« 公園散歩便り・番外編4 | トップページ | おとーとの愛娘弁当 »

2008年3月 1日 (土)

結果がすべての世界~卒業式の祝辞に思う~

 今日は長男の高校の卒業式だった。
 昔ながらの厳粛な雰囲気の式次第の中、
 理事長の祝辞が型破りな感じで面白かった。
 いわく、
「君たちはこれまで努力がなによりも尊い、
 と言われる世界に生きてきたかも知れない。
 でも、これから君たちが出て行こうとする社会は、結果がすべてです。
 どれほど努力をしても、結果が出なくては努力も認められることはありません。
 そういう厳しい世界が現実の社会なのです。」

 だから、結果につながるように、最後まで頑張り通しましょう、
 という話につながるのだけれど。
 さらに、
「どれほど努力してもどうにもならないことがあるのも現実です。」
 なんて話も付け足されたりして。

 これから社会へ第一歩を踏み出そうとしている高校の卒業式だけあって、
 小学校や中学校の卒業式とはひと味違うな、
 もしかしたら、この学校、この理事長独特の持ち味かもしれないな、とも思って
 私などは面白がって聞いていたのだけれど。

 
 そう、この社会は結果がすべて。
 結果が出ないことは誰からも認められない。
 目に見える結果、目に見てわかる数字が出なければ、
 その努力は認められることがない。
 結果のでない努力は、確かに、やらなかったことと同じ。
 それが現実。

 うんうん、と頷きながら聞いたけれど。


 ――だけど、

 と心の中で笑ってつぶやいている、もう一人の私がいた。

 ――それは、主に男の人たちの論理の社会だよね、と。


 子育ては、結果なんか出てこないことが多い。
 事業でもなんでも、よく一年ごとの成果の報告を、と言われるけれど、
 そんなに短い期間で出てくる結果なんて、
 子育ての中ではたかが知れている。

 長い長い時間がかかる子育て。
 そこに「結果」を求めてしまったら、
 子育てしていくことはつらくなる。
 いつまで進んでも見えないゴール。
 ゴールかと思えば、そこが新たなスタートラインなのだと、
 いつまで走っても終わりがない徒競走なのだと、
 何度も何度も思い知らされて、
 そして、いつか疲れ果ててしまう。

 結果だけを求めてしまったら。


 子育てにゴールはない。
 子どもが有名な大学や会社にはいることが結果でもない。
 子どもがどこに進むかで、
 その親の出来不出来を評価する人間は確かにいるけれど
 そんなものはナンセンス。(笑)

 子育てっていうのは、そんなものじゃない。 
 そんなもので、子育てを評価することはできない。


 途中経過こそ、結果のでない日々の積み重ねこそ、
 子育ての本当の姿。
 だからこそ、その途中経過を楽しむ。
 我が子が見せる一瞬の優しさ、ほんのわずかな成長、
 そんなものを喜びながら、愛おしみながら
 それを糧に今日を明日へとつなぐ。
 一人の子どもを未来へとつなぐ。


 それは女の理論、女の社会なのかもしれない。

 でもね――
 そういう慈しみの世界の中で、
 男の人たちも育まれてきたのだよね。


 結果がすべての社会。それは確かに現実。
 特に、今まで母親的な優しい世界でだけ生きてきた高校生たちに
「これから厳しい現実が待っているぞ、だから負けるなよ」
 とエールを送ることは意義があると思う。

 だけど、世界のもう半分には、
 結果を持たない社会もある。
 途中経過こそを大切にする世界もある。

 それもまた、現実。

|

« 公園散歩便り・番外編4 | トップページ | おとーとの愛娘弁当 »

コメント

僕はサラリーマンとして企業な社会に属しているから
やっぱ理事長の言葉がよくわかるですわ。
「結果こそすべて」
そうじゃなきゃ今の世の中生きていけないのも現実。( ̄ω ̄)

投稿: 沼ぼん | 2008年3月 1日 (土) 21:38

いや、私だって理事長さんの話は納得しながら聞いていたんですってば。(笑) 帰ってからうちの旦那にも話して聞かせたけれど、やっぱり「その通りだ」ってうなずいてたし。
それが現実だし、今の世の中、それがなければ生きていけないのも本当だと思います。

ただ、その論理に当てはまらない社会ってのも、この世界にはあるんだよ。それも身近にね、ということを思っただけです。
そのことも忘れないでいてよね――と。
ま、心の中でひとりごとを言っていた、という程度のことです。
なにしろ、ここは「そっと、ひとりごと」ですから。(笑)

投稿: 朝倉玲 | 2008年3月 2日 (日) 04:27

ご卒業おめでとうございます。
私も昨日は娘の幼稚園のお別れ会
友人の結婚式とバタバタでした(^^;
いや、めでたくていいのですが(笑)。
そこで、社会に出てバリバリ働いている親友(シングル)と
久しぶりに会って話していたのですが
いやぁ~、話が合わない。(苦笑)
「会社で仕事して、サービス残業は当たり前
 (資格のある仕事なので)勉強させてもらってるし」
そっそうなのか?いや現実、サービス残業は私もおおいに
経験しましたが、『勉強させてもらってる』とは思わなかった。
そんなのダメだよと話ましたが
聞いてもらえませんでした。
こんな人間にだれがした~って歌なかったっけ?

投稿: さゆた | 2008年3月 2日 (日) 05:44

ご卒業おめでとうございます♪

「結果がすべて」ねぇ…
確かに大学だってレポートの〆切りは厳守だし、会社だって営利目的なんだし、厳しい世界に向かう生徒たちに「喝!」を入れたいという主旨もわかりますが。
でももう一つ言うなら、「目的は手段を正当化しない」で、数字のために過労死するひとが出るようではおかしいし、頑張ってもできない人の努力という過程をないがしろにするようでもおかしい。
そんな社会、誰にとっても生き難いでしょ?とも思いますね。
高齢化が著しいこれからの社会、いずれみんな、頑張ってもできないことが増えていくのですし、ね。

投稿: よさこ | 2008年3月 2日 (日) 23:38

さゆたさん、よさこさん、お祝いありがとうございます。
昨日は長男と旦那と、この春から通う大学のそばにアパート探しに行っていました。今はネットで物件を比較検討できるので、一度でけっこう良い物件を見つけることができました♪


さて、「結果がすべて」の話。

私としては、本当にこれは真実だと思うんですよね。
社会は結果を出すことが大事。結果を出さなければ評価してもらえない現実は確かにある、と。特に、経済社会はそうだと思います。
ただし、それは世界の半分だよね、と。

結果主義の社会で働いている男性だって、家庭に帰ってまで結果主義をやられたら、大変だと思うんですよ。
奥さんがことあるごとに「あなたの先月の給料は○○万円だったわ。隣のお宅の旦那様より××万円も低いじゃないの。あなた、もっと仕事をちゃんとやってちょうだい」とか「あなたは先月家庭のために△△時間しか自分の休日を費やさなかったのよ。日本の平均的な既婚男性の家事分担時間からみたら、○時間も少ないじゃないの。もっと協力してよ」な~んて言い方をしてきたら?
どんなに一生懸命働いていても、仕事が忙しくて家庭に時間が割けない状態であったとしても、「結果」だけに注目されて、こういうことばかり言われ続けたら、旦那様、逃げ出したくなるんじゃないかと思うんですよね。

とはいえ、ここまで極端ではなくても、本当にこういう奥さんはいるわけで。そういう家庭の旦那様は、本当にうんざりしてるように見えます。(苦笑)

結果主義は、家庭の中にはあまり持ち込みすぎないほうがいいと思うんですよね。子育てだってそうだし、子どもを教育する現場である学校も、やっぱりそうなんだろうと。
だからこそ、今回の卒業式の理事長さんのお話は、学校の卒業式だというのに面白いなぁ、と思ったんです。(笑)

結果主義の社会は真実。
ただし、それは世界の半分。
世界のもう半分は、非結果主義であるべきなんだと思います。^_^

投稿: 朝倉玲 | 2008年3月 3日 (月) 05:07

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 公園散歩便り・番外編4 | トップページ | おとーとの愛娘弁当 »