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2006年10月27日 (金)

兄ちゃん帰宅

1時間ほど前に、兄ちゃんが無事帰ってきました。
うっすら日焼けして、さすが沖縄帰り。
疲れたけれど、楽しい修学旅行だったようです。

兄ちゃん 「サトウキビ畑も見たよ」
母(私)  「わ! どうだった!?」
兄ちゃん 「うーん、どうだったって言われても」
母(私)   「どんなふうに見えた?」
兄ちゃん 「・・・一面のススキ畑」

大受けでした。

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2006年10月24日 (火)

大雨だ

 どわ~。なんかすごい雨です。大雨洪水警報が出ています。
 雨は昨日から、ほとんど降りっぱなし。本降りなので雨量もけっこうなもので、町中を流れる川はだいぶ水量が増えていました。先日の大雨の影響がやっと消えたところだったのに、まただわ……。
 そして、とにかく寒いです。足下に電気ストーブを出して、それでも寒くて半天を着ています。夜までにコタツも出さなくちゃ。

 こんな中、兄ちゃんは修学旅行に旅立ちました。たぶん、飛行機に影響は出ていないと思うのですが。行き先の沖縄の天候が良さそうなので、まあいいかな、とは思いますが、現地に合わせて薄着で出発したので、朝、やたらと寒そうでした。風邪引かなきゃいいけれど。
 一度はいきたや沖縄地方。同じくいきたや北海道。アメリカ、ハワイ、シンガポールは行ったことがあるけれど、まだ国内の海は越えたことがありません。
 兄ちゃん、今頃まだ飛行機の中かなぁ。それとも、そろそろ現地に到着したかなぁ。
 楽しんできて欲しいもんです。

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2006年10月21日 (土)

学習発表会、無事終了

 小学校の学習発表会、無事に終わりました~。
 昇平、とても頑張っていました。群読で、北原白秋の詩「おまつり」を読んだんですが、全体が本当にお祭り仕立てでした。最初に、小太鼓、中太鼓、横笛で本物のお囃子が流れる中(5年生の子どもたちが本当に演奏している!)、 体育館の後ろから、手作り御神輿が2基入場。祭りの大うちわが揺れる中、そろいの赤いハッピ(これも子どもたちの手作り)に豆絞り姿の子どもたちが、それに続いて練り歩いてきて、ステージへ。私は前の方にいたので、昇平の表情もバッチリ見えましたが、しっかりみんなと一緒に詩を言っていました。途中で全員でよさこいを踊り、その後、もう一度「おまつり」を群読。いやぁ、息が合っていて、元気が良くて、見ても聞いても、胸がすーっとするような「おまつり」でした。
 よさこいのような体を動かす事は、昇平は非常に苦手なんですが、ビデオなどを使った練習の成果もあって、まわりと同じようにできていて。(練習の時には鳴子が足りなかったので、鳴子をぱちん、と鳴らす練習はしなかったのに、本番では他の子たちがやっているのを見よう見まねで一緒にやっていた! とドウ子先生もびっくり) 
 昇平の場合は、とにかく「周りの子たちと同じようにできること」自体が、すごいことなので、私もすっかり感心して見ていました。う~ん、本当によく頑張ったねぇ!

 帰宅後してお昼を食べた後、昇平はパソコンで好き放題遊んでいます。いっぱい頑張った後は、いっぱいのんびりしなくちゃね。(笑)
 他の学年の発表も、どれも演出のうまい、とても見応えのあるものばかりで、それも楽しかったです。例年、自分の子どもの発表が終わるとさっさと帰ってしまう保護者がけっこういたのに、今年は最後まで残っている家族が多くて、体育館の中は終わりまで超満員。子どもたちもみんな、ここまで頑張ってよかった! と感じたことでしょう。きっと、みんな今頃、満足感を胸に、それぞれの家でのんびりしているんだろうなぁ。

 ……本当は、この手のネタは「てくてく日記」に載せてきたのだけれど、今、そちらでは「専門家と連携して解決を目ざす」シリーズを連載中で、さっき、今日の分もアップしてしまったので、書く場所がない。ということで、こちらに、はみ出してくてく日記となりました。
 ずっと体育館のゴザの上に座っていて、腰と足は痛くなったけど、んー、満足!

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2006年10月20日 (金)

今週から来週にかけての予定

 行事が続きます。
 明日、土曜日は昇平の小学校の学習発表会。昇平は詩の「群読」と「よさこい」をやります。特に「よさこい」は急きょやることに決まった演目らしくて、最後の数日間は特訓の連続。でも、担任のアイディアあふれる楽しい特訓に、嫌がることもなく練習を繰り返して、とても上手になったそうです。本人、自信満々で明日の本番に備えてます。……あの昇平がねぇ。去年の「組体操」で自信をつけたのね。(笑)

 日曜日は、箏(こと)や尺八の発表会があるので、それを聴きに行く予定。親戚が出るというので。でも、さすがに昇平は連れて行けないなぁ~。

 月曜日は昇平が土曜日の代休。

 火曜日からは、いよいよ兄ちゃんが高校の修学旅行に出かけます。行き先は「沖縄」。今日、お土産をカタログで注文しました。まるで海外旅行。(^_^; で、これ以外に現金でもおこづかいを持っていくわけです。今の高校の修学旅行はリッチだよね~。私たちの頃は、修学旅行と言えば奈良・京都が定番だったのに。学校によっては、韓国やヨーロッパ、アメリカまで行くところもあります。時代が違うわ。
 兄ちゃんの帰宅は金曜日です。沖縄では平和学習をしてくるという話。うん、しっかり勉強しておいで。「修学」旅行なんだからね。

 なんだかんだとバタバタしているうちに、10月も終わってしまいそうです。ああ、チーズケーキもまだ焼けないでいるのに……。
 秋って、何かと気ぜわしいものがありますね。
 私の場合は、年中気ぜわしいのかな?(^_^;

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2006年10月14日 (土)

子どもたちの和太鼓

 今日は土曜日。天気も良いので昇平と一緒に福島駅前まで遊びに出かけました。いつもならば自家用車で目的地まで直行してしまうのだけれど、今回は、昇平の社会勉強も兼ねて、阿武隈急行(あぶくまきゅうこう)という第三セクターの鉄道を利用。目的地と金額を確かめて、自販機にお金を入れて、ボタンを押して切符を買って……。
 とやっていたら、乗車してから、今日10月14日が「鉄道の日」だったことが判明。しまった! 一日乗り放題のフリー切符が600円で買えたから、往復ならそっちのほうが安かったのに!! う~ん、もったいなかった。
 とはいえ、昇平を電車に乗せる機会もめったにないので、やっぱり正規の方法で切符を買わせてよかったんだ、これも授業料のうちさ、と自分で自分を慰めておりました。

 さて、電車を降りて福島駅の東口へ。目的地は西口にあるゲームセンター。昼食は「マクドナルド」、お土産には「ミスタードーナツ」でポン・デ・リングを買って帰る、という予定。おぉ、完璧なスケジュールだわ。(昇平にとっては。爆) 地下の連絡通路を通って西口へ向かおうとしたら……ふいに響いてきたのは大小の和太鼓の音。あ、なにかイベントをやってる!
 実は、私は和太鼓がめちゃくちゃ大好きです。体の芯から揺すぶられるような力強い音を聞くと、もう居ても立ってもいられなくなります。この時も、音に引かれてふらふらと……。
「お母さん、早くゲーセン行こうよー」
 と言う昇平に、
「待って待って。ちょっと太鼓を聴いていこうよ」

 軽快で力強いリズムと笛の音が響いてきます。古典的な和太鼓というよりは、創作和太鼓の雰囲気? メロディが新しい感じがします。白狐のお面をかぶって、舞うように太鼓を叩く数人の奏者たち。合間に「やぁっ!」とかけ声が響きます。――あ、子どもだ!?
 びっくりしました。とても子どもの演奏とは思えないくらい、ぴったりと息のあった演奏です。音も動きも、本当に素晴らしい。力強くて、勢いがあって。
 演奏しながら、やがてお面を外すと、下から現れたのは高校生くらいの男の子たちの顔でした。よく見ると、後ろで太鼓を叩いているのも、わきで小太鼓や笛を演奏しているのも、みんな子どもたち。小学生くらいの男の子も、中学生くらいの女の子たちもいます。うわ~、すごいっ! これはすごいっ!!
 私自身は和太鼓が好きだけれど、そんなに回数多く聴いているわけではありません。ただ、それでも、うまいか下手か、そこだけはしっかりとわかります。この子たちは、本当にうまい。一糸乱れぬ演奏に、ここまでどれくらい練習を重ねてきたんだろう、と思わせられます。
 すると、昇平が
「ねー、お母さん、早く行こうよ。遅くなっちゃうよー」
 たっ、頼むっ! お願いだから聴かせてちょうだいっ!
 幸い、同じイベント会場で無料のポップコーンを配ってくれていて、昇平はそれを食べて、少しの間は静かにしていてくれました。お礼代わりに、近くでやっていた緑の活動の募金箱に100円をチャリン☆

 和太鼓の演奏が2曲目に入りいました。「大和」というタイトルで、日本人の心意気や魂を表現しているのだと解説が流れます。やはり創作和太鼓のようです。これも、やっぱりうまい! もう、泣けてくるくらいじょうずです。
 もちろん、大人の和太鼓と比べれば、どうしても力強さや深みは及ばないかもしれません。でも、その代わり、子どもたちは、これ以上ないほど真剣に演奏しています。全身全霊をかけた真剣さが、太鼓の音、笛の音に乗って、びんびんこちらに伝わってきて、迫力になり、感動を生みます。これはたぶん、高校野球の熱闘に共通する感動かもしれません。あの真剣さこそ、子どもたちの素晴らしさです。
 私のすぐ目の前に「根小屋太鼓」というはっぴを着た男の方が立っていました。腕組みをして、じっと子どもたちの演奏を見守っています。ああ、きっと太鼓の指導をしてこられた方なんだろうな、と、演奏を聴きながら黙って拝見していました。

 ラストの3曲目。だけど、昇平が限界。
「ねえ~、早く行こうったら~! 遅くなっちゃうよ~!」
 しかたなく、後ろ髪を引かれる想いで会場を離れようとしたものの――太鼓の音が響き出すと、やっぱり後ろ髪を引かれて、引き止められてしまった!
「お願いっ! お願いっ! 飲み物買って上げるから、もう一曲だけ聴かせてちょうだい! これが最後なのよ!」
 昇平を拝み倒し、キオスクで超特急でドリンクを買って昇平に渡し、また会場へ駆け戻り……。
 ああ、よかった! 最後の部分だけだったけれど、3曲目も聴けた!
「ありがとうございましたっ!」
 演奏を終えて爽やかな声で挨拶をする子どもたちに、心から拍手を送りました。

 今日明日の二日間、福島駅周辺では「いきいきふくしま元気UP!フェスタ2006」というのをやっています。和太鼓の演奏は、その中のイベントのひとつだったわけです。
 電車で駅前に行くと決めたのは割と急なことだったので、そんなイベントをやっていることもまったく知らなかったのですが、本当に、思いがけず素敵なものを見て(聴いて)しまいました。
 やれやれ、やっと動いてくれたよ、と言いたげな昇平と連絡通路に向かいながら、心の中は、思いがけないお土産をもらったようで、ほっこりと暖まっていました。
 また機会があったら、あの子たちの演奏を聴きたいなぁ。(*^_^*)

Taiko1 ←携帯で撮った写真なので映りは良くありませんが、こんな感じ。写真をクリックすると少し大きくなります。


 
 

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2006年10月13日 (金)

縄文パンが進化したら~銀嶺食品「穀福」~

 ローカルな話題になりますが、福島県福島市には銀嶺食品というパン工場があります。創業が1953年と言うから、もう50年以上にもなる老舗ですが、ここで、5年ほど前から国内産の小麦や雑穀、魚醤、自家製酵母、地元の水などを材料にした「地ぱん」作りをしています。今日、ご紹介するのは、その中でも私が気に入っている「穀福」という雑穀パン。こちらがその写真です。

061013_12321 材料を見ると、次の八種類の雑穀。ハトムギ、もちきび、もちあわ、アマランス、押麦、玄ソバ、黒ゴマ、玄米胚芽。パッケージにはこんなことばが書かれています。
「縄文時代にも焼かれていたという日本のパンが途切れることなく進化していたらこんなパンに違いない!」
 うんうん、なるほどー、とうなずきたくなるくらい、とても素朴なパンです。バターやクリームをたっぷり使った、ふわふわパンを食べ慣れている人は、ちょっと驚くかもしれません。見た目は、ぺちゃんこの固いおまんじゅうみたいですし、味も実にシンプルです。なんてったって砂糖の甘みが全然ない!
 これをオーブントースターで1分くらい温めます。表面がかりっとして、中が温かくなったところをちぎって食べると、なんとも言えず素朴で力強い味がして、美味しい! 雑穀の香りが香ばしくて豊かです。
 魚醤などを使った和風パンだからか、和風のおかずと相性が抜群。今日の昼食にも、これに「おから」と「味噌汁」を添えて食べましたが、非常に美味しかったです。みそ味や醤油味のものと相性がいいようです。直径10センチ足らずの薄っぺらいパンを2個食べただけで、もうお腹がいっぱい。満足ー。

 実は少し前のこと、図書館から「大昔の暮らし」という絵本を借りて昇平に読んでやっていたのです。その中には縄文人の暮らしぶりも描いてあって、もちろん想像図ですが、ドングリなどをさらしてアクを抜き、粉にひいてパンやクッキーを作った絵がありました。それがなんだかとても美味しそうに見えて、「縄文パンってどんなものなんだろう?」「ドングリクッキーってどんな味だろうね」と、ひとしきり昇平と話し合って。
 そうしたら、生協のチラシに縄文パンならぬ雑穀パン「穀福」が載っていました。もしかしたら、縄文パンってこんなもの? と思いながら注文して、袋に書いてあるとおり温めて和風おかずといっしょに食べてみたら、これが美味しい! 先にも書きましたが、余計な甘さや脂っこさのない素朴な味わいです。すっかり気に入って、今回二度目の注文をしてしまいました。写真はそうして届いた「穀福」。お昼に2個食べてしまったので、4個しか残っていません。(笑)
 ちなみに、水分の少ないパンなので、必ず汁気のものは必要です。私は牛乳と味噌汁と一緒に食べましたが、スープに浸したりしても美味しいようです。

 先日の地方紙には、ここの社長が取り組む「地ぱん」プロジェクトに感動した、やなせたかし氏が、無償で「地ぱんマン」というキャラクターを会社に寄贈したというニュースが載っていました。
 http://www.fukushima-minpo.co.jp/news/kennai/20060914/kennai-20060914100113.html

 これを読むと、本当にいろいろな想いをこめて作られているパンのようだけれど、食べてみての私の感想は、本当に一言に尽きます。
 「こんなパンだって、あっていい!」
 ふわふわリッチなパンだけがパンじゃない。こんな素朴なパンだって、あっていい。他のパンにはない味わいがあって、独自のおいしさで素敵だよね。
 この雑穀パン。ダイエットや便秘解消にもいいんじゃないかな、なぁんて、密かに期待していたりするのですが、さて、どうかな……?(笑)

☆銀嶺食品 八種の雑穀パン「穀福」(こくふく)

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2006年10月12日 (木)

ネガティブの肯定

 午前中、昇平のことで病院のカウンセリングに行ってきた。主に学校でのことの相談。具体的な話は、後日「てくてく日記2」のネタにするけれど。(笑)
 そこで心理士の先生にアドバイスされたのが
「自分の感情をしっかり認識することが、自分の感情をコントロールしていく上でまず必要です」
 ということ。昇平君の場合、まずそこから始めるべきですね、と。

 確かにその通りだなぁ、と思いつつも、ふと、「これって、私たち自身にも言えるんじゃ?」と考えていた私。
 喜怒哀楽くらいなら、もちろん、ちゃんと自覚できているけれど、もっと複雑な感情だったらどうだろう? 恨みつらみとか、憎しみとか、ねたみとか……あるいは、つらいとか苦しいとかしんどいだとか、そういうネガティブな感情については? 感情を認識する以前に、自分自身も周囲の人間も、そういうものは意識しないように、ないものとするように働きかけてはいないかなぁ、と。

 もちろん、そういうネガティブな感情に巻き込まれてしまうのはつらいし、それで周囲の人たちを不愉快な思いにするのは良くないのだけれど、でも、そこに「ある」感情を「ない」としてしまうのは、やっぱり良くないんじゃないかな、と思った。
 つらいことはつらい。悲しいことは悲しい。そして、我々はたくさんのものを抱えながら生きているから、しんどいときにはしんどくなるし、落ち込むときだって必ずある。そんなふうに、自分のネガティブな状態もありのままに認めることは、きっと、とても大事なことなんじゃないか、と感じたのだった。

 悲しみは確かに「ある」。苦しみも間違いなくそこに「ある」。
 ただ、そのことを嘆いているだけでは悲しみも苦しみも変わらないから、「ある」ものは「ある」として、その先をどうするかと考えていくことなんだと思う。あるものを「ない」としていたら、いつまでたっても、その先を考えることはできないものね。――とまあ、これは常に前向き思考の私の言い分のわけだけど。(笑)
 でも、そんなポジティブな私でさえも、やっぱり内側にはネガティブなものを持っていて、それをきちんと認めなければ前には進んでいけないんだよね。これは、私自身が最近自覚するようになってきたこと。

 つらい時はある。悲しいときも苦しいときもある。涙を流すときだって、人を恨むときだって、それはあるさ。人間だもの。
 それはそれでいいんだと思う。そんな自分を反省したり、責めたりする必要はないんだ。
 ありのままの自分をありのままに見つめて、そして、目を上げたときに、きっと先に続く道が見えてくるし、その道は今より明るい場所に続いているんだろうと思う。
 きっと――必ず。

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2006年10月11日 (水)

オレンジババロアに挑戦

 お昼ご飯を食べ終わりました。ふー、おいしかった。
 って、別に大したもの食べたワケじゃないですけどね。普通に、ご飯とお味噌汁と朝作ったモヤシの炒めものとメカブとろろ。ただ、デザートに、一昨日の夜、昇平と作ったオレンジババロアを食べたんです。ダイエット中なのでほんの少しだけ。(笑) でも、一口だけでも、こういうのって不思議と満足感あるんですよねぇ。
 今回のババロアは、本格的に作りました。リング型にまずオレンジゼリーを作って、そこに缶詰のミカンを並べてまたゼリー液を並べて、それがかたまったところに、オレンジゼリー液と泡立てた生クリームを合わせたババロア生地を流し込んで……で、一晩、冷やし固めて。
 出来はどうだったか?
 はい、見事に――ババロアが固まりませんでした。(爆)

 ババロアを本格的に作ったのは今回が初めてでしたが、ちょろちょろ参考書(料理の本)などは見ているので、ある程度のポイントは知ってました。ババロアのコツはゼリー液とそこに合わせる生クリームの濃度を同じにすること。これがうまく行くと、なめらかで綺麗なババロア生地になるし、濃度が違うと冷やし固めるうちに、ゼリー液と生クリームが分離してしまう。もっとも、これをじょうずに利用した、簡単オレンジムースゼリーなんてレシピもあるんですが。
 で、濃度に関してはとても意識していたので分離することはなかったんですが、何故だかババロアが固まらない。

 何故だか――いいえ、原因はわかってます。
 昇平が、お手伝いしながらゼリーを食べてしまったから!(笑)
 ゼリー液を生クリームと同じ濃度にするには、ボールを氷水に当てながらかき混ぜなくちゃいけないんですが、スピードが遅いと、ボールの底でゼリーの膜ができてしまうんですね。それを、昇平が喜んですくって食べちゃった、というわけ。途中で気がついてやめさせて、残りは液に混ぜ込みましたが、ゼリーはつぶつぶ状で液の中に混ざっておりまして、結果として、生クリームを固める力が足りなくなった、というわけです。
 まあ、味は上々だし、細かいゼリー入りのオレンジクリームを添えたオレンジゼリーだと思えば、大変おいしいデザートなんですが。(爆)
 昇平には、しっかり味見をさせて、その原因も教えました。
「だ・か・ら、あそこでゼリーをつまみ食いしちゃダメなんだよ!」
「はひ (はい、ではなく、何故か、はひ)、わかりました」
 と殊勝に返事したから、次は大丈夫かなぁ? うーん、でもそれ以前に、もっと手早くゼリー液をかき混ぜることを教えないといけないかなぁ。
 まっ、失敗は成功の元、ってことで、次回に期待しつつ再チャレンジだわ! うまく行ったら、ここにまたレシピを載せますね。

061011_1257 ←つぶつぶ入りオレンジクリームを添えたオレンジゼリー♪(笑)

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2006年10月 9日 (月)

インターネット内弁慶

 ときどき、つらい、というか切ない気持ちになることがある。
 誰かから「ぜひご参加ください」と活動や集まりに誘われるとき。知人友人からお茶のみにおいで、と招かれたとき。最近だと親の会関係の学習会などでも同じ気持ちになることがある。
 行きたい、参加したい、ぜひ学びたい。そういう気持ちは山々だけど、出かけることができない私の状況……。
 私は専業主婦だけど、普通の主婦よりもなかなか外出しにくい状況にあるのだ。

 何故、と問われれば、そういう家庭環境にあるから、と答えるしかない。障害を持つ子がいるから、家族がいるから、私が嫁の立場だから……。「今時そんなこと言って」と笑う人もいるのだけれど、こればっかりは、同じ立場になってみてもらわなければ分からない。もっとも、私と同じこの場に立って、私と同じようにここに居続けられる人はどのくらいいるだろう、とは思うけれど。たぶん、大多数の人は、とっくの昔に同居解消か離婚をしてるだろうなぁ。(苦笑)
 普段の買い物や学校への送迎はともかく、それ以外の外出となると、相応の「家族への相談」と「段取り」が必要になってくる。急に誘われたって、「はい、それじゃ行きましょう」というわけにはいかないし、ずっと以前から話を持ってこられたって、やっぱりその時が近づいたら、都合が悪くなって参加できなくなった、ということはしょっちゅうある。
 それじゃ、朝倉さんの家にこちらから出かけて行きましょうか? ――ごめんなさい、それは私が出かける以上に「相談」と「段取り」が必要なんですぅ。(汗)

 というわけで、本当に「出かけること」が難しい私。でも、これは今に始まったことじゃない。ずっと昔からそうだった。だからこそ、私はインターネットに夢中になって、ホームページをつくった。家にいても、パソコンに向かえば日本中、いや、世界中の人たちとつながれる、情報が手にはいる、私の伝えたいものを受け取ってもらえる。インターネットがなかったら、私はおかしくなっていただろう、と本気で思う。
 でも、そうやって作ったホームページは、当然のことながら、通常以上の内容になる。なにしろ、私の全勢力を注ぎ込んでしまっているから。それを見て話を持ってくる人もいる。「ぜひ集まりにご参加ください」「これだけのホームページを作っているならば、外に出て、この活動にもぜひ」。
 それができないから、こういうホームページを作ったんです。本当にごめんなさい!(平謝り)

 というわけで、「インターネット内弁慶」な私。
 ここにこう書くと、身近な人たちが心配しそうだけれど、本当に、これは今に始まったことじゃない。もう、ずっとずっと昔からそうだったこと。
 今までも、なんとかかんとか段取りつけながら、少しは出かけていたのだから、これからだって、何とかかんとか少しはそんなふうでいられるでしょう。来年の夏だって、仲間たちがやると言えば、なんとか工夫をして学会にもまた出かけていくことでしょう。普段の憂さはネットで発散しながら、明日も明後日もそうやって生きていくことでしょう。
 だから、心配しなくていいんです。これは、私が背負っている荷物だから。背負って生きると決めているものだから。
 ただ、私がそういう環境にあって生きているのだ、ということさえ分かっていていただければ……。
 申し訳ないけれど。

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2006年10月 6日 (金)

人生という旅の荷物

 最近つくづく思うこと。
 人の人生ってのは、本当に旅する道に似ている。それぞれが荷物を背負って、自分の足で歩いていく道。
 その人が背負う荷物は、人によって違っている。種類も、中身も、重さも大きさも。そして、それを背中にする人の背負う力も、それぞれに違っている。
 小さな荷物でも苦しくなってふうふう言う人がいる。大きな荷物をいくつも抱えて、それでも平気そうな顔で歩いている人もいる。小さな荷物にあえぐ人は、「それっぽっちのことで音を上げるな」と叱られて、大きな荷物を持って軽々と歩いているような人は「あの人は強いから安心して任せておけるね」などと言われて。
 でも、こうも思う。
 比較してみれば小さく見える荷物でも、その人にとっては自分に背負えるだけの精一杯の荷物かもしれない。もしかしたら、すでにその人の許容範囲を超えてしまっているのかもしれない。
 大きな荷物を持つ力を持つ人は、だからこそ、人よりより多くの荷物を抱えざるをえなくなるのかもしれない。一人で抱えて歩けてしまっても、やっぱり一人で行くのはしんどいな、と感じているのかもしれない。
 人生の旅路の荷物は、他人とは比較できない。
 
 自分で歩くしかない道。自分で背負うしかない荷物。
 だけど、そばに来て、励ましてくれる人がいたら。やっぱり同じように荷物を背負いながら、すぐそばに見える場所を一緒に歩いてくれる人がいたら。
 それだけで、人は勇気づけられることがあるんじゃないだろうか? 疲れ切った手足に、またほんの少し、元気と力が戻ってきたりはしないだろうか?
 そして、もう少しだけがんばって歩いているうちに、力弱かった人も、以前よりは少したくましくなれるのかもしれない。いつの間にか、自分の荷物くらいはなんとか抱えられるようになっていくかもしれない。
 強く見えていた人は、荷物の山に押しつぶされてしまう前に一息入れられるかもしれない。立ち止まって、荷物を背負いやすく配分する余裕が生まれるかもしれない。

 人生の旅は一人旅。だけど、やっぱり道連れが欲しい旅。
 その時々で、そばを歩く人は違っていても、一人ではないことを感じ続けることができたら。
 きっと、この長い旅路も最後まで歩き通すことができるんじゃないか、と……

 そんなことを、本当に、最近よく思う。

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