuratown/bokin-onegai.html

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