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2006年1月31日 (火)

ことば

思い出してみたいね。
優しいことば、力強いことばの数々。

ことばは不思議なものだから、
人を傷つけるものもことばなら、
人を癒し、勇気づけるのも、やっぱりことば。
思い出すならば、元気になれることばのほうがいいよね。

聞かせてほしいな。
嬉しかったことば、力をもらえたことばの数々。

ことばは不思議なものだから、
心の中で思い出す、それだけで、
時を越えてまた、
同じ力を与えてくれるから。

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2006年1月30日 (月)

お兄ちゃんと卓球

昨日は、地区の町内会対抗卓球大会だった。
お兄ちゃんは中学生時代、卓球部だったが、元を正せば、この大会に出場するおばーちゃんの練習にくっついていって、集会所の卓球台で遊ばせてもらっていたのがきっかけで、卓球が好きになったような気がする。今はもう、おばーちゃんは大会にでることはできないけれど、それに代わって、お兄ちゃんが選手として出場するようになった。
とはいえ、お兄ちゃんも高校に入ってから卓球をやっていない。部活動をする時間がないのだ。1年間のブランクに腕はなまり、本人も「今年はもう大会に出ない」と言っていた。
ところが、練習に顔出ししてみれば、やっぱり大人たちがかわいがってくれるし、選手のなり手も少ないので、結局は大会に出ることになってしまった。
で、その結果。
団体戦は3回戦で負けてしまったものの、個人戦で出場したダブルスで組んだ相手にも恵まれて、なんと優勝してしまったのだ。親睦が目的でも、実は県大会や国体まで行って上位に入賞したことがある、なんて卓球OBが何人もいるこの地区。その中で高校生が優勝したものだから、ちょっとした人気者になっていた。

……とまあ、ここまでは、親バカの自慢話。(笑)
ここからは、ちょっとばかり、母親としての想い。

今回、私はお兄ちゃんが卓球の試合をしているところを、初めてまともに見ることができた。
中学3年間、ずっと卓球部でがんばっていて、何度も試合もあったというのに、私は一度も応援に行かなかった。否、行けなかった。
平日の大会なら、昇平のお迎えの時間が引っかかってきたし、土日の試合の時には、昇平を一緒に連れて行けなかった。昇平が応援席でおとなしくしているなんてのはまず不可能だし、じーちゃん、ばーちゃんに子守を頼んでいくのも、負担が大きすぎて気の毒。旦那はあの頃、土日も仕事だった。そんなわけで、本当に、ほんとうに、一度もお兄ちゃんの試合を見てあげることができなかったのだ。
今回、初めて間近で見たお兄ちゃんは、なんだか普段とは違って見えた。
最初の1セットこそ、調子が出なくて落としたけれど、その後は顔つきも別人のように厳しくなって、圧倒的に勝ち進み、待ち時間にはずっと壁打ちをしてコンディションを整えていた。
確かに、一年間のブランクは大きくて、勘や技術は確実に落ちていた。でも、これからも練習次第でもっと伸びる力があることは、素人の私が見ていてもわかった。
部活動ができない高校に入れてしまったことを、親として、本気で後悔してしまった。

いや、結局二つのことを一度にはできない子だから、「勉強か卓球か」の二者択一で、「勉強」を取るしかなかったのだし、将来を考えれば、やっぱり勉強は大事になってくるのだけれど。
でも……親は欲張りだから、「部活動もやらせてあげたかったなぁ」と、どうしても考えてしまう。
いや、県大会で上位入賞したり、国体に行ったり、なんてのはとても無理だったと思う。でも、部活動の良さは成績だけじゃないし、自分の持っている力も伸ばしたかっただろうし。
「どちらか」しか選べないというのは、つらいよなぁ、と本当に思った。

ただ、ひとつだけ、以前と違った部分も見つけた。
不利な状況になっても踏ん張る精神的な強さは、現役時代よりも間違いなく強くなっていたのだ。
中学の頃、試合で実力を出せずに負けることが多かったのは、プレッシャーに弱くて、ちょっとでも押されてくると、とたんに気持ちから負けていったから。
もしかしたら、毎日厳しい学校生活を送る中で、精神的にタフになってきているのかもしれない。

高校の間は無理でも、大学生や社会人になってから、また卓球を始めてくれたらいいな、と思う。
試合に勝つことだけでなく、スポーツをすることの楽しさとか、そこから得られるさまざまなことを、ぜひ経験していってもらいたいな、と。そして、経験を積み重ねて、素敵な大人になっていってほしい。
普段は昇平に手がかかっているけれど、お兄ちゃんだって、大事な私の息子だから。

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2006年1月28日 (土)

「時効警察」・2

昨夜の「時効警察」もなかなかおもしろかったです♪
というか、あのドラマ自体が、すごくおもしろい作り方。奇妙なきてれつな、という言い方してもいいかもな~。(笑)
全体に、制作サイドのマニアックなこだわりが見えて、「なんかホントに『クウガ』みたいだ~」と旦那と笑ってました。

登場人物、特に脇役のキャラクターがかなりデフォルメきついんだけど、先週よりは今週のほうがおとなしかったな。一番まともな性格しているのが犯人ってのは、なんとも。(笑)
で、今週のストーリーは、確かに犯人に同情できる部分があって、けっこうおもしろかったりして。(笑)
コメディなんだけど、全体どの場面も事件に関わる内容を含んでいて、一瞬も目を離せない感じ……とは、旦那の評です。いや、誉めすぎのようだけど、実は本当。
オープニングもエンディングもカットして、ストーリーを時間いっぱいいっぱいまでぶち込んでいるってのも、なんかすごい。配役のテロップも流れないもんねぇ。あの時間帯でなければ作れない作品だわ、絶対に。(爆)

それにしても、オダギリ ジョーはやっぱりうまい。はまり役。
あのドラマ自体、最初からオダギリさんをイメージして作っているんじゃないかしら。あの人以外の霧山さん(ドラマの中のオダギリさんの役)って、想像がつかないもの。
なんにしても、毎回呆気にとられつつ、楽しんで観ています。(笑)
来週も観よっと。

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2006年1月26日 (木)

焼きおにぎり

 焼きおにぎり、と聞くと、皆さんはどんなものを想像するのだろう?
 私の脳裏に真っ先に浮かんでくるのは、残りご飯を丸めて網で焼いて、醤油を塗った焼きおにぎり。食べたときの食感というのだろうか、歯ごたえや、焦げた醤油の香ばしい味までよみがえってくる。食べた場面まで浮かんでくる。私が5歳くらいの時の記憶だ。
 当時、私たちは古ぼけた木造の社宅に住んでいた。父は銀行員で、その銀行の独身寮が、社宅の入り口に建っていた。私や3歳になる妹は、ときどき寮に遊びにいっては、寮のおばさんやお姉さんたちとしゃべったり、遊んだりしてもらっていた。
 ある日、家の前で遊んでいると、寮のおばさんが「ちょっと、ちょっとおいで」と手招きして、私と妹にひとつずつ手渡してくれたのが、醤油を塗った焼きおにぎりだった。寮の夕飯の支度をするのに、釜にご飯が少し残っていたものだから、それでこしらえてくれたのだ。初めて食べた焼きおにぎりは、堅くて、焦げたところがちょっぴり苦くて、なんだか不思議な味に思えた。そして、その日の夕食、私と妹は、ちっとも食が進まなかった。
 「何か食べたの?」と尋ねる母に、寮母さんに焼きおにぎりをもらった話をすると、母は「あら、そう」とがっかりいたような顔をした。せっかく支度した夕食を子どもたちに食べてもらえなくなったからだ、と私は即座に悟って、自分が、とてもまずいことをしでかしたような気がしてしまった。
 その後も、ときどき寮のおばさんは残りご飯で焼きおにぎりを作ってくれた。でも、それ以来、私は絶対それを受け取らなくなった。どんなに勧められても、「いらない」と首を振って、それでも手渡されると、全部妹にやってしまった。妹は「焼きおにぎり、おいしいね」と喜んで食べていた。
 そんな私の様子を母は見ていたのだろう。後になって「くれるというなら、もらって食べていいのよ」と言ってくれたけれど、どうもそれ以来、焼きおにぎりは私にとって禁断の味というか、食べてはいけない食べ物になってしまったような気がする。今でも、醤油味の焼きおにぎりを見ると、とたんに当時の罪悪感がよみがえってくるのだから、幼い頃の思い出というのは、なかなか根深いものらしい。もちろん、だからといって、絶対食べられないわけではないし、その気になれば自分で作ることだってあるのだけれど。(他人に食べさせるために。)

 ところで、我が家のおじーちゃん(旦那の父)は焼きおにぎりが大好きだ。それも、醤油は絶対不可。味噌をたっぷり塗って、こんがりあぶったのが、おじーちゃんにとっての焼きおにぎりらしい。
 おじーちゃんのリクエストでスーパーから味噌焼きおにぎりを買ってきたら、おじーちゃんが文句を言った。
「なんだか全然うまくないな、これは」
 ただにぎりめしを作って、味噌を塗ってちょっと焼いただけだ、と言うのだ。
 おじーちゃんのお好みは、おにぎりを網でこんがり焼いてから、味噌を塗って、さらに軽くあぶったもの。手間がかかるから、売っている焼きおにぎりは普通そこまでやらないのだ。
 それがおじーちゃんの幼い頃の思い出の味なのかぁ、と思っていたら、あるとき、おばーちゃんが言った。
「じいちゃんの時代に、そんな手の込んだものは作らないわよ。親たちはみんな忙しかったんだから、焼きおにぎりだって作らなかったわよ。おにぎり握って、味噌を塗って、それで終わりってのが普通だったの。おじーちゃんが言う焼きおにぎりは、あたしが作って食べさせてあげたものなのよ」
 なーるほどね。
 でも、おじーちゃん好みの焼きおにぎりが、実はおばーちゃんの焼きおにぎりというのは、なんだかほほえましい。普段はしょっちゅう口げんかしたり、文句を言い合ったりしている二人なんだけど、やっぱり夫婦は夫婦ってことなんだろうなぁ。

 焼きおにぎり。
 あなたには、何か思い出がありますか? 

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2006年1月24日 (火)

「フルート・3」連載開始!

わーいっ! やっと連載が開始できたー!!
心優しく勇敢な少年フルートと仲間の子どもたちの冒険活劇ファンタジー「勇者フルートの冒険」第3話改訂版が、いよいよスタートでございますー。
嬉しいものだから、ちょっとハイテンション。(笑)

今回の物語は、前作「風の犬の戦い」から半年後、という設定になっています。
この改訂版は、ひとつの大きな作品にするにあたって、あちこち設定をいじったので、季節はオリジナル版と大きく変わって真冬になっています。(あっちでは春の設定) 雪の降り積もる1月。いや、なんともリアルタイムで書きやすかったです。(笑)
子どもたちの年齢も上がりました。フルートは13歳、ゼンも間もなく13歳、ポポロは12歳です。ポチはまだ誕生日が来ないので9歳のままですけどね。

実を言えば、小さい子向けとはいえ、ひとつの作品として書き上げたものを、新しく書き直すというのはかなり大変な作業です。
もともとのストーリーを生かしつつ、新しく付け加えたり発展させたり、ときには、まるで違う解釈をして書き直すことさえあります。この作品の読者は小学校高学年以上に設定してありますが、ファンタジー好きな大人たちまでも含めて考えているので、ただ元のストーリーを詳しく書いただけではつまらないだろう、と思うからです。
私自身も、ひとつの大きな作品にするためには、やっぱりいろいろ新しいことを考えて、書き加えて行かなくちゃなりません。本当は、まったく新しい作品として書いた方がよほど楽なのです。
だけど、何故あえて改訂版にこだわるか?
だって、フルートたちは確かに「そこ」にいて、昇平や他の子どもたちと一緒に、天空の国で、海で、北の大地で、冒険と戦いを繰り広げてきたから。それをすっかり捨て去って、新しい物語にしてしまうのは、あまりにも私自身が残念だからです。
大人も楽しめる物語にしたいけれど、やっぱり、子どもたちが読んでくれたからこその「フルート」だったのですもの。

とはいえ、改訂版は本当にもう、小さな子どもたちには難しくなっています。
非常に長いので、読み聞かせるのも大変でしょうね。物語好き、ファンタジー好きな大きな子どもたちなら、自力で読んでくれるでしょうけれど。
オリジナル版を楽しんでくれた子どもたちが、将来、登場人物たちと同じように成長して、改訂版の「フルート」も楽しんでくれるようになるといいなぁ、と夢見ています。
対象年齢が上がった分だけ、オリジナル版には入れられなかったような心理描写や隠れされたストーリーも出てきます。チャンチャンバラバラの戦闘シーンだけでない、そんなものまで楽しめるようになってくれたら素敵だな、と思います。
もちろん、大人の読者の方たちにもぜひ楽しんでもらいたいです。
読んだ方の反応が気になって、公開するときには、いつもすごくドキドキしています。こればかりは、何年たっても全然変わりませんね。(苦笑)

「フルート・3」改訂版を書くために、私はこのところずっと朝4時起きしていました。前にも書いたけれど、邪魔が入らなくて大変良いです。ただ、その分、夜は早々と眠くなってしまうんですが。
連載が終わるまで、当分早起き早寝の生活が続くんでしょうね。(笑)

とにもかくにも、「フルート・3」の連載がスタート。
まだ全然読んだことがなくて、「読んでみようかなぁ~?」なんて思われた方は、左のリストのINDEXから、「始まりの物語」をお読みになってみてください。
長さも手頃なので、読みやすいんじゃないかと思います。

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2006年1月23日 (月)

CHANT(詠唱)

まだ、自分が何者かも、何をするのかも皆目見当がつかなかった頃、
私はしょっちゅう考えていた。
私は明日死ぬんじゃないか、と。

自分で自分の命を絶つ気はさらさらなかった。
けれども、自分で見つめる自分自身は
あまりにもちっぽけで、あまりにも取るに足りなくて
こんな人間は生きている価値もないんじゃないか、と
本気で私は考えていた。
夜、眠りにつくときには
明日の朝、自分は目を覚まさないんじゃないかと思った。
それが世の中のためなのかもしれない、と。
だけど、朝が来るたびに、
やっぱり私はいつもと同じように目を覚ました。

地球の自然をむしばんでいく人間である自分。
他人を傷つけて生きているエゴイズムな自分。
人の役にたつ力もないのに、
素晴らしい何かができるわけでもないのに、
死にたくなくて、あさましく生き続けるこの自分。
そんな自分自身が悲しくて、苦しくて、
誰かに罰を下してもらうことを待ち続けていた、あの頃。
だけど、やっぱり誰も罰は下さず、
私は死ぬこともなく、今日まで生き続けてきた。

今だって、私はやっぱり自分に価値なんて見いださない。
誰が何を言ってくれても、
私は私自身が信じられない。
自分はあまりに愚かで、あまりに小さくて、
当てにすれば裏切られてしまうような、そんな人間だから。
私の腕はこんなにも細い。
こんなにも、力を持たない。

だけど。

そんな私にすがりつく子の腕は、私よりももっと細く頼りない。
母の背丈を追い越した息子は、私より傷つきやすい瞳をしている。
そして、何事もないように出かけていくあなたの背中は
冷たい風にでも耐えるように、前屈みに丸められている。

私に力はない。
だけど、私は笑うことができる。
私に何かしてあげることはできない。
だけど、あなたにほほえみかけることはできる。
ここに座って、ここにいて、
「大丈夫だよ、いつも私はここにいるよ」と
言ってあげることだけは、私にもできる。

それだけで、もしかして、少しだけ
あなたの心が元気を感じることができるようになったら
それが、私の持つ力なのかもしれない。
見守るだけで、あなたが少しでも勇気づけられるなら、
私はいつまでも、あなたを見守り続けよう。

人生は長く苦しい。
それぞれに重荷を背負って、自分の足で歩くしかない道。
私も私の道を歩く。
孤独で長くつらい道のり。
けれども、私はあなたにほほえみを贈ろう。
私にあげられる、精一杯のものを、あなたにあげよう。
あなたの旅路が少しでも安らかなものになりますように。
あなたの足が少しでも力強くなりますように。
そう祈りながら、見守り続けよう。

そして、いつの日か
あなたが心からのほほえみを私に返してくれたなら
それがきっと、私を勇気づけてくれるだろう。
力なく愚かな私だって
生きている意味はちゃんとあるのだと
私自身に教えてくれるから。

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2006年1月22日 (日)

モノの整理

休みの日に家族全員が家にいると、部屋が狭い狭い。
子どもたちが成長して体も大きくなってきたからね。部屋の中に占めるスペースもでかくなってきたのだわ。
でもって、二階の我々の居間は、六畳にコタツと机とパソコンデスクとタンスと整理棚とテレビと……てなありさまなので、人がいられる場所も限られているから、本当に足の踏み場がなくなってしまう。
おいー、昇平! ただでさえ狭いんだから、モノを出さないでくれー!!

でも、人間が必要とするスペースっていうのは、実はそれほど広くはない。畳一枚の個人スペースがあれば、それで充分暮らしていけると思う。私は一日の大半をパソコンの前で過ごしているけれど、ノートパソコンがのっている机と、そのわきの書棚兼オーディオラックにしている押入を合わせると、ほぼ一畳分になる。まあ、もちろん、実際に生活するには、衣類や生活に必要なモノを入れておく収納スペースと、他人と距離を取るためのスペースが必要にはなるから、本当に畳一枚ですむわけではないけれど。
でも、そのスペースに収まりきるくらいに自分のモノを厳選して暮らせたら、さぞ楽だろうなぁ、とはしょっちゅう思う。最近、モノの管理が本当に面倒になってきているんだと思う。整理したり取り出したり片づけたり手入れをしたり……とモノのために使っている時間を、別のやりたいことにまわせたら、さぞ有意義に暮らせることだろう。モノが多いと、捜し物がなかなか見つからなくて、それにも時間をとられるし。
でも、そう思うにもかかわらず、身の回りにモノは増えていく。これってなんなんだろうなぁ。やっぱり「煩悩」?

もちろん、捨てられないモノは私にもたくさんある。本も子どもたちの作品も過去に書いた原稿も……。
だけど、いつかは見直して、整理していきたいな、と思う。本当に必要なモノ、本当に捨てられないモノだけを厳選して、その中だけで暮らせたら、部屋が狭くたって、きっと狭くは感じなくなるんだろう。
いや、それ以前に、子どもたちが独立していって、自動的に家が広くなっていくのかもしれないけれど。

とりあえず、机の上のスペースだけちょっと片づけてみたら、それだけでも、気分が良くなった。
まあ、まずはこんなところからかな。いつか一気に、ではなく、今からできるところから少しずつやっていった方が良いような気はしている。
モノの整理は、結局は、自分自身との戦いなんだよね。(笑)

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2006年1月20日 (金)

しつこいセールス電話

昨夜の9時過ぎ、ちょうど昇平を寝せようとしていたところへ電話がかかってきた。「○○くんのお母様でしょうか?」と若い男性がお兄ちゃんの名前を言う。某進学塾の勧誘だ。「はい」と答えると、一方的に集中講座のお勧めを始めた。

・・・と、ここまではよくある話。時間はちょっと非常識だけれど、この手の電話はしょっちゅうかかってくる。
「大学に現役でぜひ合格するために!!」セールスマンが力説する。
でもねぇ。うちのお兄ちゃん、電車通学している上に勉強がものすごく厳しくて、部活をする時間も、遊ぶ時間さえろくにないんだけれど。親が情報に疎くて、よく知らないままバリバリの進学校に入れてしまったものだから。(苦笑) 
毎日学校から出される課題をこなすだけで精一杯。夏休みも冬休みも春休みにも、めいっぱい補講が入る。
それでも、本人がその学校でがんばろう、がんばりたい、と考えているから、親としては「がんばれ」と応援しているし、プレッシャーに負けずに努力していく精神力が身についていくだろう、とプラスに解釈するようにはしているけれど、はっきり言って、これ以上の勉強をお兄ちゃんにさせるのは無理。精一杯のところにさらに注ぎ込んだら、絶対に容量オーバーになって倒れてしまう。
だから、私は家ではもう絶対にお兄ちゃんに「勉強しろ」とは言わない。帰ってきたら、とにかく家は「休む場所」「リラックスする場所」。親としては休養と栄養に気をつけてあげることしかできない。それさえ、しょっちゅう朝食を抜いて登校するから、母親としては気が気ではないのだけれど。
最近は、お兄ちゃんの学校もその筋で有名になってきたようで、学校名を挙げるだけで「あー、大変ですね。がんばってくださいとお伝えください」と言って電話を切るセールスマンも増えてきた。それはそれで、おもしろい反応なのだけれど、進学塾も一目置くほどの猛勉強ぶりなのかと思うと、親としては心境は複雑。だってねぇ、私自身も旦那も、「勉強一筋」「有名大学入学命」なんてタイプじゃ全然ないんだもの。

さて、昨夜電話をかけてきたセールスマン。こちらが「学校の勉強が厳しくて、とても余裕はありませんから」と言っているのに、しつこく食い下がってくる。どこの学校ですか? と問われるので学校名を言うと、「その学校から○名の枠を準備して、特別講座を予定しております」と来た。ははーん。しつこいと思ったら、学校を承知の上で絞り込んでのターゲット勧誘だ。大学に現役合格するためには、ぜひうちのシステムを・・・とさらにまくしたてる。
あのね~、だから、こっちはお兄ちゃんにそんな余裕はない、と言っているでしょうが。
それに、その若い男性の声に聞き覚えがあった。前にも電話をかけてきて、やっぱり断ったことがある人だ。こちらがまともに話を聞かなかったものだから、ムキになっている節もある。
とても相手にはしていられない。こちらはもう寝ようとしていた時間のわけだし。
「下の子を寝かしつける時間なものですから」と言うと、
「お母さん! ○○君が大学に合格できるかどうかという重大なことと、兄弟の寝る時間と、どちらが大切だと言うんですか!?」
と怒鳴ってきた。だ~めだこりゃ。
「・・・・・・失礼します」
まだ何かわめき続けていたけれど、静かに言って電話を切った。

すると、その直後に電話が鳴った。無視して昇平を寝かしつけに行ったら、おばーちゃんが電話を取った。案の定、先の若いセールスマンからで、おばーちゃんを私と勘違いしてさらにしつこく勧誘を続け、とうとう切れたおばーちゃんと最後には喧嘩になったらしい。


とまあ、これが昨夜の騒動の顛末。
ほんと、何を考えているんだろうなぁ、と思う。
セールスの基本も教育産業に携わる者の基本も、まるでなっていない。
相手のニーズ、相手の関心とするものをキャッチして、それに合わせて自社の商品(集中講座のようなものだって、やっぱりそこの『商品』)をお勧めするのがセールスでしょう? お客様があってこその販売なのだから。
お客様のニーズを無視して、一方的に商品を勧めるようなやり方は、それはただの「押し売り」です。
教育産業としての基本は、ましてできていない。なんのための勉強? 誰のための大學受験? 現役合格がそれほど良いものか? 有名大学でなければ、そこに入学することも、勉強をすることも、意味がない? そ~んなバカな!(爆)
大事なことは、「どこの学校に入るか」じゃない。「そこで何を学んでくるか」なんだから。大学に行っていなくても、社会という大きな学校で、素晴らしい勉強を続けている人たちは、世の中に大勢いるじゃない。
本当の教育ってのはね、大学に合格することなんかじゃありませんよ。

きっと、かのセールスマン君は、有名大学に一発で合格してきたようなエリートなんだろうなぁ。
今まで、自分の言うことはなんでも聞いてもらえたし、なんでも自分の思い通りにやってこられたんだろうなぁ。
だから、自分の話を聞いてもらえなくて激怒して、またすぐに電話をかけてきたりしたんだろう。・・・セールスマンにあるまじき行為なんだけど。(苦笑)
おばーちゃんの話を聞くと、どうやら、お兄ちゃんの高校をけなしてけなして、「そんな甘い考えでは大学には合格できませんよ!」と連呼して、ほとんど脅すような状態だったらしい。
おばーちゃんには申し訳なかったけれど、そんな電話は取らなくて良かったと思った。
こちらがいくら話をしても、そういう人には通じないものね。相手の話を聞こうという姿勢がまるでない。いくらセールスでも、そこは見失っちゃダメですよ。売り手が自分の面子にこだわってもダメです。

だけど、そういう電話をよこすのは、この人ばかりではない。しつこい勧誘や一方的な売り込みの電話は本当に多い。
もっとスマートで、「あ、それには興味があったんです。もっと詳しく話を聞かせてください」と言いたくなるような、そんな気持ちの良いセールスの電話って、かかってこないんでしょうかねぇ。
・・・んー、やっぱり無理か。(苦笑)


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2006年1月19日 (木)

カップスープが好き

数日間、暖かい日が続いたと思ったけれど、また寒くなってきました。
窓の外では北風がうなりを立てて吹いています。外に出ると、寒さに体の芯まで震え上がります。天気はよいのだけれど、きっと一日中こんな感じで、暖かくならないのでしょう。

こんな気候のせいか、最近カップスープがお気に入りです。部屋に何種類か常備しておいて、気が向いたときにお湯を注いで飲んでいます。コーヒーもいいけれど、本当に温まりたいときには、やっぱりこういうスープ類がいいですね。(え、一番温まるのはアルコールだ? そんなあなた、日中からは・・・爆)
今は、ク○ールのきのこのポタージュたるものを飲んでいました。最近のカップスープは、ちゃんと素材の味が出ているので、けっこうおいしいです。昨日はハウ○のカップシチューというのを食べました。これはフリーズドライの野菜が入っていて、味はハウ○のクリームシチューそのまま。なるほどねぇ、という感じでした。春雨やフォーが入ったアジアンテイストのスープも、軽食代わりになるので気に入ってます。
でも、私が一番気に入っているのは、実はトマト味のスープ。イタリアンテイストということになるのでしょうか。
トマト味は定番ではあるのだけれど、なぜか寿命が短めな気がします。同じ商品がずっとあるのではなくて、いつの間にか、違うものに移り変わっているような。あるいは、行きつけの店で急に仕入れなくなってしまったり。
すると、旦那が言いました。
「日本ではトマト味のものはいまいち定着しないんだよな。ポテトチップスやスナックにもトマト味があるし、カップラーメンにもあるけど、あまり動かないし、いつの間にか消えるんだ」
うちの旦那は小売業関係の業界にいるので、これは業界的な見方らしいです。ちなみに「動かない」というのは「あまり個数が売れない」という意味だし、「消える」というのは店頭からなくなる、という意味です。
なぜなんでしょうね。日本人は酸っぱい味はあまり好きじゃないのかしら? でも、梅干し味は好きな人が多いですよねぇ。

行きつけの店では、お気に入りのトマトスープが売っていません。カップのミネストローネは売っているし、それはまあトマト味なのだけれど、野菜の甘みが実はちょっと邪魔。(笑)
寒くても買い物には行かなくちゃいけないわけだし、足を伸ばして、トマトスープを置いている店まで行って、まとめ買いしてこようかな、などと考えています。

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2006年1月17日 (火)

年が明けて半月

さて、1月も17日になりました。年が明けてから、半月以上が過ぎましたね。
郡山の王様HPに連載していた「てくてく日記」も、あと2週間で閉鎖になります。その後は、現在ココログで連載中のブログ「てくてく日記2」に完全移行です。
ブログを読んでくださっている方はおわかりの通り、「てくてく日記2」では、昇平が生まれてからのおいたちを、印象深い出来事をピックアップする形で取り上げています。一方の「てくてく日記」は、これまで通りの日常の記録。
さて、完全移行までに、うまいことその二つを合致させることができるか? 案外おいたちとして書きたいことがいっぱいあったので、ちょっぴり焦っています。終わり1週間~10日くらいはもう「てくてく日記」は更新しないで、ブログ移行のお知らせを載せたいですしね。

最初の計画では「てくてく日記」→「てくてく日記2」→「一日お休み(「そっと、ひとりごと」に力を入れる日)」なんて予定を立てていたのだけれど、どうも間に合いそうにないものだから、ほとんど一日おきに「てくてく日記」と「2」を更新しています。我ながら、ほんと、よく書くよなぁ。
でも、これだけ書いても、実はまだネタがあまってます。(爆)
昨日の食卓でのあの会話も書きたい。学校で始まった鼓笛の練習の話も書きたい。いや、いつかは書くけど、一日に何本も書くと、読む方が大変だしねぇ。(笑)

年が明けて、私は本当に元気です。おみくじが大吉だったのも、気分良かったし。
ハイテンションというのとは、ちょっと違う。去年末に一度落ち込んだ反動という感じとも、また違う。
なんなのでしょうね。とにかく、気持ちがすごく明るいです。
年が明けて、良い天気が続いているからか。おばーちゃんの体調が日に日に良い感じになっているからか。昇平が毎日成長を感じさせてくれるからか。お兄ちゃんと最近また穏やかにやりとりできるようになったからか。それら全部ひっくるめて、とにかくいい感じに動いているからか。
気力充実、そういう感じ。これを逃さず、成果に結びつけていきたいな、と思います。
まあ、私の場合の成果ってのは、やっぱり「書くこと」になるんだろうけれど。

ほんとに「執筆バカ」な私ですが、今年もどうぞよろしくおつきあいくださいー。(笑)

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2006年1月15日 (日)

「フルート・3」執筆開始

とうとう「フルート・3 謎の海の戦い」の書き直しを始めました。
と言っても、毎日なんだかんだと用事が入ってくるので、遅々として進みません。今日はやっとプロローグを書き終えたところです。
発表は数章をまとめた「部」単位になるので、第一部が発表できるのは、まだまだ先ですね。だけど、「書き始めましたよ」というのを知らせたくて、ブログに書いています。

なかなか進まないけれど、でも、やっぱり小説を書いているのは楽しいです。書き始めると、どんどん先の場面が浮かんできて、ああでもない、こうでもないと考えながら書き進めるようになります。それがのってくると、今度はまるでキャラクターたちが勝手に動き出すような感じになります。いえ、本当はそれだってやっぱり私が考えているんですが、行動やセリフがあまり自然に思い浮かぶものだから、あたかもキャラクターたちが勝手に動き出しているような気分になってくるんですね。こうなると、書くのは本当に楽です。早くこの域にまで到達したいなぁ。

日曜日は、外出しなければ、比較的自由になる時間は多いのですが、これが不思議と進みません。
というのも、同じ部屋の中に家族がいて、どうしてもその存在が気になるから……。
家族が不愉快なわけではないのだけれど、どうしても気にかかってしまって、集中が散らされるんですね。だから、早朝とか、まだ家族が寝ている時間帯に起き出して、書き進めることが多くなります。

先日、旦那が新年会の後でビジネスホテルに泊まりました。その話を聞いて、とてもうらやましかった私。
ビジネスホテルにあるのは、ベッドとデスクとバスルーム、それだけ。
それさえあれば、小説を書くのには全然不自由しません。ノートパソコンと、資料の本をいくらか持ち込めば、何に気を散らされることなく書き進めることができるじゃありませんか。ビジネスホテルではBGMも流せるし。近くにたいていコンビニがあるから、そこで食料を買い込んでおけば、食事には困らないだろうし。
はい、私の憧れのカンヅメ生活です。家のこと、家族のことを安心してまかせていけるなら、本気でやってみたいのだけれど。でもねぇ。(苦笑)

いつかはビジネスホテルで憧れのカンヅメ。
それを夢見ながら、明朝もまた、きっと早々と起き出して「フルート」を書き進めることでしょう。
我ながら、何とも言えない夢だけど、でも、私、本当に書くことが好きなんですよ。
あー、いつかはきっと実現させてみせるぞー!(笑)

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2006年1月14日 (土)

「時効警察」

このところ、やたらと真面目で堅い文章が多かった気がするので、ここらでちょっと一息つきましょう。(笑)

昨夜、旦那がテレビをつけたら、偶然「時効警察」という番組が映りました。おや、主人公の顔に見覚えが……と思ったら、オダギリジョーでした。わぁい!
私は普段テレビドラマをまったくと言っていいほど見ないので、俳優さんや女優さんは顔も名前も本当に知らないんですが、オダギリジョーだけは別格。だって、「仮面ライダー・クウガ」の五代くんだもの。あれは面白くて、旦那と一緒に夢中で見たので、さすがに彼だけは顔がわかります。いわゆるイケメン俳優というのとは、ちょっぴり違う気がするから、二枚目半というところなのかな。でも、独特の暖かくてとぼけたムードのある、すごくいい役者さんだなと思います。

「時効警察」では、警察の時効課(そんな課、実在するのか?)に勤務する警官で、同僚からは、ちょっとずれたヤツと思われている、という役のようだけれど、迷宮入りして時効になってしまった事件を鋭い推理で裁く場面は、なかなかかっこよい。犯人は恐れ入って自白。そして……というストーリー展開です。詳しくは書きませんが、この、そして……以降の部分がすごく良い。オダギリジョーのキャラクターとぴったり合っていて、今までの刑事物にない、面白い展開になっています。こういう持っていき方、好きだなぁ! 旦那も、「思いがけずアタリのドラマだったな」とご機嫌でした。
今回が一回目だったので、これからが楽しみです。録画予約しなくちゃ。
皆様もご覧あれ。思わず呆気にとられて、そして、思わず吹き出しちゃうと思いますよ♪

 「時効警察」ホームページ
  http://www.tv-asahi.co.jp/jikou/

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2006年1月13日 (金)

「夫婦」って

昨夜、旦那は新年会で泊まりだった。昇平も早く寝てしまったので、私はまた起き出してきて、二階の居間でお兄ちゃんと一緒にいた。お兄ちゃんは宿題も学校で終わらせてきたとかで、機嫌良くテレビゲームをやっていた。
旦那が新年会なら、私もついでに、というわけで、缶ビールなど開けながらパソコンのモニターを眺めていたら、お兄ちゃんが言った。
「一口味見ー♪」
これこれ、キミは未成年。……って、まあ、なめてみるくらいならいいか。(笑)
キミの性格はわかっているから、ビールの味見をしたくらいで、隠れて飲酒したりするようにならないのはわかっているからね。これも社会勉強。味見してみなさい。

そんなことから気持ちがほぐれてきたのか、久しぶりにお兄ちゃんがいろいろ話し始めた。学校のこと、帰りの電車で一緒になる同級生のこと、その子の性格、自分が今考えていること。
「友だちは多い方がいいのかな?」なんて疑問をぶつけてきたりもする。今まで当たり前のように思っていたことを、自分なりに見つめ直す時期にさしかかったらしい。もう16歳だもんね。そういう時期だ。
だから、こちらもごく真面目に答えを返した。
「必ずしも友だちを大勢作る必要はないと思うよ。特にこれからはね。人数よりも、どんな人とどのくらい深く関わっていくか、のほうが大事になっていくんだよ」
「俺、実は友だちは多い方がいいと思っているんだけど」
そう、キミは本当に友達を作るのが上手。たいていの人とすぐに仲良くなって、いろいろ話したり、一緒に遊んだりできるようになる。向こうもキミを好いてくれることが多い。キミは相手の気持ちを配慮するのが上手だからね。
「友だちが自然にたくさんできるんなら、それはそれでいいいんだよ。それはすばらしい才能だから。ただ、友だちは多くなくちゃいけないと『思いこんで』、友だち作りに必死になるような子もいるけれど、そこまでする必要はないと思うよ、っていうことなんだよ」
若いキミたちの思考は、かなりオール・オア・ナッシング。すぐに一方から一方へ、極端な考え方に飛ぶんだよね。そこを「ほどほどに」と教えていくのは、大人の役目なのかもしれないね。

すると、ふと、お兄ちゃんが聞いてきた。
「お母さんとお父さんはどうして結婚したわけ?」
おお、ついに出たか、この質問!(笑) いつかはきっと聞かれるんじゃないかと思っていたけれど。
すると、お兄ちゃんが続けて、考えるように言った。
「お母さんとお父さんって……本当に夫婦?」
おや?
その言い方が伝えてくるニュアンスに、思わず笑ってしまった。『お母さんたち、とても夫婦のようには見えないよ。』とお兄ちゃんは言っているのだ。
「それじゃ、どんなふうに見えていたの?」
と笑いながら聞き返してみた。
すると、お兄ちゃんはうーん、と言葉を濁しながら、
「なんかこう……あんまり夫婦らしくない。お母さんとお父さんは、本当に仲はいいんだよね?」
と確認してきた。
いやはや、言われたなぁ!(爆)

確かに、私たちは傍目にはかなりあっさりした夫婦に見えるかもしれない。
べたべた一緒にいるわけでなし、仲むつまじく話をするわけでもなし、相手を気遣って何かしてあげることもあまりないし、逆に「ああして」「こうして」と相手に要求することもあまりない。
旦那の休日は、私はパソコン、旦那はゲームかゴロ寝か読書。別に何かを会話するわけでもないし、子どものためでなければ、一緒にどこかに出かけることもほとんどない。ただ同じ部屋にいるだけ。そして、そのそばで子どもたちもてんでに好きなことをしているだけ。
ただ、何かの話題でもりあがったりすれば、議論に花が咲くこともある。旦那と私が過去に盛り上がったネタと言えば、仮面ライダーやウルトラマンと言った特撮ものとか、最近の政治経済動向とか、最近のスーパーの売れ筋商品のこととか、双方で好きな本のこととか……。たしかに、色気はない話題だわね。(笑)
もともと、私と旦那は大学のサークルで一緒の仲間同士だった。実は私の方が一つ年上。「金のわらじ」の姉様女房だったりする。(笑) ただ、サークルに入ったのが私が大学2年の年だったので、入学と同時に入った旦那とはサークルの同期生ということになる。
学生時代は恋人同士でもなんでもなかった。単なるサークル仲間で、他の仲間たちと一緒にわいわい、しゃべったり遊んだり合宿したりしていた。まさか、こんなふうに結婚するだなんて、当時は想像もしていなかった。その延長上にあるから、私たちは今でも「友だち夫婦」なんだよね。

そんな話をお兄ちゃんにしたら、
「じゃ、学生の頃は全然つきあっていなかったわけ?」
「うん。つきあいだしたのはお母さんが卒業してからだよ。学生時代は、本当にただの仲間だったの」
「つまんねー!」
とあきれたようにお兄ちゃん。
まったくもう。(笑)
「実際にはキミが言うほどつまらないことでもないんだよ。最初はただの仲間だった分、お互いに格好をつけたり、いいところを見せようと偽ったりすることがなかったからね。結婚するまでの期間も長かったし。だから、結婚してから『こんな人だとは思わなかった!』なんて相手に失望するようなこともなかったんだよ」
「ふぅーん……」

「お母さんが初めて好きになったのはお父さんだったわけ?」
とまたお兄ちゃんが聞く。おやおや、今日は突っ込むねぇ。(笑)
こちらも、アルコールがいくらか回っていることもあって、なんでもしゃべってやりましょう、という気分になっている。
「憧れた人はその前にもいたけどね。本気で好きになったのは、お父さんが初めて」
「信じらんねー!!」
今時のコウコウセイのお兄ちゃんにはとても理解不能らしい。でも、お母さんたちの頃は高校は男女別学だったし、お母さんも、ついでにお父さんも、こういうことにはすごく慎重な性格をしていたからね。相手を観察して、観察して、その上で「この人なら」と思う人にしか、本気になれなかったんだよね。
「で、お母さんは今でもお父さんと結婚して良かったと思ってるわけ?」
「思ってるよ」
あきれるよなぁ、と言いたげな表情のお兄ちゃんに、私は笑いをかみ殺しながら、そう答えるしかなかった。

キミの描く「夫婦」のイメージって、どんなものなんだろうね。
一緒に買い物に行ったり、デートに行ったり、家では相手を気遣う言動をして、手助けしたり、逆に放っておかれるとすねたりやきもちを焼いたり……そんなのが夫婦らしい夫婦だ、と思っているのかもしれないね。
だとしたら、お母さんは盛大にお父さんにすねて文句を言わなくちゃいけないね。なにしろ、お父さんは朝早くから夜遅くまで仕事仕事。今の職場に異動になって、少しはマシになったけれど、休日出勤だってざらにある。ひどいときにはほぼ一年間、丸一日も休んだことがない、という時期だってあった。何か買ってもらえるわけでもなし、楽しい遊びに誘ってもらえるわけでもなし。昇平のことだって、95パーセントくらいは私がやらなくちゃならないものね。
お父さんのほうだって、言おうと思えばかなりお母さんに文句を言えるはず。仕事から疲れて帰ってきても、起きてきてご飯の準備をしてくれるわけでなし、「お疲れさま」とお酌をしてくれるわけでなし。声をかけることと言えば、「悪いけどファンヒーターのタンクに灯油入れておいてー」なんて頼み事ばかり。
……やっぱり色気がないよねぇ。(笑)

でもね、お兄ちゃん、キミのお父さんとお母さんはね、お互いにとても信頼し合っているんだよ。
他のことはともかく、お父さんは信じている人を裏切るような人間じゃないし、お母さんのほうだってそういう人間のつもり。
仕事で十分に関わる時間はないけれど、お父さんだって、本当はキミや昇平のことをすごく気にかけている。自分にできるときには、ちゃんとキミたちと関わっている。お父さんはね、自分からアピールするようなことはしないけれど、とても優しい人なんだ。「お父さんは真面目すぎるよね」とキミは言うけれど、それ以上にお父さんをお父さんらしくしているのは、その優しさなんだよ。
そばにいられないときでも、ちゃんと気持ちは家族と一緒にいる。それがお父さんだし、それがわかっているから、お母さんだって安心して家でキミたちと向き合っていられる。キミたちの成長ぶりは、お母さんを通じて、ちゃんとお父さんにも伝わっているんだよ。
「夫婦ってパートナーなわけでしょう?」
とキミは言う。
そう、その通りだよ。
そして、そのパートナーって言うのは、安心して自分と一緒に歩いてもらえる人だってことなんだよ。お父さんがそんなふうに一緒にいてくれるから、お母さんは、毎日元気にキミたちの子育てができるんだよ。

……なんてね。(笑)
今のキミには、まだわからない話だから言わなかったけれど。
でも、いつかきっと、キミにもわかるだろう。夫婦の形は夫婦の数だけ、それぞれに違うけれど、お父さんとお母さんみたいに、静かで当たり前な関係だったとしても、それだってやっぱり、ちゃんとした夫婦なんだってことが。
決して、相手をないがしろにした、冷めた関係なわけじゃないんだよ。(笑)

キミはこれから、どんな人たちと出会って、どんなことを感じたり考えたりして、どんな人生を歩いていくんだろうね。
いろんな経験をいっぱいして、いっぱいいっぱい悩みなさい。
悩んで考えた分だけ、それはキミという人間の深みになっていくんだから。
そして、素敵な大人になっていきなさい。
がんばれ、お兄ちゃん。

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2006年1月12日 (木)

お母さんの味

昇平の昨日の連絡帳に、担任からこんなコメントが書かれてきた。

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給食のとき、紅白なますと煮物の里芋、ゴボウ、レンコンがいやだった昇平くん。「先生、耳貸して……」と言いました。
何かと思えば、小さな声で「給食は、お母さんのご飯みたくおいしくないので、好きじゃないんだ……」と。
そして、「お母さんのカレーとおでんが好き」で、「おでんのこんにゃくが好き」ということを教えてくれました。
煮物にこんにゃくが入っていたので、それは一応食べたのですが、できれば残したかったようで「味が違う」と言っていました。
コンビニの食べ物やレトルトのほうがいい、という今時の子どもの話をテレビで見たことがある中、幸せな話だなぁ……と思って聞いていました。
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私の料理が特においしいというわけではなく、単に生まれたときからずっと母の味に「慣らされている」から、それが一番おいしく感じるだけなのはわかっているけれど、でも、なんとなく、思いがけずご褒美をもらったような、嬉しい気持ちがしました。
そう。昇平はおでんの中のこんにゃくが特に好きなんだよね。しかも「一晩たって味がよくしみたところがおいしい」なんて、一丁前なことを言うし。
ただ、カレーもおでんも、どちらも味付けは市販の「素」なんだけどねぇ。(笑)
ま、簡単でも、家庭で「作る」ってところに意味があるかな。


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2006年1月11日 (水)

ドーナツと幸せ

さてさて、今日も「てくてく日記」(ブログでないほう)を更新しました。昨日は「てくてく日記2」、その前の日はレシピのメニューをリニューアル。で、そのまた前の日は「てくてく日記」で……。我ながら、よく書くよねぇ、ホントに。
また、書くネタが次々に出てくるのだわ。本当に、昇平って親を飽きさせない子ども!(爆)

今日の午前中、用事で福島市まで出たついでに、ミスタードーナツに回って、昇平たちのお土産を買いました。
昇平の最近のお気に入りは、ダブルチョコポンデリングとアップルパイ。お兄ちゃんが気に入っているのはアップルパイとハニーチュロ。旦那は割となんでも好きなので、スタンダード系のドーナツを何種類か取り混ぜて。うちの男性陣はけっこうドーナツが好きなんです。
私が気に入っているのもダブルチョコポンデリング。あの独特の食感と、食べた後のあっさりした感じが好き。で、ついつい食べ過ぎてしまうのだけれど。(笑)
昇平がこれを気に入ったのは、母がおいしそうに食べているのを見たから。アップルパイを好きになったのは、お兄ちゃんの影響。やっぱり周りの様子がよく見えるようになったのね。 

障害児がいようが、なんだろうが、我が家はやっぱり「ごく普通」なんだと思います。
普通、という言い方が適当じゃないなら、「ごく当たり前」。それぞれが個性を持っているけれど、それはどの家庭でも同じことだし。
私はずいぶんいろいろなことを手を出すものだから、つい最近も2人の知人から立てつづけに「スーパーウーマン」なんて評されてしまったけれど、実態は別にスーパーでもなんでもない。ただ書くことが好きで、やりたいことがやりたいだけ。その分、ずいぶん手を抜いているところも多いのだけれど、そういうのは文章では見えてこないからねぇ。
皆様、見えている部分だけにだまされませんようにー。
「また太っちゃうー」なんて言いながら、やっぱり誘惑に負けて自分の分のポンデリングも買ってしまうような、そんなヤツです、私は。(笑)

ただね、家族の顔を思い浮かべながら、ひとりひとりが好きなドーナツを買うのは楽しいし、幸せだな、と思います。
そういう当たり前でありきたりな生活そのものが「幸せ」なんだよなぁと、しみじみと。
もしかして、私が「普通」とちょっと違って見えるとしたら、案外、そのあたりの感じ方から来ているのかもしれません。

ん、ダブルチョコポンデリングはやっぱりおいしいな。
幸せ♪

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2006年1月 9日 (月)

キッチン星空ほっとレシピ

7年9か月に渡って連載してきた「ほっとレシピ」の全レシピを再分類して、メニューページからレシピに直接飛べるようにしました。は~・・・くたびれた。(笑)
なにしろ、レシピの数が半端じゃなかったですからね。293レシピ、担当したシェフの人数も9人……あれ、もっといたかも? でも、分類しながら、よくこれだけの数を紹介してきたなぁ、と改めて感動しました。私ひとりじゃ、絶対にできなかったですね。一緒にメインシェフを勤めてくれたたまママさん、りんかさん、おとーとのおかげです。本当にありがとう!

メニューを眺めながら、それぞれのシェフに好みや傾向があるのも再確認しました。たまママさんはお菓子が得意だったし、りんかさんは洋風やエスニック風のちょっと凝った料理が多かったし、おとーとはアイディアと愛情あふれる男の家庭料理、そして、私は、とにかく家にある材料で作れてしまうような、お手軽な家庭料理が大好きでした。たまママさんは、リンゴの季節になるとリンゴレシピがたくさん登場。実家から大量に送られてくるんだ、と言ってましたね。りんかさんは、アメリカ在住中に、向こうの料理をいくつも紹介してくれましたっけ。おとーとは、娘が生まれてから料理にぐっと「優しさ」が増した。愛情の隠し味が加わったのね。(笑) そして、私は・・・・・・

私があり合わせの材料で作れるような、お手軽レシピを得意になったのは、昇平がいたからでした。
なにしろ彼はADHD。3歳まで本当に片時も目が離せないくらいの超多動児で、おちおち買い物にも行けませんでした。食材の宅配を利用して、旦那にも買い物を頼んで、週末だけ旦那に昇平を頼んで買い出しに行って。当時、私たちは同居していませんでしたから、旦那だけが頼りでした。
そんな中で、とにかく家族4人に満足のいく食事を出すためには、台所にある材料で、できるだけボリュームのある、みんなの好みに合う料理を作らなくちゃいけない。趣味で買い集めていたレシピ本を、それまでになかったほど真剣にめくって、ああでもない、こうでもないとパズルのように献立を組み立てたものです。

今、私はその頃ほど、献立に頭を使う必要はなくなりました。昇平はちゃんと留守番していることも、スーパーでおとなしく(おとなしく?)待っていることもできるし、短時間で料理を仕上げなくても、危険なこともなくなりました。
だけど、ときどき、悪天候などで買い物に行けなかったりすると、やっぱり台所にある材料でなんとか家族6人分の食事を作らなくちゃならなくなります。そんなとき、私はむしょうに楽しい気分になります。昇平が小さかった頃の、あの時代を思い出すんですね。
大変だったけれど、同時に本当に楽しかったんです。あの頃が。

家庭料理というのは、その家庭それぞれの歴史なのだろうと思います。子どもたちが成長し、同居の両親が年をとっていくに従って、少しずつ作るメニューも移り変わっていって。
そんな私たちの家庭の歴史がまとまった、ほっとレシピ。
みんな、プロの料理研究家でもなんでもないから、ごくありきたりなレシピだったり、偏っていたりするかもしれないけれど、でも、その中の1つか2つでも、あなたの家庭料理に仲間入りできたらいいな、と思います。
ひとり暮らしの人でも、自分で料理を作れば、それはれっきとした家庭料理。家族のいる方、特に子どものいる方ならば、子どもたちの記憶にも家庭料理は残っていくんですよね。
なんでも買えば食べられる便利な時代になったけれど、子どもたちが大きくなってから「あの料理を自分も作ってみたいな」なんて思うような、そんな家庭料理を作り続けていけたらいいな……なんても思います。
食べることは生きることの基本。お料理は大事にしていきたいです。
簡単なレシピでいいから。(笑)

ほっとレシピのメニューページはこちらです。
  ↓
http://homepage3.nifty.com/asakuratown/receip/index.html

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2006年1月 8日 (日)

元気に更新中!

てくてく日記をブログ化するのに合わせて、久しぶりにホームページをあちこちいじっています。
今日は検索のための窓と、しましま島のトップページにアクセス・カウンターを設置しました。てくてく日記も更新しました。(ブログじゃないほう)
今年の目標は、「マメに更新をする」なのです、実は。

今、ほっとレシピのメニューを作り直しています。これが完成すれば、たぶん、かなり使いやすくなると思います。
レシピの数が半端じゃないので、リンクを貼っていくのは大変なんだけど、「ああ、長いことがんばってきたから、これだけの数になったんだなぁ」と思うと、感慨深いものがあります。
それが完成したら、いよいよ今度は「フルート・3」の書き直しです。ああ、早く書き始めたーい!
やりたいことが山ほどあるので、退屈している暇なんてないです、ホント。(笑)

年賀状に去年、仲間たちと本を出したことを載せたら、大学時代の友人数人が「いかにも玲さんらしいね~」というコメント付きの賀状をくれました。む・・・やっぱり、この性格は学生の頃から同じだったのか。
今年も元気に、興味のおもむくままに。
ただし、体調心調は崩さない程度に。
がんばっていきまーす。(笑)

さ、レシピの作業に取りかかろうっと。

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アサリのみそ汁から出てきたもの

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写真に写っている赤いものは何だかわかりますか~? 隣に写っているのはボールペンです。

はい、実は「カニ」です。マメのように小さな、チビガニ。
夕食に食べたアサリのみそ汁の椀から出てきました。どうやら貝と一緒にいたようで、貝におつきあいさせられて、冷凍されて、みそ汁になってしまったようです。
でも、変なんですよね。みそ汁に入れる前に貝はよく洗ったんですが、どこにもこんなカニはいなかったはずなのに。とすると、貝の中にいた? 貝に食われていたというのはアサリの場合ありえないから、貝に挟まれていたのかな? とか考えていたら、旦那が一言。「貝の中に ”隠れて”いたんじゃないのか?」
なるほど!

昇平に見せたら、「カニ君、かわいそうだねぇ~」と大変同情的。「これ、標本にしてずっと取っておきたい」と言い出すものだから、「これはもうみそ汁で煮られちゃったから、標本にはならないよ」と言って、あきらめていただきました。でも、思い切れなかったようで、「それじゃ写真に撮って、ホームページに載せておいて」と。
というわけで、このブログに載せました。チビカニ君、君は写真でその姿を残していくことになったよ。(笑)

「このカニ、赤ちゃん?」
「ううん、赤ちゃんってわけじゃないよ。カニは本当の赤ちゃんのときには、ゾエアっていう幼生体なんだよ」
「どんな格好?」
「うーん、エビみたいかな」

「カニ、死んじゃって、この後どうなるの? 全滅?」
「いや、他にも子孫がいるから大丈夫だよ」
「? 子孫?」
「んー、つまりね、他にもカニの兄弟たちがいっぱいいて、それが大人になるから大丈夫なんだよ。カニは小さい頃に、他の魚とかにたくさん食べられちゃうんだけど、それに負けないくらいたくさん生まれてくるから、生きのびられるんだよ」

理解できるかどうかはわからないけれど、そんな話もしてしまった、理系(かもしれない)母でした。

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2006年1月 7日 (土)

雪の怖さ

今朝は久しぶりに雪の降らない朝だった。道路が乾いていて、車で走るのが本当に楽で嬉しかった。
それにしても、本当に今年は雪が多い。雪が多いことで有名な会津に住む友人たちでさえ「今年の雪はすごい!」と口を揃えて言っている。新潟の豪雪は、今年何度もニュースになっているけれど、会津は地域的に新潟と近いので、それに準ずる降雪があったのだ。
あそこまで降らなくても、このあたりに降った程度の雪が都心に降ったら、たちまちあらゆるものがマヒしてしまうだろうし、その影響で日本中が大混乱するんだろうな、とも思う。

都心で雪が降って交通機関が混乱すると、「北の人たちから見れば、これくらいの雪で、って思うでしょうね~」というセリフがよく聞かれる。たしかに、初めて雪が積もったときを除けば、5センチやそこらの雪でこちらの交通機関がマヒするようなことは、まず考えられない。
「雪に慣れているから」ということばもよく聞かれる。ただ、これは、雪国に住む人間と、そうでない人間の間には、微妙に認識のずれがあるような気がしている。
雪のない地方の人たちは「雪に慣れているから、雪なんて全然平気でしょう?」というニュアンスで言っているのだけれど、我々の認識はちょっと違う。雪は確かに昔から慣れ親しんでいる。だけど、やっぱり「雪は怖い」のだ。
路面に雪が積もれば、運転は慎重に慎重を重ねないと、たちまち事故が起きる。いや、気をつけていても、やっぱり事故は起こる。(昨年末の私のように) 雪かきを怠けると、夜の間に通路が凍りついて、それから数日、ひどいときには1週間以上も足下の危険な思いをするようになる。凍った道で転倒して大怪我をする、というのも、冗談抜きで起こる。会津や新潟のような豪雪地帯では、屋根の上の大量の雪を放置しておくと、家がつぶれてしまう。
雪に慣れている、ということは、雪が平気になる、ということではない。雪とのつきあい方を知っている、ということなのだ。雪を甘く見ちゃいけない、というのは、雪国の人間だからこそわかっていることなのかもしれない。

そんなことをこの冬考えていたら、先日買ったアウトドアの本に、こんな文章が載っていた。「マタギ」と呼ばれる、山で猟をする人たちのことに触れた内容なのだが。

「マタギにとって山や森は、暮らしの糧が得られる豊かな恵みの血である。と同時に、一歩間違えれば、命を落としてしまう恐ろしい場所でもある。だからマタギたちは、山入りするときには勝手な行動を慎み、自ら事故を起こさないように細心の注意を払ってきた。」(「アウトドアこだわり図鑑」 甲斐崎圭・監修/家の光協会)

雪国の人間の雪とのつきあい方と、まったく同じだなぁ、と感じた。
山を自由に渡り歩き、熊や獣を狩っているマタギたちも、やっぱり山は「怖いもの」なのだ。甘く見ればたちまち命を落としかねない、畏怖の対象なのだ。
それは、「自然」そのものへの畏怖なんだろう。
どんなに文化や技術が進み、情報が高度に発達したとしても、人間は自然にはかなわない。自然に対しては、人間はやっぱり、いつも謙虚であるべきなんだろうと思う。

また雪がちらつき始めた。今夜から明日あさってにかけて、また大雪になるという予報も出ている。
雪を恐れすぎても生活はできないけれど、雪を見極め、備えながら付き合っていくことは、大事なこと。
雪だけに限らないけれど。
さて、洗濯物を取り込んで、ファンヒーターに灯油を足して、雪と寒さに備えることにしようかな。

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2006年1月 6日 (金)

多面多才?

やれやれ、ブログ「てくてく日記2」を無事公開できたし、携帯から読めることも確認したし、ちょっと一段落の気分です。
左のサイドバーに「著者のサイト」という名前をつけてリンクを載せたら、ものすごい数。これ全部ひとりの人間が作っているって言うんだから、やっぱり、ちょっとすごいかも?
この後、「キッチン星空ほっとレシピ」へのリンクも入れる予定です。あ、「てくてく日記2」へのリンクを入れ忘れてる。(汗)

普通はもっとコンテンツを絞り込んだほうがいいんです。療育だけとか、料理だけとか、小説だけとか。ところが、私の頭の中は複数のテーマをあっち行きこっち行き、どこか一カ所に留まっていることができないんですね。このブログだって、そんな浮気な関心の場のひとつ。で、それらを「アサクラ・タウン」というホームページで統括している、と。
ほんとにもう、私ってば・・・・・・ADHD気質!(爆)
こんな私を見て、知人が言いました。「頭の切り替えが早いんですね」
意識していなかったけれど、確かにそうかもしれません。同時にいろいろやっているように見えるけれど、私の興味関心、活動は、いつもシングルフォーカスだから。ただ、他の人たちよりもっと速いスピードで次々とその対象が変わっていくから、まるで同時にいくつものことをこなしているように見えるだけなんです。超高速で移動することで、あたかも自分が分身しているように見せている猿飛サ○ケの忍法のように。(笑)
まあ、これが朝倉玲という人間ということで、読む方も必要に応じて頭を切り換えながら、自分の好みの場を選んでおつきあいくださいませ。

そういえば、昇平が最近よく言っています。「ぼくの作品、ホームページに載せてよー!」
昇平の作品もずいぶんたまりました。昇平美術館もしばらく更新していなかったし、今年はちゃんと新しい作品もアップしてあげなくちゃね。アニメーションとか、面白い作品もずいぶんできているし。
母子共々、作るのは大好き。理屈抜きで書く(描く)のが楽しい、ってのはそっくりです。遺伝したかな?
でも、もうひとりの息子のお兄ちゃんは、特に創作系というわけじゃないんですよね。多分、旦那のほうに似たのでしょう。
ただ、お兄ちゃん、今日にはだいぶ機嫌が直って、口をきくようになりました。(笑)
まぁ、やっぱりムズカシイお年頃ですけどね。
こちらも頭を切り換えながら、場に応じて、臨機応変で向き合っていくしかないんでしょうね。

さーて、今年もがんばるぞー!
と、新年の気合いでした。

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2006年1月 5日 (木)

親と子

「いいわよね。あなたのお子さんは『普通』だから」。
これは障害ある子を持つ親が、健常児を持つ親によく言うことば。声には出さなくても、心の中でそう言っていることも、しばしばある。
だけど、本当にそうかな。本当に「健常だからいい」のかな。

私は障害ある二男と、健常児の長男、二人の子どもを育てている。
実際にいろいろ手がかかるのは二男。時間も手間も、長男の倍以上かかっている。
だけど、長男は別の難しさを抱えている。こころの問題、価値観の問題、生き様の問題・・・。特に、中学以降は親である自分の生き方そのものを問いただされるような、そんな場面がしばしば起こる。

「お母さん、俺の気持ちがわかってる? わかるはずないだろう」
お兄ちゃんが私に言う。
わかるわけがないよ。親子だって他人だもの。別な人間同士だもの。ことばに出さなくちゃ、気持ちも考えも相手には伝わらない。それを越えて理解しろ、なんていうのは、子ども時代の親への期待を引きずっている証拠。
高校生は、大人と子どもの狭間。親に失望して、親を恨んで憎んで、そして、自分で生きることを見つけなくちゃならない時期。
でも、それを言ったところで、今のお兄ちゃんには伝わらない。理解できない。したくない。
親への甘えと親への反発。激しいその嵐のただ中にあるのが、彼の時代だから。
人の人生は、結局自分で歩くしかない。どんなに苦しくてもつらくても、自分の足で立ち上がって、歩くしかない。
「つらいよね」と言ってほしい? 「苦しいよね。お母さんの胸で甘えなさい」と言ってほしい?
でも、それを言ってしまったら、君は立ち上がれないんだよね。十六年間のつきあいで、それはわかってしまっているから。
だから、突き放すしかない。
たとえ憎まれても、恨まれても。

だけど、こんな子育てをしている親は、私だけじゃない。
この年代の子どもを持つ親は、みんな悩んで迷っている。だって、どこにも答えはない。正解も正答も、何も見えない。ただ、自分自身の生き様と価値観で、我が子に示してみせるしかない。
いつかわかってくれる日がくることを祈りながら。
子どもはつらいよね。だけど、親だってつらいんだよ。
それがわかる日が来るのは、君自身が親となって同じ年代の子を育てるときなのかもしれないね。

それに比べると、二男は手はかかるけれど、親の生き方を問われる悩みは小さい。難しさの質が違う。
障害ある子を育てる方が楽だ、なんては言わない。
私が言いたいのは、ただこのこと。
「どんな子どもであっても、子育ては大変。」
障害のあるなしなんて、全然関係ない。ただ、その子の成長を見守り、助けることを考えたとき、そこにいるのは、ただ「親」と「子」だから。
そして、本当にその子のことを考えて、あえて突き放す必要がある場面だって、出てくるんだよね。
親のくせに、と子から非難されようとも。

悩め。苦しめ。考えて苦しみ抜いて、そして、生きていけ。
これからの長い人生、君を最後に助けてくれるのは、他でもない君自身だから。
親はずっと子と一緒に生きていくことはできないんだから。
自分の足で、歩いていけ。

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2006年1月 4日 (水)

ブログに手を入れる

正月三が日が過ぎた。今日は朝からかなりひどい頭痛。昨夜からなんとなく頭痛がしていたから、風邪かなぁ。薬を飲んでだいぶ楽になったけれど、元気が出ないから……というか、元気に動いてしまうとまた頭痛がひどくなりそうだから、そーっと静かに過ごしている。
でも、退屈だから、ブログの表示をちょっといじってみた。左側のバックナンバーを週ごとの表示から月別表示に変えたら、すっきりした。カテゴリーも「旅行・地域」を削除した。「日記」のカテゴリーがあれば充分なんだよね。ただ、現在私のモニター上ではまだ「旅行・地域」というカテゴリーは表示されている。削除したはずなんだけど、なぜだろう? 反映されるのに時間がかかるのかな??

それにしても、HTMLタグをいじってホームページを作ってきた人間には、このブログってのは「おもしろいなぁ」と思える。タグも構造もなにも知らなくても、こうしてネット上で自分のページを公開できちゃうんだものね。このブログのメインページ自体が、ひとつのホームページと同じ構造になっているし。使いようによって、本当にさまざまな発展のしかたをする可能性を持っているんだと思う。ブログ同士が簡単にリンク(トラックバック)できるところもすごいし。
これから、新しくブログを作って、「てくてく日記2」を開始する準備にもとりかからなくちゃならない。ブログ……おもしろいんだれど、今ひとつまだよくわかっていないからなぁ、私。また少し頭を悩ませることになりそう。(苦笑)
習うより慣れろ、で実際にいろいろやって確かめていくのが一番なんだけどね。

あー、のどかわいた。コーヒーじゃなんとなくもの足りない。カップスープでも作って飲もうっと。
昇平は完全装備で庭に雪遊びに出て行った。子どもは元気よねぇ、ホントに。

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2006年1月 1日 (日)

あけましておめでとうございます

掲示板のようにお返事が来る場所に書くのも、なんだか気恥ずかしいので、ここに書きます。
ここは、私のひとりごとの場だから。

新しい年、皆様の上に限りない幸福がありますように。
子どもたちが健やかに育っていきますように。
世界中に一人でもたくさん笑顔の人が増えますように。

理想論だと言われても、夢見る人だよね、と笑われようと
やっぱり私は心からそう願ってしまうから。

みんなが幸せでありますように。
そんな姿を見ることが、私は一番幸せだから。

今年もどうぞよろしくお願いします。

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