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2006年4月30日 (日)

十七歳

 兄ちゃんは高校2年生。誕生日が来れば17歳になる。
 朝食の後、台所に残っていた旦那に聞いてみた。
「17歳の時、あなたは何してた?」
「高校2年の時か……? 囲碁やってたな」
 ああ、そう言えば高校の時、囲碁が好きな友人や先生と囲碁同好会を作ったって言ってたっけね。
「私はね、高校2年の時、国語の先生の指導で県文学賞に詩集を応募してたよ。もちろん賞は取れなかったけど、最終選考までは残ったんだよ」
 考えてみれば、あの頃にはもう、今の自分にとても近い自分になっていた気がするなぁ。そして、ふと気がつく。
「その2年後には、あなたはもう、私と出会っているわけだよね。大学で。考えてみれば、けっこう早いよね」
「そういやそうだな。ただ知っているだけっていうことなら、人生の半分はもう、一緒にいるんだよな」
「長いよねぇ、私たちのつきあいも」
「そうだな」
 なんとなく、しみじみと旦那とうなずきあってしまう。


 県文学賞に応募した詩集のタイトルは、それこそ「十七歳」だった。
 そこに載せた作品に、こんなものがあった。

    「ハート」

   ぼくらのハートを叩いてみると
   クウキョ、クウキョと音がする。

 大人でもない、子どもでもない、とても中途半端な時代だった。先が見えなくて、自分自身も見えなくて、とてもあやふやで、だけど、自由で面白い時代だった。
 そして、その時間をくぐり抜けたところで、私は一生のつきあいになる人と出会った。……まあ、出会った当時は、まさかその人と結婚することになろうとは、夢にも思っていなかったけれど。(笑)

 人生なんて、本当に先は見えない。誰も、何も保証はできない。
 だけど、迷いの時代の先には、思いがけない出会いがあるかもしれない。それは恋人や伴侶とは限らなくて、人生の師だったり、大切な友人だったり、忘れられない人だったり。そんな人たちと出会っていく中で、ハートは次第にクウキョな音を忘れていったのかもしれない。少しずつ、からっぽだったハートの中に、何かを注ぎ込んでもらったのかもしれない。
 十七歳は、確かに不安定な時代。十七歳の凶行なんて言われてしまうことさえあるほどに、本当に危なっかしい時代かもしれないけれど。
 今、その時期のまっただ中にさしかかろうとする兄ちゃんを見るたびに、テレビや新聞でその年代の痛ましい事件を見るたびに、こんなことを考えてしまう。もうちょっとだけ、我慢してみたら? その先に、もしかしたら、何かが待っているのかもしれないから――と。

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コメント

17歳と言えば、玲にゃんと出合ったのもその頃だわね。
(早生まれなので・・笑)
人としての基本的なものはその頃にできあがってしまうのかも。大事な時期だね。
まあ、精神年齢はその頃から変わってない(進歩していない?)気がするσ(^^)

投稿: さーにゃん | 2006年4月30日 (日) 14:13

そうそう。さーにゃんと出会ったのも、ホントこの頃だったね。
一生の友達になれる人と出会えるのも、この頃にようやく、という気がしますねぇ。
私は小学、中学と転校が多くて、なかなか長いつきあいの友達ができなかっただけに、なおさらそう思うのかもしれないけど。

多分、中身は17歳の頃にはほとんど完成していたんじゃないかな。
あとは経験値が上がっていくだけ。(笑)
ああ、そうか。だからこそ、その時期以降に出会った人とは、一生のつきあいになったりするんだー。なんか納得したぞ。(笑)

投稿: 朝倉玲 | 2006年4月30日 (日) 14:30

こちらでは初めまして。登竜門から来ました水芭蕉です。
朝倉様の家のお兄ちゃん。私の妹とまったく同い年なことに妙なシンクロニシティを感じてカキコさせていただきます。
17歳と言えば私はそこら辺から感情的に転落の一途を辿っていったような気がします。高校入るまでは満たされていたのですけれどね。多感で不安な時期に信じてたものが全部「偽者でした」なんて言われたら正直洒落にならないのです。最初の書き込みがこんなんで申し訳ありませんでした;

投稿: 水芭蕉猫 | 2006年4月30日 (日) 23:07

いらっしゃいませ、水芭蕉猫様。コメントありがとうございました。

17歳に象徴されるあの時期は、正直、全然楽しい時代でも美しい時代でもありませんでしたね。古い歌にありますが、「青春時代が夢なんて、後からしみじみ思うもの。青春時代の真ん中は胸にトゲ刺すことばかり」と言うとおり。当時は、しょっちゅうこのフレーズを思いだしていたものです。(笑)
私は15の春から18で高校を卒業するまで親元を離れて、祖父母の家に下宿していました。家が転勤族だったので、高校に入る関係上そうしたわけですが……。おかげで、いやでも自分のあり方、自分と家族のあり方を見直す羽目になりました。他にも、いろいろあった時期でしてね……。まあ、有り体に言えば、それまで信じていたもの、こうだと思っていた子ども時代のものを、根底からすっかり覆された、というところでしょうか。「偽物でした」とまでは思いませんでしたが、かなり根っこの部分から、すっかり見直さなくちゃならない羽目になりました。
だから、ハートは「クウキョ」だった。そこから、また一からのスタートを切らなくちゃいけなかったんです。

でも、うちの兄ちゃんを見ていると、17歳という時期は、そう言う時代なのかもしれないなぁ、とも思います。多分、彼もそれまで思っていた「親」「母親」のイメージ像を、別の目で見直して、塗り替えているのかもしれません。母が、これまで思っていたような「素晴らしい」人間などではなかったことも、きっと(いえ、絶対に)感じていることでしょう。
だからこそ、不安定になるのだけれど、子ども時代を精算して、また生まれ直すのが、この時代なのかもしれません。たったひとりで。ありのままの自分自身で。
それが親離れ、子離れということなのかもしれない、とも思っています。

投稿: 朝倉玲 | 2006年5月 1日 (月) 05:08

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