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2006年12月19日 (火)

年賀状に浮かぶ顔

 年賀状を準備する今の時期になると、決まって思い出す方の顔がいくつかある。ほとんどは恩師の顔。それも、いまはもうこの世を去って、二度と年賀状をいただくことができない先生方の顔……。

 私は自分が直接習ってきた先生方には毎年年賀状を出してきた。中学生になるときからだったように覚えている。小学校を卒業するとき、担任がこんな話をしていたからだ。
「小学校にいる間は、先生、先生と言ってくれる生徒たちも、卒業して中学に行ってしまうと、とたんに年賀状ひとつよこさなくなるものなんだ。特に優等生と言われるような子ほど、そうだったりする」 むしろ、小学校時代、担任の手を焼かせたようなやんちゃな子どもほど、中学や高校になると、「先生、お久しぶりです」と訪ねてきてくれたり、ずっと担任を覚えてくれていたりするから不思議なんだ、と話は続いていたけれど。
 なんとなく、その時に、恩師には毎年必ず年賀状を出そう、と決心したのは何故だったのだろう? 私はいわゆる優等生側の子どもではあったから、優等生でもちゃんと年賀状は出しますよ、という逆説的なプライドに燃えたんだろうか? それもあったかな。だけど……
 なんとなく、その時の担任の話の裏側に、教師の淋しさみたいなものを見たからだったのかもしれない。
 受け持ちの間は、「先生、先生」と慕ってくる子どもたちも、卒業して、それぞれの道に進んでいく間に、どんどん担任のことなど忘れていってしまう。それは当然のことだし、教師側だって、毎年新しい子どもたちに大勢出会うから、やっぱり忘れていく子たちはいるのだけれど。それでも、一生懸命目をかけ、指導して、育ててきた子どもたちから忘れられていくことは、教師にとって淋しいことなんじゃないだろうか。それが宿命だとしても。
 たぶん、あの時、私はそんなものを感じたんだろうと思う。以来、三十年以上、私は、出せる年には毎年必ず、担任と顧問の先生方には年賀状を出し続けてきた。小学6年生の時の担任、中学校3年間の担任、高校3年間の担任と、部活の顧問、副顧問の先生、特にお世話になった国語の先生、大学のクラス顧問の教授と、卒論の指導教官だった教授……。 

 毎年の年賀状には、家族全員の前年の近況を載せるのが、私の年賀状の基本スタイル。それに返ってくる先生方の賀状も、それぞれにスタイルがあって面白い。そして、年月がたつうちに、私の近況には家族の話題が増えていき、一方、先生方からの賀状には、「○○学校に赴任しました」というような内容から、「あと○年で定年です」「定年して今は自宅で悠々自適の生活です」というような内容に変わっていった。
 そして、ある年、突然薄墨色のインクのハガキをいただいたりすることも起きる……。

 中学一年の時の担任は、とても厳しいことで有名だった。私たちは毎日のように叱られていたし、あの頃は、忘れ物などすると平気で体罰もされていた。やんちゃが過ぎた男子生徒などは、毎日のように正座をさせられていたっけ。
 その先生からの年賀状は、現在の教育界について、教育理念のあり方について、裏一面びっしりと文字で埋め尽くされているようなものだった。難しくて、私には半分も意味がわからなかったけれど、それでも、その先生が本当に教育熱心だったことは肌で感じられた。ヨーロッパにも教育研修に行かれたらしい。
 ところが、ある年、その先生から年賀状が届かなかった。その翌年、奥様の名前でハガキをいただいた。前年は主人が病気で入院していたこと、闘病の末、この世を去っていったこと、今はきっと、天国から今の日本の教育界を見て、熱く教育論を語っているだろうこと……が、女性らしい文章でつづられていた。

 大学の卒論の指導教官は、その年の干支の文字を水彩絵の具でハガキに大きく書き、それを背景にして、ペンで新年の挨拶を書いてくださっていた。とても味のある年賀状で、毎年それを見るたびに、教授の顔を思い出していた。
 その訃報はラジオから突然流れてきた。大学からの帰り道、突然曲がってきた車にひかれたのだ。その翌年から、その先生からの年賀状は届かない。最後にいただいた年賀状は、今でもちゃんととってある。「あと一年で退官です。貴女からの賀状を読むと、自分が年をとったのだな、と思います。」ということが書き添えてあった。
 神経質で細やかな先生だった。優しく穏やかな先生だった。年賀状のスタイルや文面と一緒に、そんな先生の顔が浮かんでくる。

 一年に一度だけの年賀状。それで無事を知り、つながっているだけの人たちも大勢いる。
 でも、こんなふうに、賀状と一緒に思い出す顔があるところをみると、年にたった一度でも、やっぱり意味があるんだろうな、と思う。
 出会う人々。別れていく人々。
 出会えたことに感謝して、その消息をわずかに知ることで、出会った人を記憶にとどめ続ける。
 それが――年賀状なのかもしれない。
 
  

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コメント

年賀状どうですか?できましたか?
家の洗濯機なんとか大丈夫そうです。(^^)
私も年賀状しか会えない人が大勢います。
年賀状に「君は会えるのね。」とついもらすほど(笑)
先生方は会ったころの顔しか思い浮かばないので、いつまでも若いです。
子供の小学校で偶然、中学のクラブの先生に会いました。
敬語を使うのがなんとなくおかしくておたがい笑ちゃいました。

子供達は人とかかわるのが苦手ですが、(それはしょうがないと思う)人を信じることはしてほしいと思うのです。
「先生だって人間だ」
「人生は柳のごとくしぶとく生きろ」
色々教えてくれたのは先生でしたね。
雑談ばかり頭に残っているのはナゼでしょう(大笑)

年賀状くん、今年も君が会いに行ってくれたまえ。

投稿: さゆた | 2006年12月21日 (木) 05:39

>色々教えてくれたのは先生でしたね。
>雑談ばかり頭に残っているのはナゼでしょう(大笑)

ホントですねぇ。(笑)
先生としては、もっと別の教えたことを覚えていてほしかったのかもしれないけど、何故だか記憶に残るのは、ふとした弾みで先生が語ってくれた雑談だったりしてね。
でも、その中にその先生らしさが見えていたんだろうなぁ、とも思うんだけど。

>年賀状くん、今年も君が会いに行ってくれたまえ。

なるほどそうだ! 年賀状くんは直接会えるんだ!
ううっ、いいなぁ~……!(爆)
賀状、裏面はほぼできあがりました。
今日は印刷と、住所録の確認です。←賀状もらったときにすぐやっておかないから、これが大変。(^_^;)

投稿: 朝倉玲 | 2006年12月21日 (木) 08:36

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