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2006年1月23日 (月)

CHANT(詠唱)

まだ、自分が何者かも、何をするのかも皆目見当がつかなかった頃、
私はしょっちゅう考えていた。
私は明日死ぬんじゃないか、と。

自分で自分の命を絶つ気はさらさらなかった。
けれども、自分で見つめる自分自身は
あまりにもちっぽけで、あまりにも取るに足りなくて
こんな人間は生きている価値もないんじゃないか、と
本気で私は考えていた。
夜、眠りにつくときには
明日の朝、自分は目を覚まさないんじゃないかと思った。
それが世の中のためなのかもしれない、と。
だけど、朝が来るたびに、
やっぱり私はいつもと同じように目を覚ました。

地球の自然をむしばんでいく人間である自分。
他人を傷つけて生きているエゴイズムな自分。
人の役にたつ力もないのに、
素晴らしい何かができるわけでもないのに、
死にたくなくて、あさましく生き続けるこの自分。
そんな自分自身が悲しくて、苦しくて、
誰かに罰を下してもらうことを待ち続けていた、あの頃。
だけど、やっぱり誰も罰は下さず、
私は死ぬこともなく、今日まで生き続けてきた。

今だって、私はやっぱり自分に価値なんて見いださない。
誰が何を言ってくれても、
私は私自身が信じられない。
自分はあまりに愚かで、あまりに小さくて、
当てにすれば裏切られてしまうような、そんな人間だから。
私の腕はこんなにも細い。
こんなにも、力を持たない。

だけど。

そんな私にすがりつく子の腕は、私よりももっと細く頼りない。
母の背丈を追い越した息子は、私より傷つきやすい瞳をしている。
そして、何事もないように出かけていくあなたの背中は
冷たい風にでも耐えるように、前屈みに丸められている。

私に力はない。
だけど、私は笑うことができる。
私に何かしてあげることはできない。
だけど、あなたにほほえみかけることはできる。
ここに座って、ここにいて、
「大丈夫だよ、いつも私はここにいるよ」と
言ってあげることだけは、私にもできる。

それだけで、もしかして、少しだけ
あなたの心が元気を感じることができるようになったら
それが、私の持つ力なのかもしれない。
見守るだけで、あなたが少しでも勇気づけられるなら、
私はいつまでも、あなたを見守り続けよう。

人生は長く苦しい。
それぞれに重荷を背負って、自分の足で歩くしかない道。
私も私の道を歩く。
孤独で長くつらい道のり。
けれども、私はあなたにほほえみを贈ろう。
私にあげられる、精一杯のものを、あなたにあげよう。
あなたの旅路が少しでも安らかなものになりますように。
あなたの足が少しでも力強くなりますように。
そう祈りながら、見守り続けよう。

そして、いつの日か
あなたが心からのほほえみを私に返してくれたなら
それがきっと、私を勇気づけてくれるだろう。
力なく愚かな私だって
生きている意味はちゃんとあるのだと
私自身に教えてくれるから。

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