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2011年3月24日 (木)

大震災1日目

 あの大震災から2週間が過ぎようとしている。
 家の中の片づけもだいぶ終わり、少し余裕が出てきたので、震災後、毎日つけていた日記を、記憶が薄れないうちにアップしていこうと思う。
 余震も原発の不安も風評被害も続いているけれど、福島県が、そして東北が、負けずに力強く復興の道を歩んでいくことを祈って。

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3月11日 金曜日  天気:晴れ

 午前中は昇平の卒業式だった。L子さんが見事に参加できて全員で大喜び。
 午後、兄ちゃんが福島まで遊びに行くというので、駅まで車で送って戻ってきたところで、茶の間のテレビから地震の緊急警報が響き、次の瞬間、大地震発生した。
 思わず鞄を抱えて玄関から飛び出したけども、家の中にまだ義母と昇平がいる! 昇平のいる2階の部屋が窓から見えたが、すさまじい揺れ。電灯がめちゃくちゃ揺れて消え、壊れていく。昇平の叫び声も聞こえる。助けに飛び込みたいけれど、突き上げるような縦揺れ、激しい横揺れ、瓦が落ちる、壁が壊れる、家全体が激しく揺さぶられていて、とても入れない。揺れが収まるかと思ったら、すぐにまた激しい揺れが襲ってきた。揺れ続ける家を見ながら、「もう止めて。止まって。お願い、誰か止めて。神様!」と祈るしかなかった。義父も同じ庭で茫然と立ち尽くしていた。

 やっと揺れが収まったけれど、瓦などが落ちてくるので外から昇平を呼ぶと、「お母さん、昇平君は茶の間にいるよ!」と義母の声。いち早く二階から階下に避難して、おばあちゃんに言われて、コタツの中に隠れていたらしい。
 中学校の生活はつらいことが多かったけれど、卒業したら飯坂温泉に一泊旅行に行って、その後はフリースクールで楽しく過ごし、4月からは念願の高校生、と楽しいことが始まるはずだった昇平。「パラダイスが始まると思ったのに! 地球は、日本は滅んでしまうのか!?」と昇平が泣き叫ぶ。
 昇平が少し落ち着いてから、兄ちゃんを迎えに車で駅へ行った。あのタイミングならまだ電車には乗っていなかったはず、と思ったけれど、本当に兄ちゃんが駅の階段に座っているのを見たときには、本当にほっとした。地震の時には待合室にいて、すぐ外に飛び出したらしい。駅舎の壁の破片が落ちてきたり、兄ちゃんから10メートルほど離れたところに屋根の飾りの風見鶏が落ちてきたり。もうちょっと駅舎に近づいていたら、兄ちゃんも危なかったらしい。本当に怪我がなくて良かった。


 家の中に入ると、壁に無数のひびが入り、あちこち剥がれ落ちていた。部屋はめちゃくちゃ、特に2階はタンス、スリム戸棚、パソコン、テレビ、すべてひっくり返り、本や書類が散乱して足の踏み場もない有様だった。このあたりは震度6強だが、2階は震度7くらいあったのだと思う。昇平がいたら家具の下敷きだった。素早く避難してくれて本当に本当によかった。
 私の携帯が埋もれてしまったので、兄ちゃんの携帯で旦那や弟と連絡をとってもらい、全員が無事とわかった。
被害は甚大だけど、家族みんな無事で怪我もなかったのだから、これでいい。これで十分だ。
 「もう終わりだ!」と何度も言う昇平に、「終わりじゃないよ、始まりだよ。命さえあれば何だってできるんだよ」、と話した。

 家族はまだ呆然としていたが、私と義母だけはまとも。話し合って、とにかく寝る場所と食料の確保をすることにした。義母は車で買い物に出かけ、私は家の中で必要な物資の調達をした。
 水道は水が濁っていたがまだ出たのでバケツに組み置き。さらに2階の押し入れからサバイバル用品(=キャンプ用品)を掘り出して、水タンクにもいっぱい水をためておいた。また家中からすぐ食べられる食品を集めた。2リットル入りペットボトルの水も見つけ出した。義母は懐中電灯や乾電池、パン、カップラーメンなどを買ってきた。
 余震で家がつぶれてくると怖いので、寝場所は上に2階が載っていない茶の間と兄ちゃんの部屋に決定。義父母は茶の間に。私たちは兄ちゃんの部屋に。2階から布団や毛布を下ろしてきた。
 兄ちゃんは2階の部屋から、私の携帯と昇平のDSを発掘してくれた。

 夕飯:食パンやパン、カップラーメンなど。

 停電しているし、ガスも水も停まってしまったが、卓上コンロでお湯が沸かせるのでありがたい。これも災害用品としてキャンプセットと一緒にしまっておいたもの。おかげで熱いコーヒーも飲めた。

 旦那は9時頃帰宅。旦那の勤務するスーパーも、足の踏み場がないほどめちゃくちゃになっているらしい。

 夜は着の身着のまま、ライト付きラジオを付けっぱなしで寝た。余震が頻繁で私はほとんど寝られなかったが、旦那は早々に寝たし、こどもたちも義父もそれなりに寝ていた。義母も朝までほとんど寝られなかったらしい。長い夜だった。


Image7371_2 ←昇平がいた2階の西側の部屋。タンス、スリム戸棚、茶ダンスなどが倒れ、作り付けのタンスの扉は開き、あらゆるものが落ちて散乱している。昇平がこの部屋にぐずぐずしていたら……。奥の窓際の机には、私のノートパソコンもあった。この状態でどこも故障していなかったのは奇跡。

(兄ちゃんが携帯カメラで撮影)


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コメント

お疲れ様でした。ほんとにケガがなくてよかったです。

震度5強と6強ではやはり全然揺れ方が違うようですね。
5強でも(会社では)呆然状態でした。

#記録ということなので、誤記を指摘させてください。
 3月11日は金曜日です。この曜日だけは忘れられませんね。
 土曜日からが復興開始の日でしょうか。

投稿: Fdaniel | 2011年3月25日 (金) 01:33

あの日は丁度、中学校の体育館にいて
先生方の話を聞いていました。
「なんか、ゆれてない?」
「え?・・・めまいかと・・・」
それぐらいの揺れだったのですが、長い
とても長かったです。
体育館の大きな照明が、ゆらゆら揺れてました。

さっと、買い物に出れる所は流石、主婦です。
怪我がなくて、本当によかった。

投稿: さゆた | 2011年3月25日 (金) 05:23

>Fdanielさん

あら、そういえばそうだ。
あの日は土曜日じゃなくて、金曜日でしたね。
この日記は被災した翌日に
携帯のメモ帳に記録したものです。
まだ筆記用具も発掘できないでいたので。
それで、曜日を勘違いしたのですね。
いやまぁ、そそっかしいは、いつものことなんですが。

同じ震度でも、建物によって被害がまったく違います。
鉄筋コンクリートの家は全然被害がないように見える一方で
屋根が落ちてつぶれている石倉があったりと、
同じ場所でも被害程度はさまざまです。
我が家は……かなりやられた方みたい。古いから。

投稿: 朝倉玲 | 2011年3月25日 (金) 05:49

>さゆたさん

こういう場面で、男たちはあんまり役に立たなかったです。
じいちゃんは「あたりの様子を見てくる」と車で出かけちゃうし
旦那は職場だし。
兄ちゃんは私の携帯を発掘しようとがんばってましたが、
昇平は怖がって私にへばりついてたし。

家族のために「次に何をするか」「どうするか」と考えて動き出すのは、
やっぱり主婦たちでした。
女の方が現実的なんです。(笑)

投稿: 朝倉玲 | 2011年3月25日 (金) 05:53

あぁ、本当にご無事でよかったと改めて思います。
昇平さん、本当に本当に、よく避難されましたね。すごいです。
この震災で、このような状況で自分で自分の命を守れた事には
自信をもっていただきたいです。
お義母さまがすぐに買い物にいき、
朝倉さんが家でできる生活の準備。
すぐに役割り分担がされていて、本当に大切な本質を見抜く目と
見通しをたてて動く姿、頼りになる妻で母でおられますね。
それから休む間もなく生きる為に働き続けておられるんですね。
どうぞ休める時には休んでいただきたいです。
なかなか難しいとは思うのですが、
休む時間を一日のスケジュールに入れて下さいね。

投稿: ちくちく | 2011年3月25日 (金) 08:48

>ちくちくさん

主婦ってのは、家族の生活そのものを担当しているから、
即座に「今日は何を食べるか」「どこでどうやって寝るか」を
考え始めたんだと思います。
そして、これは、けっこうどの家庭でも同じだったようです。
おろおろしている男たちを尻目に、
食べ物、水の確保に動き出す女たち……(笑)

でも、その代わり、
男性たちは力仕事や職場という大きな場所で活躍してました。
復興の中心は、やっぱり男性たち。
その男性が存分に働くために、女性は家をしっかり守る。
すごく古風なスタイルなんだけれど、
これが一番自然な役割分担なのかもしれない、とも思いました。

いや、「古い女」と笑ってくれてもいいんですけどね。

投稿: 朝倉玲 | 2011年3月25日 (金) 09:49

ともあれ、ご家族が無事でよかった!

と、あらためて感じました。

投稿: りしょう | 2011年3月25日 (金) 11:56

>理尚先生

はい、本当に。
家族全員が無事で怪我もなかったのですから、
これ以上、何かを余計に望んだら罰があたります。
一番大切なものは、私たちの手の中に残りました。
それが何よりも大切なことなんです。

投稿: 朝倉玲 | 2011年3月25日 (金) 13:29

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