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2005年8月 9日 (火)

原爆の日に想う

太平洋戦争終結から60年。ヒロシマ、長崎に原子爆弾が投下されてから60年。
風化しつつある戦争の記憶。次々にこの世を去っていく戦争と被爆の語り部たち。日本では、戦争は遠い記憶になってきている。

私も戦争は知らない。戦後16年経って生まれたのが、私。日本は戦後復興の時代を終え、空前の発展を遂げていた。カネが増え、モノが増えていく時代と共に、私は育ってきた。
だけど。どんどん豊かになっていく時代のすぐ裏側に、戦争の爪痕はまだ生々しく残っていた。幼稚園に通っていた頃、母にくっついて買い物に行く途中に崖の下に掘られた穴があって、鉄条網で入り口がふさがれていた。「戦争の時の防空壕だよ」と母が教えてくれた。「アメリカの飛行機が飛んできて、爆弾を落としたから、こんなふうに穴を掘って、みんなそこに隠れたんだよ」
「敵の飛行機が来ると空襲警報のサイレンが鳴るから、そうするとみんな大急ぎで隠れたんだよ。夜中でも鳴るから、みんな服を着たまま寝たんだよ」

両親は当然、戦争を経験してきていた。農家の子だった父は、それほど生活には困らなかったようだけれど、サラリーマン家庭だった母は、戦中戦後、ひどい食糧難を経験してきていた。戦争の恐ろしさも聞かされたけれど、それより何より、食べるものが何もなくてとてもひもじかったこと、モノが何もなくてつらかったことを、よく聞かされた。
母はとても小柄だが、それも成長期に十分に食べ物がなかったからだという。実際、その通りだったのだろうと思う。その時代に、幼かった妹弟が栄養失調と病気で死んでいった話も聞かされた。

小学校に上がる頃になると、「戦争」ということばが目につくようになってきた。テレビで、襲撃を受けた跡地からたくさんの遺骨が発掘された、というニュースが流れることもあった。広島と長崎に原子爆弾が落とされて、大勢の人たちが亡くなった話も聞かされた。頭の中で、地中に埋まったまま忘れられていた戦没者の遺骨と、原子爆弾がリンクした。
小学1年生か2年生の頃。人骨は「死」を象徴する恐怖の対象だった。戦争でたくさんの人が死んだ。死んだ人たちは骨になった。原子爆弾はたくさんの人を殺した。たくさんの人たちが死んで骨になった。怖い怖い。戦争は怖い。原子爆弾は怖い。・・・幼かった私は、地図帳の長崎や沖縄が怖くて見られなくなった。本当は広島も怖かったのだけれど、広島がどこにあるのか、当時の私にはわからなかった。

やがて、もっと成長して、頭の中で戦争というものが整理されてきた頃、私は自分から原爆体験記を読みあさるようになった。怖かった。でも、その恐怖以上に、真実を知らなくちゃいけないんだ、という想いがあった。
戦争は怖い怖い・・・だけど、だからこそ、それを繰り返さないために、戦争を知らなくちゃいけない。私はそんなふうに考えていた。

大人になって、イラク戦争が勃発したとき、テレビは毎日のように戦争の様子を報道した。次々と打ち出されるミサイル、爆撃機から雨あられと降る爆弾、上空から映した燃える町。
手に取るように見えるのに、それを見ている私の周りは、平和そのものの日本。食べ物のモノも有り余るくらいあって、毎日が平和のうちに過ぎていく。テレビのチャンネルを変えれば、娯楽番組が笑い声を立てている。
これは、なんだろう? と思った。
怖い怖い戦争。人の命を一瞬のうちにたくさん奪っていく戦争。現実にそれが世界のどこかで起きているのに、目の前に見えているのに、でも、私は平和な日本にいる。テレビに映る爆弾の映像。あれは映画でもアニメでもない。今この瞬間にも、その下で、たくさんの人たちが死んでいっているのに。
日本は、こんなにも、平和だ。そして、そのことを、みんな特別なんとも感じずにいる。
どこかで、何かが狂いだしている・・・・・・そんな気がした。

戦後60年。
人は、その状況になってみなければ、今ある幸せの意味を知ることができないんだろうか。失ってみて初めて、その大切さを身にしみるんだろうか。
原爆の日が、そして終戦記念日が来るたびに、私はそんなことを考える。
平和は尊い。障害のある子を授かってから、その想いはますます強まっている。
人が人であることを大事にされるためには、世界が平和でなくちゃならない。
そして、そのためには、平和を大事にしなくちゃならない。
そんな当たり前のことさえ感じることなく過ぎていく、今の日本は・・・・・・怖いかもしれない、と思っている。

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